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第1話:陰謀と暴力に抗う乙女

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「さっさとやれ、悪魔と交わった淫売は火焙りと決まっている!」

 うかつでした、王太子ジョヴァンニと王城神官長が、結婚式の準備に必要だと言うからついてきたのに、私を罠に嵌める嘘でした。

 神に仕える神官長ともあろう者が、神の名を悪事に利用するなんて、普通に神を崇めている人間なら思いつきもしません。

 神官長たちが、神の名を私利私欲に利用して穢しているのは、この異端審問室のありさまを見れば一目瞭然です。

 暗闇に浮かび上がる薄暗い照明が薄気味悪い影を作り、審問される者を脅かし偽りを口にするしかないように仕向けています。

 部屋の中央にある血の跡がついた鉄の椅子が、拷問で無理矢理有りもしない罪を自白させていた事を物語っています。
 床に繋がれた堅固な鎖が、罪に問われた者を逃がさなかった事を物語っています。

 壁や机の上にある凶器や拷問器具と、黒々と残る血の染みが自白するまで絶対に許されない事を証明しています。
 私は、身体を切り刻まれる苦痛に耐えられるでしょうか?

 血の跡の残る異端審問室の壁には、鮮血で描かれた異教的なシンボルや忌まわしい言葉が刻まれています。

 部屋の奥には巨大な火炉があり、異端審問官に目を付けられた善人が、どのような目にあわされたのかまざまざと思い浮かべさせられます。

 私は身体を焼かれる苦痛に耐えられるでしょうか?
 いえ、自分を疑ってはいけません、耐えられると信じるのです。
 王太子とラヴィーニアに一矢報いるのです!

「卑怯者、婚約破棄したいのなら、自分が責任を負って破棄すればいいでしょ!
 それを有りもしない罪を捏造して婚約破棄するなんて、それでも王太子ですか!」

「ふん、何を言ってもお前の罪は変わらんよ。
 異端審問官の尋問から逃れられると思うなよ」

 悔しい、腹立たしい、怒りと悔しさで感状が抑えられない。
 でも、ここで涙を見せたら王太子やラヴィーニアを喜ばせるだけ。
 殺されても涙は見せないわ。

 特に本当の淫売、ラヴィーニアに涙を見られるのだけは耐えられない!
 ラヴィーニアは王太子に媚びを売り、体を私利私欲のために使った腐れ外道です。
 父親のファインズ侯爵と一緒で、強欲で冷酷な屑です。

「ジョヴァンニ王太子殿下。
 いかに殿下の御威光で異端審問を行うとは言え、コートネイ公爵家の令嬢と二人きりになるのは問題があります。
 少しでも隙を作れば、コートネイ公爵家が王家に戦いを仕掛ける事もあり得ます。
 コートネイ公爵家が開戦の口実に出来ないようにしておかないと、殿下の責任問題となります」

「ちぃ、だが今更何もなかったことにはできんぞ!
 パトリツィアを処刑するいい理由はないか?」

「異教を信じ、悪魔と交わったので事実なのですから、神明裁判をやればいいのです」

「馬鹿な事をいうな! 
 三日も待っていたら、コートネイ公爵が軍を率いてやってくるわ!
 今日この場で今直ぐ殺してしまわねばならんのだ!」

「火審や熱鉄審ではありません。
 この場で水審を行い神の審判を得て、さらに火刑で再度神の審判を仰ぐのです。
 二度も神の審判を仰いでいるのですから、コートネイ公爵も文句は言えません」

「ふむ、それはいいな、直ぐにやれ!」

「はい、ただいま」

 馬鹿です、救いようのない大馬鹿です。
 あの父上が、異端審問官や教会が恣意的に行う異端審問に従う事などありません。

 私が火焙りにされたら、怒り狂って王家を滅ぼそうとするでしょう。
 それが分かっていないのです。

 ファインズ侯爵とラヴィーニアが嫌らしい笑みを浮かべています。
 ああ、そう言う事でしたか。

 てっきり王太子と情を通じ、王太子や王家を通して権力を握ろうとしていると思っていましたが、ハーバート王家とコートネイ公爵家を争わせ、両家が疲弊した所を攻めて、自分達が新たな王家となろうとしているのですね。
 
 悔しい、本当に悔しいです。
 ファインズ侯爵やラヴィーニアのような下劣な人間に謀られて殺され、家まで滅ぼされるとは!

 私や父上がファインズ侯爵やラヴィーニアより劣っていたという事になります。

「さぁ、この大樽に飛び込んでもらおうか!」
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