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第一章

第50話:口約束

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 俺は別にすねているわけではないのだ。
 ただ単に眠りたいだけで、いじけている訳でも怒っているわけでもない。
 大公家の一員として何をどうすればいいのか、俺には分からない。
 父上と母上、それと、セバスチャンの言う通りにすればいいだけだ。
 前世の母や親戚たちとは違って、三人は心から俺を愛してくれている。
 俺のためにならない事は、絶対にやらないと信じられるのだから。

「子爵、貴君の言いたいことは分かったし、その気持ちも理解できる。
 だがそれを今認める訳にはいかないのは分かっているだろう。
 イーライの正夫人は、大公家の将来と外交に深く関係している。
 とてもではないが、正夫人が決まる前に愛人など作れない。
 正夫人から嫡男が生まれる前に、庶子を儲ける事もできない。
 だが、正夫人が決まって、正夫人から男児二人が生まれた後でなら、イーライが好きな相手を側室にする事も、子供を儲ける事も認めよう。
 イーライに相応しい令嬢を教育するの子爵の自由だ」

 父上の返事を聞いた子爵と子爵夫人は大喜びだった。
 令嬢たちもホッとしていたようだ。
 特に俺から見てとても年上の令嬢たちは、全身から力が抜けるほど安心していた。
 彼女たちにしても、幼児の俺に迫るのは嫌だったのだろう。
 だが、俺よりも少し年上に令嬢たちは表情を引き締めていた。
 内心で恐怖を感じてしまうくらい、彼女たちの表情は真剣だった。

 だが俺の正直な気持ちを言えば、彼女たちの事などどうでもよかった。
 俺が気になっていたのは、父上の口にした事だった。
 俺の事を最優先に考えてくれているのではなく、大公家の事を優先していた。
 俺の気持ちを考えるのではなく、家臣となった子爵家の事を優先していた。
 伝書魔術を使っての返事だから、表向きの話しだと言う事は分かっている。
 事前に家族で話し合う事ができていたら、返事は変わっていただろう。

 そんな事は分かっている、分かってはいるが、気持ちがモヤモヤした。
 その日から、子爵や子爵夫人に会うのが嫌になってしまった。
 いけない事だと分かっているのに、つい寝坊して朝食を食べに行かなくなった。
 頭が痛くなって、昼食を一緒に食べなくなった。
 夕食の時にも、とても眠くなったり頭が痛くなったりした。
 君臣の関係を考えればいけない事なのだが、一緒に食事ができなくなった。

「イーライ様、気に病まれる事など何もありませんぞ。
 口約束と言うのは約束ではないのです。
 そんな事は子爵も子爵夫人も分かっている事です。
 貴族の嫡男ですから、正夫人は好きでもない相手を迎えなければいけません。
 ですが側夫人や愛人は、好きな人だけを迎えればいいのです。
 好きな相手がいなければ、側夫人や愛人を迎える必要もありません。
 何でしたら、今直ぐそちらにベラを向かわせましょうか。
 それともイーライ様が転移魔術で迎えに行かれますか」

 なぜ今この状況でベラの名前が出てくる、セバスチャン。
 俺の調子が悪い事を誰がセバスチャンに知らせたのだ。
 子爵か、それとも子爵夫人か、まさか、セバスチャンは俺がこうなっている事を察していたのか、察していたのだとしたら、恐ろし過ぎるぞ。
 父上にあのような返事をさせた時点で、俺がこんな状態になる事を予測していたとしか思えないのだが、お前はバケモノか、セバスチャン。

 ★★★★★★

「色々と心配をかけてしまったな、子爵、子爵夫人。
 正直に話すが、父上の言葉に心がついていかなかったのだ。 
 私は魔力が多く魔術も秀でているのだが、見た通りの幼児なのだ。
 父上と母上の愛情がないと、哀しみで心が言う事を聞いてくれないのだよ。
 私の事よりも子爵家の事を大切にする父上の言葉を聞くと、哀しくてな」

「申し訳ありませんでした、イーライ大公公子殿下。
 私と妻が勝手な事を願い出たばかりに、殿下にご心痛をおかけしてしまいました。
 大公殿下がしてくださったあの約束は、もうお忘れください」

「いや、父上が大公として約束した事は守らなければいけない。
 だが、私はまだこのような幼児で、正夫人に誰を迎えるかも決まっていない。
 男女の事も言葉だけでしか分かっていない。
 私が二人も男児を儲けるなど、想像もつかない。
 だから、令嬢たちに無理はさせないでくれ。
 私が男女の事を理解できるようになったら、改めて話をしようではないか」

「はい、殿下の思し召しのままに」

「おっと、いい時にファイフ王国軍が来てくれたようだ。
 今なら全力でファイフ王国軍を歓迎してやれる」
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