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第一章

第12話:被害者の心情

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 聖歴1216年1月9日:エドゥアル視点

 前日助けた人たちは、復讐を繰り返している。
 他の売春宿に転売された人たちを救出するために、腐れ外道どもを殺さずに拷問を繰り返したのだが、その拷問役を奴隷にされていた人々に任せたのだ。
 そのおかげで、こうして転売先を見つけて救出にこられているのだ。
 彼らは今もラファエルの手助けを受けて新たな情報を聞き出してくれている。

「大丈夫かい、もう安心していいよ、ボルドーから助けに来たよ」

 俺は単独でスエガリシア王国に入り込んだ。
 腐れ外道どもに転売された奴隷の居場所は他国にまで広まっていた。
 少しでも遅れたら、手遅れになって死んでしまう被害者がいるかもしれない。
 そう考えたからこそ、少しでも早く情報を得るために、ラファエルにはサン=ジャン=ド=リュズに残ってもらって、預けた回復魔術の魔道具を使ってもらっている。

「むだよ、教団からは逃げられないわ」

 繰り返される会話はサン=ジャン=ド=リュズの時と同じだ。
 本来自分たちを護ってくれるはずの、召喚聖者を神として崇める教団が、率先して善良な人を奴隷にして売り売春を強要する。
 地獄に叩き落とされた人が、そんな世の中に絶望する事を責める事などできない。
 何十何百を同じ会話を繰り返すことになろうと、彼女たちを救う事を諦めない。

「安心してくれ、本当に大丈夫なのだ。
 ボルドーの町は悪人たちから解放したよ。
 サン=ジャン=ド=リュズの売春宿に囚われていた人も全員解放した。
 悪人たちは全員捕らえて厳しい拷問をかけて悪事を自供させた。
 だからこそここにまで助けに来る事ができたのだよ。
 君が望むのなら、ここの悪党どももサン=ジャン=ド=リュズに連れて行く。
 そこで思いっきり復讐するといいよ。
 でもその前に教えて欲しい事がある。
 ここから他の場所に売られてしまった人はいないかい。
 いるのならその人も助けてあげたいのだよ」

「おねがい、助けてあげて、お願いだから助けてあげて」

 今回はスエガリシア王国に入り込んでの強襲だった。
 必要なら、悪人だけでなく、領主軍や王国軍と戦う覚悟もある。
 だが、できる事なら、無理矢理徴兵された農民兵とは戦いたくない。
 表に出るような戦いを始める事なく、被害者と悪人たちを魔法の絨毯に乗せてサン=ジャン=ド=リュズに戻る事ができるのなら、それが最高だ。

 ★★★★★★

「ラファエル、ここにいるのがサン・セバスティアンから助けだした人たちだ。
 こっちに転がっている連中が、サン・セバスティアンの売春宿で好き勝手していた腐れ外道どもだ。
 こいつらも拷問して転売された人たちの居場所を吐かせてくれ」

「分かったのじゃ、手加減せずに思いっきり懲らしめてやるのじゃ。
 とは言っても、実際に拷問するのは被害者なのじゃな?」

「そうだ、彼女たちが今までの苦しみを全て腐れ外道どもに叩きつけても、朝渡した回復の魔道具を使って死なさないようにしてくれ。
 どんな情報を持っているのか分からないからな。
 全ての情報を白状させるまでは殺すわけにはいかない。
 どれほど殺したくてもだ、分かってくれるな」

「分かっているのじゃ。
 さあお前たち、今までやられた事をやり返してやるのじゃ」

「「「「「ウォオオオオオ」」」」」

 自白させるための拷問テクニックなど全くない。
 今までの恨み辛みを晴らすためだけの無差別な暴力が腐れ外道に叩きつけられる。
 頭が潰れそうになる時だけ、ラファエルが防御魔術の魔道具を使う。
 防御魔術の魔道具も俺がラファエルに貸し与えた物だ。
 ラファエルも全魔術を使えるが、魔力で管理神に気付かれるわけにはいかない。

