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第1章

第40話:この世の春

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 ハミルトン王国暦2年4月7日・ダウンシャー王国王都野戦陣地・美咲視点

 南から雪がとけるのはこの大陸でも日本と同じです。
 この大陸は北半球にあるのでしょう。
 
 大陸平定が近くなった事で、この大陸以外の事も気になり始めました。
 いえ、私、嘘を言っていました。
 エマの浮かれっぷりに現実逃避してしまっていました。

 16歳にもなって、生まれて初めて自由に恋愛できるのです。
 しかもその相手が、私が見てもうらやましくなるくらいの美男子です。
 武勇も商才も兼ね備えた大人の魅力を放つ高位貴族です……

 神よ!
 エマとジークフリートに不幸の天罰を与えたまえ!
 本気でそう祈り願いたくなってしまいます。

 私も前世ではいい歳まで生きました。
 小娘が初恋に浮かれるくらい、余裕で祝ってあげられます。
 悔しくなんてないもん!

「ジークフリート、もう十分武功をあげているのだし、無理に戦わなくてもいいのではなくて?」

 エマが側からガーバー侯爵ジークフリートが離れることを嫌がっています。
 結婚前の1番幸せな時です。
 そう言いたくなる気持ちは、友達の話を聞いて知っています……

「女王陛下、私も常に陛下の側にいたいと心から思っています。
 ですが、私は陛下の婚約者なのです。
 本来なら陛下の代わりに最前線に出て指揮しなければいけないのです。
 しかしながら、情けない事ですが、私は陛下よりも弱いのです。
 家臣からの信頼も陛下のようにはいきません。
 戦功を積み重ねて信頼を勝ち得るしかないのです。
 陛下にふさわしい配偶者に成れるように、戦わせていただけませんか?」

 うらやましくて吐き気がするほど甘い言葉です。
 美男子が言うと様になりますが、恋人のいない独身女子には目の毒です。
 この世の全てに呪いの言葉をぶつけたくなります!

「ジークフリートがそこまで言うのなら、さみしくても我慢しなければいけませんわね、ミサキもそう思うでしょう?」

 私に振るな、私に!

「ええ、そうですね。
 ガーバー侯爵には、結婚式までに武功を重ねて頂かねばなりません。
 ですが、万が一にもけがをしてもらっては困ります。
 陛下の結婚式には、ブラウン侯爵家をはじめとした多くの貴族が参列します。
 ガーバー侯爵がケガをして結婚式が延期にでもなりましたら、再度の調整がとても大変です」

 建国の母であるエマの結婚式です。
 貴族や士族は当主だけでなく後継者も列席します。

 新たな王家を名乗ることが決まっているブラウン侯爵家は、当主や後継者だけでなく、一族衆や有力家臣も列席すると言っています。

 負傷で延期などと言う話になったら、ジークフリートは王配にふさわしくないという噂が大陸中に広がってしまいます。

 ジークフリートが王配になる事に反対していた連中が、これ幸いと多くの誹謗中傷を流してくれる事でしょう。

 ハミルトン王国の不平分子はほとんど滅ぼしましたから、やるとすればブラウン侯爵家にいる不平分子でしょう。

 まさか、ジークフリートはブラウン侯爵家を挑発して潰す気なのでしょうか?
 商売では信義が大切だと言っていたのはジークフリートです。
 そのような事はしないと思うのですが……

