伊勢山田奉行所物語

克全

文字の大きさ
上 下
42 / 68
第4章:伊勢屋と共有田と金貸し

第42話:相談

しおりを挟む
 これはまだ柘植家の下忍が高麗橋を拠点として伊勢講を広め始めた頃だった。
 河内国大県郡にある太平寺村から伊勢講に入りたいと相談があった。

 村高三百三十一石少しの貧乏村なのに、旗本仙谷因幡守と寄合旗本蒔田家が相給する状態で、しかも村人を東本願寺と西本願寺の信徒に分けて分断支配していた。

 これでも徐々に整理され、信楽代官の多羅尾家が相給していた分が整理されているだけ、昔よりもましだと言うのだ。

「若、太平寺村の事、いかがいたしましょう」

 柘植家では、檜垣屋や恩師宿に関する家は、嫡男の定之丞に任されていたので、高麗橋を拠点に動いている下忍は、当主の伝兵衛ではなく定之丞に報告していた。

 本来なら檜垣屋の主人である富徳に報告しなければいけないのだが、その前に定之丞に相談して報告する内容を決めていたのだ。

「お前はどう思っているのだ」

「これまでの御師でしたら、お断わりしております」

「理由は」

「少し雨が降るだけで平地の田畑が水浸しになってしまいます。
 大和側の付け替えで水害自体は多少ましになったそうですが、田畑の作物が駄目になるのは同じでございます」

「それなのに相談してきたのには、理由があるのだな」

「はい、太平寺領は平地よりも山の方が多いのです。
 そこで魅力のある作物を作れるようになれば、豊かになれるかもしれません」

「ふむ、魅力のある作物か、そのような物をそう簡単に思いつけるのか。
 思いついたとしても、土地柄にあうのか」

「ここ山田には全国の民が参ります。
 初穂料でいただくのは金銀銭だけではございません。
 種籾もいただいています。
 檜垣屋が持つ田畑では、全国の優れた作物が育てられております。
 太平寺村に合った作物があるかもしれません」

「絶対ではないのだな」

「はい、それに、かなりの借金もあるようです」

「村全体の借金か」

「いえ、田畑を質に入れて借金をしているのは村の半数程度ですが、年貢は村請でございますから、半数が潰れたら残りの半数も共倒れでございます」

「それでも檜垣屋の伊勢講に入れようと言うのか」

「優れた作物があった場合は、可能かと思われます」

「どのように優れていればいいのだ」

「一度水に浸かっても腐れる事無く実る稲が、その一つでございます」

「そのような夢のような稲が本当に有るのか」

「これまでよりも僅かでも水に強ければ、一合一升でも多く取れれば、百姓衆は助かるのです」

「そうか、そうだな、だがそのような稲が本当にあるのか」

「檜垣屋に聞いてみれば分かると思います」

「うむ、お前から聞いておいてくれ」

「はい、この後で聞いてまいります。
 二つ目の作物は、水に限りがある山畑でも実り、金に換えられる作物でございますが、これには当てがあるのです」

「ほう、どのような作物なのだ」

「食用にも薬用にもなる棗でございます」

「ほう、棗ならば上手く実れば高く売れるであろう」

「それと、大和側の付け替えでできた砂地で綿花が栽培できると思われます」

「綿花が栽培できれば高値で売れると思うが、綿花を育てるには多くの肥料が必要だったのではないか」

「はい、その資金さえあれば、太平寺村は大化けすると思われます」

「その元金を檜垣屋に出させようと言うのだな」

「いえ、若が出されるのが良いと思われます」

「ほう、そこまで有望だとみているのか」

「はい」

「だが、棗にしても綿花にしても、直ぐに成功するとは限るまい。
 何年もの間、年貢を払えないほどの失敗を重ねたらどうするのだ」

「他の作物も作らせて、棗や綿花が駄目でも、最低限の収穫を確保できるようにいたします。
 何より年貢に必要な米はこれまで通り作らせます。
 色々と試させるのは、米が作れなかった荒地や山畑でございます」

「そうか、分かった、そこまで考えているのなら前向きに考えよう。
 具体的には何を作らせる」

「生きるための作物は甘藷で、棗と綿花の次に金になると思われるのは、菜種と蚕豆でございます」

「作物を大阪にまで運べる村だと言っていたな」

「はい、大和川を付け替えた事で、今までよりも安全に大阪から大和に荷を運べるようになった川船が通っております、
 作物が新鮮なうちに大阪にも大和にも運ぶことができます」

「ふむ、綿花が育てられるのなら、女仕事で木綿を織って利を多くする事も可能か」

「はい、檜垣屋で買い取り、江戸に送れば大きな利を得られるかもしれません」

「分かった、今の話を檜垣屋にするがいい。
 太平寺村の借金は柘植家で肩代わりしよう」
しおりを挟む

処理中です...