「予備の魔宝石を渡しておくから、絶対にラファエルの魔力を使うなよ」

「そんなに何度も念を押さなくても分かっておるのじゃ。
 妾もエドゥアルに迷惑をかける気はないのじゃ」

「ラファエルが管理神に見つからない限り、俺はこの世界で無敵でいられる。
 俺はその力を使ってかわいそうな人たちを助けてくる。
 後の事は頼んだぞ、ラファエル」

「任せておくのじゃ」

 俺はまたラファエルに後の事を任せて、転売された人のいる場所に飛んだ。
 魔法の絨毯を使って国境や領境など無視して飛びまわる。
 国や領主の力だけでなく、教団や魔術師協会の力も無視して奴隷を助けだす。
 邪魔する腐れ外道はもちろん、転売された人の情報を持っている可能性のある者は、売春宿に来ていた王国貴族であろうと関係なくさらう。

 ★★★★★★

「……嫌です、ボルドーには戻りません」

 八面六臂の大活躍をしたなどと誇る気はまったくない。
 不幸な人を助けたことを自慢するなど、男として恥ずべきことだ。
 だが、せっかく助けた人に故郷に戻りたくないと言われるのは少し哀しい。
 なんで故郷に戻りたくないのかは想像できるが、違ったら困る。
 言いたくない事を無理矢理聞くのは嫌だが、やるしかない。

「なぜ故郷に戻りたくないのか教えてくれるかい?
 辛い過去の事が影響しているのなら、話したくないとは思う。
 だけど、理由によっては、何とかしてあげられるかもしれないから」
 
 この女性が少しでも哀しみから立ち直れるように、できるだけの事をしたい。
 根掘り葉掘り聞きだそうとする俺の事を蔑み憎む事になっても、この女性がこれから少しでも幸せになれるのなら、大した問題ではない。

「……売春婦として生きてきた事をボルドーの人たちは知っているわ。
 もう昔のように暮らせるはずがないじゃない。
 それに、私が戻ったら、私だけでなく、家族まで陰口を言われてしまうわ。
 お願いだから、私は死んだ事にしてよ。
 そうすれば私はかわいそうな娘のままでいられるわ。
 家族も陰口を言われないですむのよ」

「確かに、貴女が故郷も戻ったら、陰口を言う人も出てくるでしょう。
 家族もその陰口を耳にして哀しく苦しい思いをするでしょう。
 そんな事にならないように帰りたくない気持ちも分かります。
 ですが、本当に家族に会いたくないのかい?」

「会いたいわよ、会いたいに決まっているじゃない。
 でも、会えば私が生きている事がボルドーに伝わってしまうわ。
 想像でしかなかった、売春婦として働かされていた事が確実になるわ。
 私さえ戻らなければ、奴隷として売られた私が売春婦として働かされていたと想像はしていても、露骨に陰口を言われたりはしないでしょう」

「哀しい話しだが、貴女の言う通りだ。
 だからこそ、貴女には少しでも幸せになってもらいたい。
 いえ、貴女だけではなく、同じように奴隷に落とされた人たち全員幸せになって欲しいのだよ」

「貴男が助けてくれたことは心から感謝しているわ。
 もう誰に殴られる事もなければ飢える事もないわ。
 だけど、もう、奴隷に落とされる前のようには生きていけないのよ。
 貴男の事だから、私たちが望まないような仕事をさせる事もないでしょう。
 貴男の所で働かせてくれない」

「分かったよ、そこまで言うのなら、俺の家族がいる町で働いてもらおう。
 だけど、もし君の家族が、ボルドーを捨てて一緒に住みたいと言ったらどうする。
 家族が故郷を捨ててでも君と一緒に暮らしたいと言った時でも、死んだ事にして欲しいと言うのかい」

「……もし、本当に、家族が仕事も故郷も捨てて一緒に住んでくれると言うのなら、私も家族も陰口を言われないのなら、一緒に暮らしたいに決まっているじゃない」

「分かったよ、そこまで家族が陰口を言われるのが嫌なのなら、俺の家族が住む町も避けた方がいいかもしれない。
 君たち家族以外は誰も済んでいない、新しく開拓した場所に一軒家を創ろう。
 他の家族と暮らしてもいいと思えるようになったら、その時はまた新しく町を創るようにする」

「……本気で言っているの。
 全く新しい、他の誰も住んでいない、近くに誰もいない一軒家よ。
 そんなモノを、ここにいる助けられた人、全員分作るというの。
 貴男がとんでもない魔力を持っているのは知っているけれど、いくらなんでも、そんな話し信じられないわよ」

「だったら今から証明してあげるよ。
 ついてくるのなら、君の前で、いや、希望する人全員の前で証明してあげよう」
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