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1章
9話
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「その馬を寄こせ」
「御免こうむります。
殿下に御渡ししたら、何時斬り殺されるか分かりません。
馬を徳で慕わせる事も出来ず、技で従わせる事も出来ないような、不忠不孝の慮外者に、大切な愛馬を渡せるわけがないでしょう」
「おのれ!
主に手向かい致すか!」
「殿下自身が、皇太子殿下の兄君に手向かいし、恐れ多くも皇帝陛下を威圧されました。
そのような獣に、栄光ある親衛騎士が忠誠を尽くすと思われるとは、痴れ者とは聞いていましたが、狂気の沙汰でございますな」
「死ね!」
皇都から謹慎追放を命じられたルアン皇太子は、最初暴れ回って従う事を拒否した。
だがイーハ王の説得を受けて、今度は喜んで皇都から出て行こうとした。
だが、肝心の騎獣と駄獣と輓獣がほとんどいない。
全くいない訳ではないが、ほとんどいないのだ。
ギャラハー馬をはじめとした、全ての騎獣と駄獣と輓獣を持っているのは、今回の件で全く被害を受けなかったギャラハー王家だ。
だがここには頼めない。
命じる事も出来ない。
命じても断られて恥を重ねるだけだ。
他に騎獣と駄獣と輓獣を手元に残しているのは、彼らと心を通わせていた乗り手や飼い主だけだった。
だからと言って、駄獣と輓獣では面目が立たない。
皇太子たる者、軍馬に跨って皇都の城門をくぐる必要がある。
そう考えたルアン皇太子は、心通わせた軍馬が残っていた、親衛騎士からむりやり軍馬を奪おうとした。
誇り高い親衛騎士が、そのような無理無体な命令に従う訳がない。
当然口論が始まる。
全く忠誠心を得ていないルアン皇太子が、日頃の行状を罵られたのは当然だが、それは余りに命知らずだった。
騎士の誇りは護らなければいけないが、家も護らなければけない。
いくら謹慎追放になったとはいっても、皇太子の位まで剥奪された訳ではない。
普通なら、もっと穏やかに断っただろう。
親類縁者や上司を頼って断っただろう。
だがエイダン・ケリーは、天涯孤独の身だった。
先年流行り病で次々と両親を失い、未だ独身でもあった。
敬愛するオシーン第一皇子が追放になったのも大きかった。
尊敬する上士であった親衛騎士が、オシーン第一皇子を慕って親衛騎士を辞めていたのが何より一番大きかった。
心にぽっかりと大きな穴が開いていたのだ。
そこに、元凶であるルアン皇太子の無理無体である。
エイダンがブチ切れたのも当然だった。
だからと言って、ルアン皇太子に剣を向けるわけにはいかない。
虚無の心持であったエイダンは、言いたい事も言ったので、ルアン皇太子に斬られる覚悟だった。
「ヒィヒィヒィィィン」
だが、エイダンの馬は黙っていなかった。
激昂して周りの見えなくなっていたルアン皇太子に、見事な前蹴りを決めたのだ。
エイダンの愛馬は、残念ながらギャラハー馬ではなかった。
だが見事な軍馬だ。
ルアン皇太子も、蹴りが届く直前に飛んで逃げた。
二度目だったので、逃げ方も上手になってはいたが、それでも大ケガは免れなかった。
又しても二週間昏倒することになった。
それに軍馬の前蹴りは、メイスの傷跡の上から、見事な蹄の跡を残した。
大きく曲がった鼻の周りに、馬の蹄の形がクッキリと残ったのだ。
それからルアン皇太子は、民から鼻曲がり皇太子、蹄皇太子と陰口を言われるようになった。
「御免こうむります。
殿下に御渡ししたら、何時斬り殺されるか分かりません。
馬を徳で慕わせる事も出来ず、技で従わせる事も出来ないような、不忠不孝の慮外者に、大切な愛馬を渡せるわけがないでしょう」
「おのれ!
主に手向かい致すか!」
「殿下自身が、皇太子殿下の兄君に手向かいし、恐れ多くも皇帝陛下を威圧されました。
そのような獣に、栄光ある親衛騎士が忠誠を尽くすと思われるとは、痴れ者とは聞いていましたが、狂気の沙汰でございますな」
「死ね!」
皇都から謹慎追放を命じられたルアン皇太子は、最初暴れ回って従う事を拒否した。
だがイーハ王の説得を受けて、今度は喜んで皇都から出て行こうとした。
だが、肝心の騎獣と駄獣と輓獣がほとんどいない。
全くいない訳ではないが、ほとんどいないのだ。
ギャラハー馬をはじめとした、全ての騎獣と駄獣と輓獣を持っているのは、今回の件で全く被害を受けなかったギャラハー王家だ。
だがここには頼めない。
命じる事も出来ない。
命じても断られて恥を重ねるだけだ。
他に騎獣と駄獣と輓獣を手元に残しているのは、彼らと心を通わせていた乗り手や飼い主だけだった。
だからと言って、駄獣と輓獣では面目が立たない。
皇太子たる者、軍馬に跨って皇都の城門をくぐる必要がある。
そう考えたルアン皇太子は、心通わせた軍馬が残っていた、親衛騎士からむりやり軍馬を奪おうとした。
誇り高い親衛騎士が、そのような無理無体な命令に従う訳がない。
当然口論が始まる。
全く忠誠心を得ていないルアン皇太子が、日頃の行状を罵られたのは当然だが、それは余りに命知らずだった。
騎士の誇りは護らなければいけないが、家も護らなければけない。
いくら謹慎追放になったとはいっても、皇太子の位まで剥奪された訳ではない。
普通なら、もっと穏やかに断っただろう。
親類縁者や上司を頼って断っただろう。
だがエイダン・ケリーは、天涯孤独の身だった。
先年流行り病で次々と両親を失い、未だ独身でもあった。
敬愛するオシーン第一皇子が追放になったのも大きかった。
尊敬する上士であった親衛騎士が、オシーン第一皇子を慕って親衛騎士を辞めていたのが何より一番大きかった。
心にぽっかりと大きな穴が開いていたのだ。
そこに、元凶であるルアン皇太子の無理無体である。
エイダンがブチ切れたのも当然だった。
だからと言って、ルアン皇太子に剣を向けるわけにはいかない。
虚無の心持であったエイダンは、言いたい事も言ったので、ルアン皇太子に斬られる覚悟だった。
「ヒィヒィヒィィィン」
だが、エイダンの馬は黙っていなかった。
激昂して周りの見えなくなっていたルアン皇太子に、見事な前蹴りを決めたのだ。
エイダンの愛馬は、残念ながらギャラハー馬ではなかった。
だが見事な軍馬だ。
ルアン皇太子も、蹴りが届く直前に飛んで逃げた。
二度目だったので、逃げ方も上手になってはいたが、それでも大ケガは免れなかった。
又しても二週間昏倒することになった。
それに軍馬の前蹴りは、メイスの傷跡の上から、見事な蹄の跡を残した。
大きく曲がった鼻の周りに、馬の蹄の形がクッキリと残ったのだ。
それからルアン皇太子は、民から鼻曲がり皇太子、蹄皇太子と陰口を言われるようになった。
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