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第6章:伊勢歌舞伎
第64話:格式
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澤村一座から、柘植家の為だけに演じたいと檜垣屋に申し込まれた事は、一座が想像していた通り議論を呼んだ。
座長の宗十郎はわざわざ神楽殿で演じたいと申し込んだ訳ではない。
だが、普通に考えれば檜垣屋の神楽殿を使わせて欲しいと言っているのは明らかで、檜垣屋の出自と格式を考えれば激怒するほど失礼な申し込みだった。
檜垣屋の奉公人の中には澤村一座に思い知らせようと言う者もいたが、隠居と主人がゆう事を思って怒りを抑えていたので、多くの奉公人も怒りを収めた。
澤村一座も表立って神楽殿を使わせてくれと言ってきたわけではない。
使わせてもらえれば幸運だという欲を出しながらも、断られる事を前提で申し込んでいる事は明らかだった。
「父上、檜垣屋を使わせるわけにはいきませんが、分家や暖簾分けした御師宿を使う事は問題ないでしょう」
「そうだな、格式を考えれば官位のない平御師の宿を使う事になるが、それならば本家も文句は言わないだろう」
「上座を設けて定之丞様とゆうに着いていただき、澤村一座に下座で演じさせれば、心優しいゆうも胸を痛める事はないでしょう」
「そうだな、今は本当に大切な時期だ。
ほんの少しの事で流産するかもしれない。
ゆううには何としてでも丈夫な子を無事に生んでもらわねばならぬ」
「まつはゆうの前に一度流産してしまい、ゆうの後も二度流産を繰り返し、最後は死産で子の生めない体になってしまいました」
「里に帰らせろと言う儂の言う事を聞かないばかりか、親戚縁者が寄って集って妾を持てと言う言葉にも耳を貸さなかったお前だ。
もしゆうがお産に失敗して子が産めなくなり、柘植家から帰されるような事があれば、怒りのあまり火付けでもするのではあるまいな」
「さて、実際にそのような事にならなければ、自分がどのような事をするのか、全く分かりませぬが、平常でいられない事だけは分かります」
「やれ、やれ、病弱なまつを柘植様の所にやるわけにはいかぬ。
お産に備えて、山田でも一二の産婆を揃って行かせ段取りはつけているが、それだけでは心許ない。
流産の多い頃合いにも、産婆を送るようにせねばならぬ。
ゆうが気鬱にさえなっていなければ、絶対に歌舞伎見物などさせない」
「繰り言を申されてもどうにもなりますまい。
それよりは、如何にしてゆうの心を晴らすかです。
我が家が権禰宜家でなければ、家に戻してお産させるのですが、まつの時もそうでしたが、産屋で生ますのが悪いのではありませんか」
「産屋で生ませるから死産が多いかどうかなど誰にも分からぬ。
母屋に産室をもうけ生ませている、山田以外の家でも死産の数は変わらぬ。
繰り言は意味がないと、今お前が言ったばかりであろう。
ゆうが心配で平静を欠いているのは分かるが、しっかりせい」
「申し訳ございません。
ゆうに何かあってはと思うと、何もかも腹立たしくて」
「その気持ちは分かる。
だからこそ、無礼な澤村一座の願いをできる範囲で受け入れるのだ。
柘植家には、暖簾分けした平御師の宿を用意するから、そこで歌舞伎見物をして頂くように使いを送ろう。
その時には我らも同席させてもらえるように願い出よう。
お前達も久しぶりにゆうの顔が見たいであろう」
「そうですね、私もですが、何よりまつが心配しております。
自分のように流産や死産を繰り返し、身体を壊してしまわないか、夜も眠れないほど心配しております」
「まつは心優し過ぎるからな、心配の余り、まつまで気鬱になってはならぬ。
しばらく宿の事は儂と角兵衛に任せろ。
お前はまつに付き添ってやれ」
「ありがとうございます。
父上には御心配と御無理をかけてばかりで、常々申し訳なく思っております。
角兵衛にも悪いとは思っているのです」
「まあ、よい、お前も生まれ持って心優しいからな。
