火付け盗賊改め同心の娘は許婚に婚約解消され料理人を目指す。

克全

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失恋

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「美幸。
 真司郎殿の事は諦めなさい」

 札差大和屋与兵衛との激しい話し合いを終えた長太郎は、娘の美幸を呼び出して引導を渡した。

「しかし父上、私と真司郎様は婚約しております」

「それは私と恭太郎殿が話し合って円満に解消した。
 元々婚約は私と恭太郎殿が話し合って決めたことだ。
 話し合って解消するのに何の不思議もない」

「ですが父上。
 私は真司郎様の事を愛しております」

「それは大和屋与兵衛の娘も同じだ。
 あの者も真司郎殿を愛している。
 そして真司郎殿のために父親を動かし、三百両と大家株を用意した。
 美幸にそれだけのことができるのか?」

「それは……
 でも、柴田の父上に孝養を尽くす事はできます」

「確かに美幸なら恭太郎殿に孝行することができるだろう。
 それは素晴らしい事だ。
 だが薬代はどうする?
 薬がなければ恭太郎殿の病は治らんぞ」

「それは……」

「今回は大和屋与兵衛の娘の愛情のお陰で、柴田家は潰れずにすむ。
 私が間に入って約束を取り付けた。
 真司郎殿を愛しているのなら、今回は身を引くのだ」

「それはどういう意味でございますか?!」

「大和屋与兵衛の娘は、我が家の養女として真司郎殿に嫁ぐことになった。
 持参金に三百両を持っていくことになっている。
 そのうち百六十両で柴田家の借財はきれいさっぱりなくなる。
 残りの百四十両は大和屋与兵衛が運用して、利益を月々柴田家に渡す契約になっているから、もう柴田家が勝手向きで苦しむことはなくなるだろう」

「酷過ぎます、父上。
 幾ら何でも我が家の養女にするなんて、私が可愛くないのですか?!」

「儂も黒鉄家を守らねばならんのだ。
 黒鉄家も札差に借りた借財が五十両に膨れ上がっている。
 この度の婚約解消の慰謝料に五十両。
 養女するのに五十両。
 併せて百両の金が入る。
 今の武家には算術も必要なのだ。
 美幸も毎日内職を手伝っているから分かっているであろう。
 自分を通すにも金が必要なのだ」

「私は尼になります。
 このような世の中が嫌になりました。
 尼になって仏に仕えます」
 
「尼になどなっても何の役にも立たん。
 尼になるくらいなら芸事を極めてみろ。
 惚れた男を養えるくらいの女になってみろ」

「父上は私に芸者に成れと言われるのですか?!」

「芸者でなくても男を養える仕事はある。
 大奥に奉公して金を貯めてもいい。
 髪結いになって亭主を養うくらいになってもいい。
 腕のいい髪結いなら、大工の頭領の二倍は稼ぐぞ。
 そうだ、美幸は料理が好きだったではないか。
 いっそ幕府の台所役人を目指したらどうだ?」
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