火付け盗賊改め同心の娘は許婚に婚約解消され料理人を目指す。

克全

文字の大きさ
上 下
11 / 14

猿の音三郎

しおりを挟む
 大和屋与兵衛は甘い人間ではない。
 そして自分の息子、峯次郎が下衆なのをよく理解していた。
 必ず復讐しようとすると確信していた。
 峯次郎が死ぬのを確認するまであとをつけさせていた。

 問題は誰に後を付けされるかだ。
 与兵衛の用心棒や対談方は恐ろしく強いが、尾行が上手いわけではない。
 そこで相談したのが、火付け盗賊改め同心黒鉄長太郎だった。
 娘の嫁入りの時の交渉で、長太郎が信頼できる性格だと分かっていた。

 黒鉄長太郎は自分が個人的に抱えている密偵を貸し出した。
 猿の音三郎という元盗賊の密偵だが、二つ名の通り猿のように身が軽い。
 それも当然で、捨て子だった音三郎は、拾った親方に角兵衛獅子の技を仕込まれ、旅芸人の一座に軽業師として売られ、嫌気がさして盗賊なるという人生だった。
 それだけに押し込みや尾行が得意だった。

 その技の冴えは、凄腕盗賊の壬生の捨弥と鬼子母神の夏に気がつかれないほどだ。
 もっとも、二人が本格の盗賊だったら違っていたかもしれない。
 地獄の鬼太郎一味は盗賊というより殺人集団だ。
 盗みの技よりも殺しの技に重点が置かれていた。
 だから鬼子母神の夏が峯次郎なら情報を引き出しているのも、地獄の鬼太郎一味が大和屋与兵衛を襲おうとしているのも、猿の音三郎は天井裏で聞いていたのだ。

 音三郎から話を聞いた与兵衛は危機感を持った。
 それは当然だろう。
 どれほど凄腕の用心棒を雇っても、完全という事はない。
 そこで黒鉄長太郎に頼み、火付け盗賊改めに護ってもらおうとした。
 黒鉄長太郎にも否やはなかった。
 これは大きな手柄になると思ったのだ。
 それに、音三郎を貸し出したことで、十両という多くの礼金を得ていた。

 本当は大和屋に直接入りこめば一番楽だ。
 だがすでに地獄の鬼太郎一味が入り込んでいるかもしれない。
 最初に黒鉄長太郎と与兵衛が会ったことは、壬生の捨弥と鬼子母神の夏は知らなかったが、他の配下が入り込んで鬼太郎に知らせている可能性もある。
 地獄の鬼太郎の事が分かってからは、黒鉄長太郎と与兵衛は船宿で会うようにしていたのだ。

 黒鉄長太郎から知らせを受けた火付け盗賊改め長官、建部荒次郎広般は大和屋の表と裏を見張れる場所に監視場所を設けた。
 手練れの与力同心を配し、いつでも地獄の鬼太郎を迎え討てるようにした。
 同時に猿の音三郎に壬生の捨弥の後をつけさせ、盗人宿を見つけ出そうとした。
 そのための人員は、音三郎が使いやすい人間を、音三郎自身に選ばせた。
 音三郎は着実に成果を上げていった。
 壬生の捨弥が直接使っている一味の者の名前や顔や家を見つけ出した。

★★★★★

アルファポリス『第6回歴史・時代小説大賞』に向けて休載し、6月1日から再開します。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

厄介叔父、山岡銀次郎捕物帳

克全
歴史・時代
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【完結】夜を舞う〜捕物帳、秘密の裏家業〜

トト
歴史・時代
琴音に密かに思いを寄せる同心の犬塚。 でも犬塚は知らない。琴音こそ自分が日夜追いかけまわしている義賊ネコ娘だとは。 そして、江戸を騒がすもう一人の宿敵ネズミ小僧がネコ娘と手を組んだ。 正義か悪か、奇妙な縁で結ばれた三人の爽快時代活劇。 カクヨムで公開中のショートショート「夜を舞う」のキャラクターたちを心情豊かに肉付けした短編になります。

7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)
歴史・時代
15世紀、狂王と淫妃の間に生まれた10番目の子が王位を継ぐとは誰も予想しなかった。兄王子の連続死で、不遇な王子は14歳で王太子となり、没落する王国を背負って死と血にまみれた運命をたどる。「恩人ジャンヌ・ダルクを見捨てた暗愚」と貶される一方で、「建国以来、戦乱の絶えなかった王国にはじめて平和と正義と秩序をもたらした名君」と評価されるフランス王シャルル七世の少年時代の物語。 歴史に残された記述と、筆者が受け継いだ記憶をもとに脚色したフィクションです。 【カクヨムコン7中間選考通過】【アルファポリス第7回歴史・時代小説大賞、読者投票4位】【講談社レジェンド賞最終選考作】 ※表紙絵は離雨RIU(@re_hirame)様からいただいたファンアートを使わせていただいてます。 ※重複投稿しています。 カクヨム:https://kakuyomu.jp/works/16816927859447599614 小説家になろう:https://ncode.syosetu.com/n9199ey/

立見家武芸帖

克全
歴史・時代
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 南町奉行所同心家に生まれた、庶子の人情物語

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

思わず呆れる婚約破棄

志位斗 茂家波
ファンタジー
ある国のとある夜会、その場にて、その国の王子が婚約破棄を言い渡した。 だがしかし、その内容がずさんというか、あまりにもひどいというか……呆れるしかない。 余りにもひどい内容に、思わず誰もが呆れてしまうのであった。 ……ネタバレのような気がする。しかし、良い紹介分が思いつかなかった。 よくあるざまぁ系婚約破棄物ですが、第3者視点よりお送りいたします。

処理中です...