火付け盗賊改め同心の娘は許婚に婚約解消され料理人を目指す。

克全

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婚約解消

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 お先手組同心黒鉄家の長女・美幸は、急な訪問を受けた。
 幼い頃からの許婚、大番組同心柴田家の嫡男・真司郎だった。
 ひと目見てただ事ではないのが分かった。
 あまりにも真司郎の顔色が悪かったのだ。
 役者にも勝る美貌が苦悶の表情を浮かべていた。

「美幸殿、単刀直入に話す。
 私は美幸殿と結婚することができなくなった。
 申し訳ない。
 この通りだ」

 真司郎は畳に両手をついて謝った。
 同席していた美幸の母親、静奈もなんと言えばいいか分からなかった。
 だが理由を聞かなければ黒鉄家当主の長太郎に話しようもない。
 美幸が驚愕で言葉も発せられそうにないので、母親の静奈が理由聞いた。

「いったい何事があったのですか。
 ご当主の恭太郎様は病床に臥せっておられると聞いています。
 この話は真司郎様の独断なのですか?
 理由を聞かせてください」

「恥ずかしい話で、本来なら内密にしたい事なのですが、美幸殿にも黒鉄家にも大きな迷惑をかけるので、正直に話せてもらいます。
 柴田家の借財がもはやどうにもならない状態となりました。
 代々の借財に加え、父の医薬に借財を重ねてしまいました。
 これまでの借財を清算し、これからかかる父の医薬料を負担し、金主の長屋の大家株をもらう事を条件に、同心株を売ることになりました」

 真司郎は血を吐く思いで家の恥を口にした。
 そうしなければ、婚約を解消する美幸殿に詫びることができないと思っていた。
 特に、美幸殿を裏切ることで条件がよくした事が、とてもうしろめたかったのだ。

「私はついてまいります。
 真司郎様が浪人される事になってもついてまいります!」

 美幸が急に真司郎に取りすがらんばかりに訴えだした。
 美幸は心から真司郎を愛していた。
 だから苦しい牢人暮らしになろうと、真司郎についていく覚悟をしたのだ。
 だがそれは叶わぬ願いだった。

「申し訳ない。
 それは金主との条件でできないのだ」

 真司郎が苦悶の表情を更に歪めて、血を吐かんばかりの嗄れた声で答えた。
 これで同人株売買の条件が静奈には想像がついた。
 それを聞くことで、美幸の心に踏ん切りをつけさせようとした。

「そう言う事なら仕方ありませんね。
 同心の勝手向きが火の車なのは、我が家もよく分かっています。
 ですが、真司郎様。
 不利な条件を押し付けられていませんか?
 条件を詳しく教えてください」

「代々柴田家が積み重ねてきた借財が百六十両。
 一時金として渡してもらえるのが百四十両。
 父母の面倒は、養子に来る金主の次男が見てくれることになっています。
 確かに父母の面倒をみているか確かめるために、私や妹たちが同居することも許されています。
 私の今後の生活を保障するため、金主持つ五十軒長屋の大家株をもらいました。
 長屋の一間を自由に使う事も許されています」

「条件はそれだけではありませんね。
 全て話してください」

 静奈は全てを話すように厳しく迫った。
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