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第3章:おかげ犬
第26話:逆恨み
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「そうですか、白を放逐しなければいけないのですね」
檜垣屋の茶庵で、柘植定之丞からおかげ犬の説明をされたゆうが寂しそうに呟く。
「御師ともあろう者が、主人のために代参をするおかげ犬の足止めをするなど、絶対に許されぬ事だからな」
「前の主人の事よりも、今の主人を慕っていてもですか」
「一度お札を持ち帰った後でなら許されるかもしれないが、恩を返さぬうちに二君に仕える事は許されるのだ」
「お武家様は厳しいのですね」
「厳しいのは武家だけではない。
神職である檜垣屋も多くの仕来りに縛られている。
今回の件も武家だからではなく、神職だから許されない面もある」
「分かっております、甘えさせていただいただけでございます」
「こいつ」
「うふふふふふ」
「父上から結婚のお許しが出た。
吉日を選んで結納の使者を送る」
「まあ、本当でございますか」
「このような事、嘘はつけぬ」
「うれしゅうございます。
ゆうは幸せでございます」
「ただ、家を出て婿に入る事は絶対に許さぬと釘を刺されたわ」
「それは最初に話が出ただけでの、最近では、どうやって私を嫁御入りさせるかという話だけになっておりました」
「それはよかった、戦国の頃のように、檜垣屋に討ち入ってゆうを攫わずにすんだ」
「まあ、そのように思われるのも、悪くはございませんわね」
「こいつ、愛い奴じゃ」
「柘植様、顔を頭巾で隠した名前も名乗らない男が、内密の報告があると来られております。
とても重要な話だと申すのですが、いかがいたしましょうか」
茶庵の外で、二人の邪魔をする者が現れないように見張っていた老練な女中が、大番頭に言われて仕方なく、小さな声で問いかけてきた。
その声色には、許可さえもらえば追い返すという意思が籠っていた。
「分かった、会おう。
ゆうは母屋の方に戻っていろ」
「はい」
定之丞がこれまでの愛しい男から、奉行所の見習支配組頭の厳しい表情と声色に戻ったので、ゆうも恋人から檜垣屋の娘に戻って答えた。
恋人同士の会話になる前に、定之丞と檜垣屋のおかれた厳しい状況について、当主富徳を交えて話していたのだ。
ここで甘えるほど、ゆうは馬鹿ではない。
ゆうが母屋に戻ってしばらくして、女中の一人が茶庵に客を迎えられるように整えた頃、宗十郎頭巾をした手代風の男が先の女中に案内されてやってきた。
「私に内密の話があるそうだな」
「はい、柘植様を逆恨みする者がおります」
「そうか、妬みではなく逆恨みの方なのだな」
「妬みも有るとは思いますが、今企んでいるのは逆恨みだと思われます」
「そうか、で、どのような企てなのだ」
「柘植様が救い出し、檜垣屋が世話したおかげ犬を殺そうとしております」
「なに、おかげ犬を殺すだと。
そのような事をして、山田で生きて行けると思っているのか。
愚かにも程があるぞ」
「はい、愚かではありますが、愚か者なりに考えております」
「ほう、どのように考えているのだ」
「自分では襲いません。
直接襲う者に声を掛けたりもしません。
柘植様を恨む者に声をかけ、その者に金を出させて無頼の者に襲わせるのです」
「その言い方だと、主人が手代に命じて無頼の者を雇ったのではないな。
武家が商家に話しをして、商家を通じて恨みを晴らすのだな」
「はい、その通りでございます。
いかがいたしましょうか」
「いかがと言うのは、頼んだらおかげ犬の襲撃を防いでくれるのか。
それとも、黒幕の武士や商人を殺してくれるのか」
「どちらでも、柘植様のお望みのままに」
「ならばおかげ犬を救ってやってくれ。
その上で、黒幕の武士と商人の正体を教えてくれ」
「それでしたら、礼金として百両頂く事になります」
「そうか、前金は幾らだ」
「五十両頂きます」
「おかげ犬を襲う無頼の者はどうする」
「殺すのなら百両の内ですが、捕らえるのは無理でございます」
「こちらが捕方を用意すれば、案内してくれるのか」
「私自身ではなく、手先の者でいいのなら、ご案内させていただきます」
