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第1章

第38話:見極め

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アバコーン王国暦287年12月2日・オレリー王国王城前・美咲視点

「ガーバー侯爵、貴君の武勇、見極めさせてもらおうか」

 ブラウン侯爵の嫡男、フィン侯爵公子が堂々とした態度で話します。
 もう41歳なられたはずですが、全身から力がみなぎっています。
 武芸の全盛時は過ぎているはずなのですが……

「はい、わざわざ北のご領地から女王陛下の婿にふさわしい者を見極めに来られた、ブラウン侯爵公子を失望させるわけにはいきません。
 女王陛下配下の貴族にも武人がいる事を証明させていただきます」

 フィン侯爵公子が少し表情をこわばらせました。
 自分達ガーバー侯爵家の武勇をあてこすられたと勘違いしたようです。
  
 ガーバー侯爵は心からそう思って口にしたはずです。
 ですが、誇っていた武勇が思い通りに発揮できていないフィン侯爵公子は、すなおに聞けないようです。

 相手がガーバー侯爵以外なら、違っていたかもしれません。
 ガーバー侯爵は、大将軍だったタルボット公爵を一騎打ちで討ち取っています。

 それまでブラウン侯爵家に激しく抵抗したタルボット公爵家も、当主を討たれて意気消沈したようで、激戦の末で滅亡する事になりました。

 それでも、タルボット公爵家の嫡男だったケイレブは、家伝のトライデントを振り回して大いに奮戦したそうです。

 その戦いで、フィン侯爵公子を含む多くのブラウン侯爵家の騎士や傭兵が死傷したと伝え聞いています。

 実際フィン侯爵公子の動きを見ても、命にかかわるほどではないのでしょうが、かなりの傷を負ったのだと分かります。

 ケイレブよりも遥かに強いと言われていたタルボット公爵を、無傷で討ち取ったガーバー侯爵の言葉はすなおに聞けないのでしょうね。

 タルボット公爵家を滅ぼして領地を併合したブラウン侯爵家は、併合する前よりも苦しい状態になってしまいました。

 自領になった旧タルボット公爵領に厳しい態度をとると、領民の不満が爆発してしまい、一揆に発展してしまいます。

 それでなくとも領民はタルボット公爵家の圧政に苦しんでいたのです。
 期待していた新領主が同じような圧政を行う貴族だと知れば、エマの治める地に逃げて来る事になるのです。

 そのような恥に、誇り高いブラウン侯爵家が耐えられるはずがありません。
 連戦続きで膨大な戦費と兵糧を使っているのに、新領地の治安を維持するために金と食糧を大量に投入しなければいけなくなったのです。

 北部が厳しい冬に入り、西北部のダウンシャー王国と東北部の3小国が領地から出られない状態でなければ、フィン侯爵公子はとてもここに来られなかったでしょう。

 いえ、ブラウン侯爵家もしたたかです。
 単にエマの婿を見極めに来たわけではありません。

 ブラウン侯爵家はハミルトン王国の家臣ではないのです。
 こじつけのような理由でも、援軍してもらったら礼をしなければいけません。
 礼を払いたくないのなら、援軍を拒否すればいい事です。

 エマと私がブラウン侯爵家の援軍を断らなかった理由は、親戚で命の恩人だからというのもありますが、何よりも民の為です。

 援軍に礼金を払い食糧を配給する事で、ブラウン侯爵家はひと息付けます。
 旧タルボット公爵領にブラウン侯爵家が投入できる金と食糧が違ってきます。

 自分達で食糧を確保できない厳しい冬を越えられるだけの食糧を手に入れられないと、旧タルボット公爵領の民は餓死するか逃げるかしかないのです。

 エマも私も、まだ完全に支配できていないハミルトン王国領に、膨大な数の難民が逃げ込んで来るのを避けたかったのです。

 難民となった人々に食糧生産力はありません。
 荒地や森を開拓するにしても、自給自足できるまでには数年かかります。
 もしかしたら10年近くかかるかもしれません。

 ですが、タルボット公爵領に残ってくれていれば、戦乱で荒れてしまったとはいえ、すでに開墾した農地があります。

 大量の血がまき散らされてしまって、著しく生産力が落ちてしまっていても、全く収穫できなくなるわけではありません。
 荒れた農地でも、多少の量なら翌年からでも収穫できる作物はあります。

