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第一章

第25話:火属性竜討伐

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神暦2492年、王国暦229年6月23日:ベッドフォード地方・ジェネシス視点

「これよりリーズ魔境に入る。
 魔山の火口にいると思われる火属性竜を狩る。
 全員気を引き締めろ!」

「「「「「おう!」」」」」

 いよいよ火属性竜を狩る時がやってきた!
 短い期間ではあったが、王国内の悪しき部分を徹底的に排除した。
 役に立たないどころを、王家王国を内部から喰い荒らす騎士達を全員追放した。

 追放した騎士達と組んで、俺に敵対しようとした3大大公家の当主を交代させた。
 火属性竜による噴火災害に備えて穀物を緊急輸入する準備も整えた。
 恨みを持っていたドロヘダ辺境伯家の懐柔にも成功した。

 その成功の証として、討伐軍にはドロヘダ辺境伯家の家臣だった騎士が3000騎以上も参加しているのだ。

 だが、俺がドロヘダ辺境伯家に仕える被害者遺族に話を持ち込んでから、火属性竜を狩る日まで時間がなさ過ぎた。

 俺は仕官希望者からあふれ出る魔力と気迫で実力を見抜く事ができるが、仕官希望者は俺の性格と実力を確かめる事ができない。

 そこで、自分の力に自信があるドロヘダ辺境伯家の家臣達には、火属性竜狩りに参加して、俺の力を測ると同時に自分の力をアピールしろと伝えた。

 王家の子倅ごとき何するものぞ、と数多くの戦士が集まったのだ。
 彼らの中には騎乗資格のない徒士もいた。
 自分の農地で軍馬も飼えないくらい貧乏な者達だ。

 そんな者達に経済的負担をかける要求を繰り返すなんて、歴代の国王、特に先代王とその側近は何を考えていたのだ!

 俺が遺族の範囲を定めず、人数制限もしなかったから、少しでも係わりのある遠縁まで、血族だけでなく姻族まで仕官を願い出てきた。

 だが、さすがに魔境に火属性竜を狩りに行く討伐軍への参戦だ。
 実力のない者は1人も参加していない。

 それなのに、ドロヘダ辺境伯家には、他家に仕官させても惜しくない属性竜討伐に参加できるような戦士が、3000人もいた。
 総戦力の半数を追放しなければいけなかった王家とは大違いだ!

 一方俺が心から信用できるのは、昔からの側近10人程度しかいない。
 見廻騎士団のマディソン団長が推薦してくれた300人の家臣もある程度信用できるが、側近ほど心からの信用はない。

 同じ信用できていない家臣見習に、元冒険者や王家騎士の親族がいる。
 王家に仕える騎士家の当主や嫡男は、新設した先鋒騎士団に入れた。
 だが当主以外を新たな王家騎士にはできない。

 なぜなら慢性的な赤字財政となっている王家と王国では、多くの騎士を追放して手に入れた領地収入を、内政や工業開発に投入しなければいけないからだ。

 そんな子弟枠の家臣見習いが5000人ほどいる。
 ぱっと見た感じでは、ドロヘダ辺境伯家の者達よりもはるかに実力が劣る。
 低レベル魔獣を相手でも苦戦しそうな者が結構いる。

 だが、命懸けで成り上がろうとする心意気は買う。
 なりふり構わず逃げ隠れしようとした大身騎士達とは大違いだ。
 ていねいに指導すれば、1人前の騎士になってくれるかもしれない。

 最も心配なのが、当主や嫡男で新たに編制した王国騎士団だ。
 今回は騎士家なのに無役というおかしな制度を失くし、新たに作った先鋒騎士団を連れてきたので、何人戦死するか分からない。

「重装甲盾隊、魔獣を一切通すな!
 攻撃魔術隊、魔力の残量に気をつけながら放て!
 弓隊、矢の残量を常に意識しろ、放て!
 槍隊、盾隊の隙間から魔獣を入れるんじゃない、突け!
 剣隊、隙間から入り込んだ魔獣を確実に仕留めろ!」

 300人の家臣から抜擢されて、騎士団の臨時指揮官となった者達が、配下となった年上の騎士達に命令している。

 冒険者としての実戦経験だけでなく、俺や側近達の先線式や戦い方を見て学んだのだろう。
 味方を1人も死なせない堅実な戦い方をしている。

 魔力を半分残しておけば、食事と魔力回復薬で常に魔力を一杯にしていられる。
 自分の持つ矢の残数を知っていれば、魔法袋や駄馬の荷物から補充できる。
 槍隊と剣隊が余力を残していれば、負傷した盾隊の代わりに守備もできる。

 どの騎士団も危うげなく中レベル魔獣を堅実に斃していく。
 大量の回復薬と食料を用意したお陰だ。
 大ケガをする前に携帯食を食べ回復薬を服用している。

「斃した魔獣の回収するためにゆっくり移動しろ!
 貸与された魔法袋を活用するのだ!
 家宝の魔法袋を持っている者はムダにするな!
 物資と獲物のバランスをよく考えろ!
 常に王子と一緒に行動できるわけではないのだぞ!
 お前の持つ魔法袋が騎士団の命運を握る事もあるのだぞ!」

 どの騎士団も単独で魔境に派遣される可能性がある。
 いや、騎士団単位ではなく、百騎隊単位で魔境に挑む可能性もあるのだ。

 騎士団や百騎隊に貸与される基本装備だけでなく、個々が持つ私的な備品や物資まで十分に理解し活用しなければ、魔境の奥深くから生きて帰るのは難しい。
 そもそも魔境奥深くに辿り着く事さえできない。