 ジークフリートが商人や貴族としてではなく、エマの配偶者としての立場を優先したとしたら、ブラウン侯爵家は邪魔者でしかありません。

 エマの配偶者になる事になっているローガンとジョシュアも、ジークフリートの競争相手になるのです。

 今のままだと、ハミルトン王国の後継者は、エマとローガンかジョシュアの間に生まれた子供が継ぐものだと誰もが思っています。

 エマと私の間では、優秀な人間を後継者にする事に決まっていますが、その事はまだ誰も知らないのです。

 エマの権力がもっと安定するまでは、誰にも話せません。
 今話してしまうと、ブラウン侯爵家の不平分子が戦争を始めてしまいます。

 エマと私なら簡単に鎮圧できますが、それではブラウン侯爵家を処分しなければいけなくなってしまいます。
 エマも私も侯爵や侯爵公子を処分したくないのです。

 ジークフリートの武勇を証明して、ブラウン侯爵家との対立を避けたばかりだというのに、ここでもめるような事をして欲しくはありません。

 ですが、ジークフリートが自分とエマに間に生まれた子供を王位につけたいと思っていたら、無理にでも参戦しようとするでしょう。
 そしてわざと結婚式が延期されるくらいの負傷をして戻ってきます。

「そうですね、確かにその危険はありますね。
 女王陛下のハレの結婚式を私のワガママで延期していただくわけにはいきません。
 ですが、陛下にふさわしい武勇を望む気持ちも抑えがたいのです。
 ここは陛下に決めていただきたいです。
 私との結婚式を優先されますか?
 私の武勇を優先していただけますか?」

「陛下、ガーバー侯爵が負傷して結婚式が延期になるような事があれば、ブラウン侯爵家の不平分子が騒ぎ立てる可能性があります。
 ブラウン侯爵家を滅ぼしてハミルトン家が大陸を完全統一される気なら、ここでガーバー侯爵に負傷していただくべきでしょう。
 いかがなされますか?」

 生れて初めての恋に酔っているエマには悪いけれど、ここはジークフリートが考えているかもしれない謀略を明らかにするしかありません。

 ジークフリートほどの知者が、自分が負傷した事で始まるであろう、ブラウン侯爵家との戦いを全く考えていないとは思えないのです。

 幸せな気分だったエマは不機嫌な表情を隠そうともしませんが、エマに諫言するように頼まれているので、黙っている訳にはいきません。

 もしエマが、祖父や伯父よりも恋人のジークフリートを選ぶというのなら、それはそれでいいのです。

 ですが、恋で盲目になっているエマが後でこの事実を知り、大切な祖父や伯父達だけでなく、恋人まで失う事なってはかわいそう過ぎます。

 一時的に私が恨まれる事になるでしょうが、命まで奪われる事はありません。
 エマの身体に戻ったら、身体の優先権は私にありますから。

「……ミサキ、約束を守ってくれたのですね」

「はい、陛下とは硬い約束で結ばれておりますから、黙っている訳にはいきません」

「ミサキの忠誠心には心から感謝しています。
 これからも諫言を頼みます」

「過分なお褒めの言葉を賜り、恐悦至極でございます」

「ジークフリート、貴男に邪念はなかったと信じています。
 ですから、ここは女王として公平な立場で命じます。
 この度の戦いで出陣する事は許しません。
 常にわたくしの側にいなさい」

「女王陛下の側にいられる幸せをかみしめさせていただきます」

 緊急事態だったし、今エマの身体に戻ったら、ミサキの身体が倒れてしまうからしかたがなかったのだけれど、側近達の前で言ってしまいました。

 ジークフリートが野望を抱いているかもしれない事と、ブラウン侯爵家の内部に家を潰しかねない不平分子がいる事を。

 少し頭のまわる人間なら、この事は理解していたはずです。
 言葉に出さないだけで、危険な状態だという事は知っていました。

 ですがこれで、頭の悪い者達も危険な状態だと気が付いてしまいました。
 この危険な状態をあおる事で利益を得ようとする者が現れます。
 哀しい事ですが、人とはそういう生き物です。

 自分の利益にならない平和よりは、自分の利益になる戦争を選びます。
 ここ最近の戦いでも、いやというほど思い知りました。
 人間とはとても身勝手で醜い生き物です。

「わたくしもジークフリートが側にいてくれて幸せですわ。
 ミサキ、こうなっては、ジークフリート以外の貴族士族に武功を立てさせるわけにはいかなくなりました。
 申し訳ありませんが、ミサキがダウンシャー王国を滅ぼしてください」

「お任せください、陛下。
 自分の言動には責任をもって対処いたします」

「任せましたよ」
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