 善意や良心もありましたが、1番大きかったのはハミルトン王国の平和です。
 ハミルトン王国の民の幸せです。

 独善的だと言われても、エマが何より先に考えなければいけないのは、ブラウン侯爵家の事ではなく、ハミルトン王国の事なのです。

「ミサキ、いつも通り城門を破壊してくださるかしら?
 それとも、わたくしが破壊しましょうか?」

「いえ、陛下のお手をわずらわせるなんて、とんでもありません。
 私が破壊させていただきます」

 最大時から半減した貴族が大人しく待っています。
 前回のアバコーン王国王城制圧戦で、抜け駆けしようとした貴族士族が軍令違反で激しく叱責され、皆殺しになった影響です。

 私なら、エマが女王に戴冠した時点で爵位を返上して逃げています。
 生きていくためにどうしても爵位と維持なければいけないのなら、エマの目に触れないように小さくなっています。

 それなのに、命令に違反して手柄を立てようとするなんて、バカとしか言いようがありません。

 エマが殺されそうになった時、自分達がどのような態度でいたのかを思い出したら、命令違反などできないはずなのですが……
 バカは死なないと治らないのでしょうか?

 ですがエマも貴族家の家臣までは皆殺しにしませんでした。
 そんな事をすれば、奪った貴族領の統治に困ります。

 心から反省している者はもちろん、エマと私の事を畏れている者は、ハミルトン王国に取り込んで代官としました。

 貴族よりも身分が低く領地も狭い騎士として取立てて、奪った貴族領を統治させ、これまで貴族が手に入れていた税を王国のモノにするのです。

 その食糧と金は膨大で、上手く保管して運用すれば、何も考えずに収穫期に売り払うのに比べて何倍もの価値が出ます。

 税として手に入った金を使って収穫期に安い農産物を買い集め、冬前や春先の食糧の高い時期に農産物を売りに出すのです。

 これは単に王国が金をもうけるという話ではありません。
 農産物の価格を安定させて、民が安心して暮らせるようにするのです。
 何よりも、冷害や干ばつに襲われた時に、民を餓死させないために必要なのです!

 私は前世で小説を書くために多くの資料を読みました。
 その中には、飢饉の資料もありました。

 エマが統治するハミルトン王国で、親が子を、子が親を食べるような食糧難にさせるなど、絶対に有ってはならないのです。

 江戸幕府が始めた七分金積立。
 大和朝廷が行っていた義倉。
 それと同じ事をハミルトン王国でもやるのです。

 今はまだ国民が貧しすぎて、彼らにこれ以上の負担はさせられません。
 だから今は、税の中から非常用の食糧を保管しておかなければいけません。

 ですが、国民が豊かになったら、税以外に独自で食糧を蓄えてもらうのです。
 エマの子孫が統治するハミルトン王国とは対立するかもしれませんが、国民の自治意識を高めたいのです。

「オレリー王国ジェイル騎士団長討ち取ったり!」

 物思いにふけっている間に、ガーバー侯爵が武勇を証明したようです。
 これでフィン侯爵公子もガーバー侯爵を認めてくれるでしょうか?
 それとも、逆に対抗意識を持ってしまうのでしょうか?

「エマ女王陛下、ガーバー侯爵の武勇はこの目で確かめさせていただきました。
 我らにも武勇を証明する機会を与えてもらえないでしょうか?」

 これは、認めたのでしょか?
 対抗意識を持ったのでしょうか?
 あるいは両方の感情になったのでしょうか?

「伯父上、わたくし、ブラウン侯爵家の武勇を疑った事などございません。
 わたくしが戦えるのも、ブラウン侯爵家の血を継いでいるからですわ。
 ですが、伯父上が戦いたいと申されるのなら、行ってくださって結構ですわよ」

「感謝します、女王陛下」
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