外に子供を作る甲斐性くらい欲しかったが、儂もその件に関してはあまり強くは言えぬからな」
息子を叱る隠居も、側室も妾も持たなかった、愛妻家だったのだ。
座長の宗十郎はわざわざ神楽殿で演じたいと申し込んだ訳ではない。
だが、普通に考えれば檜垣屋の神楽殿を使わせて欲しいと言っているのは明らかで、檜垣屋の出自と格式を考えれば激怒するほど失礼な申し込みだった。
檜垣屋の奉公人の中には澤村一座に思い知らせようと言う者もいたが、隠居と主人がゆう事を思って怒りを抑えていたので、多くの奉公人も怒りを収めた。
澤村一座も表立って神楽殿を使わせてくれと言ってきたわけではない。
使わせてもらえれば幸運だという欲を出しながらも、断られる事を前提で申し込んでいる事は明らかだった。
「父上、檜垣屋を使わせるわけにはいきませんが、分家や暖簾分けした御師宿を使う事は問題ないでしょう」
「そうだな、格式を考えれば官位のない平御師の宿を使う事になるが、それならば本家も文句は言わないだろう」
「上座を設けて定之丞様とゆうに着いていただき、澤村一座に下座で演じさせれば、心優しいゆうも胸を痛める事はないでしょう」
「そうだな、今は本当に大切な時期だ。
ほんの少しの事で流産するかもしれない。
ゆううには何としてでも丈夫な子を無事に生んでもらわねばならぬ」
「まつはゆうの前に一度流産してしまい、ゆうの後も二度流産を繰り返し、最後は死産で子の生めない体になってしまいました」
「里に帰らせろと言う儂の言う事を聞かないばかりか、親戚縁者が寄って集って妾を持てと言う言葉にも耳を貸さなかったお前だ。
もしゆうがお産に失敗して子が産めなくなり、柘植家から帰されるような事があれば、怒りのあまり火付けでもするのではあるまいな」
「さて、実際にそのような事にならなければ、自分がどのような事をするのか、全く分かりませぬが、平常でいられない事だけは分かります」
「やれ、やれ、病弱なまつを柘植様の所にやるわけにはいかぬ。
お産に備えて、山田でも一二の産婆を揃って行かせ段取りはつけているが、それだけでは心許ない。
流産の多い頃合いにも、産婆を送るようにせねばならぬ。
ゆうが気鬱にさえなっていなければ、絶対に歌舞伎見物などさせない」
「繰り言を申されてもどうにもなりますまい。
それよりは、如何にしてゆうの心を晴らすかです。
我が家が権禰宜家でなければ、家に戻してお産させるのですが、まつの時もそうでしたが、産屋で生ますのが悪いのではありませんか」
「産屋で生ませるから死産が多いかどうかなど誰にも分からぬ。
母屋に産室をもうけ生ませている、山田以外の家でも死産の数は変わらぬ。
繰り言は意味がないと、今お前が言ったばかりであろう。
ゆうが心配で平静を欠いているのは分かるが、しっかりせい」
「申し訳ございません。
ゆうに何かあってはと思うと、何もかも腹立たしくて」
「その気持ちは分かる。
だからこそ、無礼な澤村一座の願いをできる範囲で受け入れるのだ。
柘植家には、暖簾分けした平御師の宿を用意するから、そこで歌舞伎見物をして頂くように使いを送ろう。
その時には我らも同席させてもらえるように願い出よう。
お前達も久しぶりにゆうの顔が見たいであろう」
「そうですね、私もですが、何よりまつが心配しております。
自分のように流産や死産を繰り返し、身体を壊してしまわないか、夜も眠れないほど心配しております」
「まつは心優し過ぎるからな、心配の余り、まつまで気鬱になってはならぬ。
しばらく宿の事は儂と角兵衛に任せろ。
お前はまつに付き添ってやれ」
「ありがとうございます。
父上には御心配と御無理をかけてばかりで、常々申し訳なく思っております。
角兵衛にも悪いとは思っているのです」
「まあ、よい、お前も生まれ持って心優しいからな。
外に子供を作る甲斐性くらい欲しかったが、儂もその件に関してはあまり強くは言えぬからな」
息子を叱る隠居も、側室も妾も持たなかった、愛妻家だったのだ。
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