「分かった、前金の五十両を渡そう」
そう言った定之丞は、檜垣屋の主人に五十両を立て替えてもらった。
檜垣屋の茶庵で、柘植定之丞からおかげ犬の説明をされたゆうが寂しそうに呟く。
「御師ともあろう者が、主人のために代参をするおかげ犬の足止めをするなど、絶対に許されぬ事だからな」
「前の主人の事よりも、今の主人を慕っていてもですか」
「一度お札を持ち帰った後でなら許されるかもしれないが、恩を返さぬうちに二君に仕える事は許されるのだ」
「お武家様は厳しいのですね」
「厳しいのは武家だけではない。
神職である檜垣屋も多くの仕来りに縛られている。
今回の件も武家だからではなく、神職だから許されない面もある」
「分かっております、甘えさせていただいただけでございます」
「こいつ」
「うふふふふふ」
「父上から結婚のお許しが出た。
吉日を選んで結納の使者を送る」
「まあ、本当でございますか」
「このような事、嘘はつけぬ」
「うれしゅうございます。
ゆうは幸せでございます」
「ただ、家を出て婿に入る事は絶対に許さぬと釘を刺されたわ」
「それは最初に話が出ただけでの、最近では、どうやって私を嫁御入りさせるかという話だけになっておりました」
「それはよかった、戦国の頃のように、檜垣屋に討ち入ってゆうを攫わずにすんだ」
「まあ、そのように思われるのも、悪くはございませんわね」
「こいつ、愛い奴じゃ」
「柘植様、顔を頭巾で隠した名前も名乗らない男が、内密の報告があると来られております。
とても重要な話だと申すのですが、いかがいたしましょうか」
茶庵の外で、二人の邪魔をする者が現れないように見張っていた老練な女中が、大番頭に言われて仕方なく、小さな声で問いかけてきた。
その声色には、許可さえもらえば追い返すという意思が籠っていた。
「分かった、会おう。
ゆうは母屋の方に戻っていろ」
「はい」
定之丞がこれまでの愛しい男から、奉行所の見習支配組頭の厳しい表情と声色に戻ったので、ゆうも恋人から檜垣屋の娘に戻って答えた。
恋人同士の会話になる前に、定之丞と檜垣屋のおかれた厳しい状況について、当主富徳を交えて話していたのだ。
ここで甘えるほど、ゆうは馬鹿ではない。
ゆうが母屋に戻ってしばらくして、女中の一人が茶庵に客を迎えられるように整えた頃、宗十郎頭巾をした手代風の男が先の女中に案内されてやってきた。
「私に内密の話があるそうだな」
「はい、柘植様を逆恨みする者がおります」
「そうか、妬みではなく逆恨みの方なのだな」
「妬みも有るとは思いますが、今企んでいるのは逆恨みだと思われます」
「そうか、で、どのような企てなのだ」
「柘植様が救い出し、檜垣屋が世話したおかげ犬を殺そうとしております」
「なに、おかげ犬を殺すだと。
そのような事をして、山田で生きて行けると思っているのか。
愚かにも程があるぞ」
「はい、愚かではありますが、愚か者なりに考えております」
「ほう、どのように考えているのだ」
「自分では襲いません。
直接襲う者に声を掛けたりもしません。
柘植様を恨む者に声をかけ、その者に金を出させて無頼の者に襲わせるのです」
「その言い方だと、主人が手代に命じて無頼の者を雇ったのではないな。
武家が商家に話しをして、商家を通じて恨みを晴らすのだな」
「はい、その通りでございます。
いかがいたしましょうか」
「いかがと言うのは、頼んだらおかげ犬の襲撃を防いでくれるのか。
それとも、黒幕の武士や商人を殺してくれるのか」
「どちらでも、柘植様のお望みのままに」
「ならばおかげ犬を救ってやってくれ。
その上で、黒幕の武士と商人の正体を教えてくれ」
「それでしたら、礼金として百両頂く事になります」
「そうか、前金は幾らだ」
「五十両頂きます」
「おかげ犬を襲う無頼の者はどうする」
「殺すのなら百両の内ですが、捕らえるのは無理でございます」
「こちらが捕方を用意すれば、案内してくれるのか」
「私自身ではなく、手先の者でいいのなら、ご案内させていただきます」
「分かった、前金の五十両を渡そう」
そう言った定之丞は、檜垣屋の主人に五十両を立て替えてもらった。
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