「灰魔熊だ、灰魔熊が突進してくるぞ!」

 俺のいる場所から右にかなり離れた前線にいる、先鋒騎士団から悲鳴のような報告が聞こえてきた。

 身体強化していない目や耳で捕らえる事はできないが、伝わってくる魔力からは確かに灰魔熊の反応が感じられる。

 灰魔熊としては特に強くも弱くもない反応だから、通常の1000kg級なのだろうが、王家の平均的な騎士にとっては戦死確実な強敵だ。

「「「ギャアアアアア!」」」
「ウッワアアアアア!」
「「「ギャアアアアア!」」」
「「ギッギャ!」」
「ゴッホ!」
「「「ギャアアアアア!」」」

 防衛戦である重装甲盾隊が、灰魔熊が腕をひと振りするだけで、5人ほどなぎ払われてしまい、防衛線に一瞬で大穴が開いてしまう。

 スタンピードではないので、低レベルの小型魔獣がその大穴に入り込むことはないが、灰魔熊に中に入られてしまったら、軽装甲の攻撃魔術隊や弓隊が危険だ。

 予備隊である剣隊が中型の盾を持って大穴を防ごうとする。
 だが、重装甲の完全鎧と大盾を装備した者達でも防げなかったのだ。
 剣隊が更なる腕のひと振りでなぎ払われるのは当然の事だ。

 このままでは死者が出てしまう。
 貴重な実戦経験などと言ってはいられない。
 急いで魔術を発動して遠距離攻撃しようとしたのだが。

「死にやがれ、腐れ灰魔熊!」
 
 アンゲリカが巨大な戦斧を振りかざして灰魔熊に戦いを挑む。
 黙って戦えばいいのに、灰魔熊を罵る言葉が次々とでてくる。
 こんな事だから跡継ぎ娘だというのに婚約者もいないのだ。

 黙っていればとても魅力的なのに、口を開けば汚い言葉を吐き散らす。
 立派な騎士なのだから、海千山千の冒険者のような言葉を吐かないで欲しい。
 領民2000人のリチャードソン騎士家といえば、王家のでも特に名門なのに。

「「「ウッドランス!」」」

 マッケンジーが表向きレベル5の木系攻撃魔術を発動する。
 だがただのレベル5魔術ではない。

 心の中で思い描いたウッドランスと、口で呪文を唱えたウッドランスに加え、魔獣紙魔法陣を描いたウッドランスを、三重に重ねて圧縮した特別製の木系攻撃魔術だ。

 その剪断力と破壊力は通常のウッドランスの125倍はある。
 俺ならば呪文や魔法陣を重ね掛けしなくても、あり余る魔力を上乗せするだけで、通常の魔術を100倍200倍にできる。

 だが魔力量に限りのあるマッケンジーでは、テクニックを駆使しなければ常識外れの魔術を発動する事はできない。

 これがマッケンジーとアンゲリカの2人だけで灰魔熊と戦うのなら、地形や灰魔熊の習性を利用した戦い方もできる。

 だが味方の騎士団が危機の陥っている状況では、戦略戦術だけでなく、個々の戦法すら極端に限られてしまう。
 その結果が一撃必殺の攻撃魔術発動になった。

「ギャアアアアア!」

 灰魔熊が胸に大穴をあけられて断末魔を叫んでいる。
 正確に心臓部分を狙い大穴を開けている。
 
 これだけ正確に狙えるのなら、あまり素材を損なわない首を狙って狩るべきなのだが、万が一にも狙いを外す事を考えれば的の小さい首は狙えない。
 狙いが少し外れても大丈夫な胴体を狙うのがセオリーだ。

 この灰魔熊は騎士団単位や百人隊単位の共同狩りではなく、マッケンジーとアンゲリカが2人だけで狩った獲物と認めてやろう。
 良い小遣いになるから2人もよろこんでくれるだろう。

「灰魔熊だ、灰魔熊が突進してくるぞ!」
「灰魔猪だ、灰魔猪の群れだぞ!」
「灰魔鹿だ、灰魔鹿の群れが突進してくるぞ!」
「茶魔熊だ、灰魔鹿よりも恐ろしい茶魔熊が襲ってくるぞ!」
「灰魔狼だ、灰魔狼が100頭以上いるぞ!」

 これはもう騎士団の訓練は中止だ。
 俺の魔術を一気に全滅させた方が良い。

「よし、キャンプ周辺の魔獣はほぼ全滅させた。
 交代で休憩と仮眠を取ったら、一揆に魔山に向かう。
 ここからが正念場だ、しっかりと疲れをとれ!」

「「「「「はっ!」」」」」

 今回の討伐に参加して者達が目を輝かせて返事してくれる。
 命懸けの狩りを何日も続ける事で、アドレナリンが出まくっているのだろう。

 俺の側近も家臣も、王国出身者もドロヘダ辺境伯家出身者も、何のわだかまりもなく協力できるようになっている。
 ともに何度も死線を潜り抜けた事で、戦友としての意識が芽生えているのだ。

 体力と魔力は食事と回復薬で元通りにしてある。
 だが極度の緊張が続く状態では、精神力までは回復させられない。

 ここまで1人の死者も出さずにこられたのだ。
 このまま誰1人欠ける事なく火属性竜を狩りたいものだ。

 彼らの事を考えれば、俺1人で狩りに行くべきなのだが、できる事ならこいつらにも、共に属性竜を狩ったという勲章を与えてやりたい。

「王子、ジェネシス王子!
 大変です、属性竜が王都に現れました!」
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