上 下
24 / 43
第1章

第24話:牛飲馬食

しおりを挟む
アバコーン王国暦287年5月27日ハミルトン公爵領野戦陣地・美咲視点

「女公爵閣下、カニンガム王国とウェストミース王国にいる味方が蜂起したとの知らせが届きました!」

「敵は反乱鎮圧のために夜陰に乗じて帰国するはずです。
 功を焦って追撃をしないように厳命してください。
 追撃は夜が明けてから、軽騎兵だけにやらせるのです」

「はっ!」

 エマがカニンガム王国軍と対峙している軍からの伝令に命じています。
 私が複製体、ミサキに憑依しているので、エマは自由にやれるのです。

 自由にとは言っても、とても限られた自由です。
 女公爵となったエマには大きな制限があります。
 言葉遣いを改めたのもそのためです。

 今までのような令嬢言葉では、愚か者に舐められてしまいます。
 公爵家の当主が舐められていい事など1つもないそうです。
 ですので、女公爵にふさわしい言葉遣いに変えたのです。

「騎士団長」

「はっ!」

「騎士団には馬の息が上がらないような速度で追撃させる」

「はっ!」

「傭兵団長」

「はっ!」

「重装備の傭兵には同じように余力をもって追撃させる」

「はっ!」

「軽装備の騎兵には、戦意を失くして逃げ損ねた者への攻撃を禁じる。
 敵の主力に追いつき、主将の首を取ってもらう」

「はっ!」

「報酬は約束通り払うから、雑兵は殺さず捕虜にしてくれ。
 労働力は多ければ多いほど役に立つからな」

「おまかせください、身代金の取れる貴族や士族も捕虜にして見せます」

「それは約束通り傭兵団の好きにすればいい。
 私は身代金交渉に手間がかかる人質など不要だ。
 何より潜在的な敵を本拠地に抱え込む気はない。
 領都や都市以外の傭兵団の拠点で抱えてくれれば助かる」

「お金よりも安全でございますか?」

「万が一、人質が誓約を破って逃げ出し、城門を開くような事があれば、領都や都市の民が殺されてしまう。
 領民の命に比べれば、身代金などゴミと同じだ」

「……人質は山奥にある拠点にとじ込めさせていただきます」

「ああ、そうしてくれ。
 万が一にも、小さな町や村の領民が殺されるような事があれば、私は怒り狂ってしまうだろうからな」

 エマが百戦錬磨の傭兵団長を脅かしています。
 傭兵団長もエマの事を舐めていたわけではないでしょうが、それでも、どうしてもうら若い令嬢という事で、戦士として見下す感じがありました。

 ですが、エマの身体は身体強化の負荷で、想像を絶する強さになっています。
 私が使っていた時の実感で言えば、騎士団や傭兵団の誰にも負けません。
 それどころか、100人抜きすら息も乱さずにやれるでしょう。

 それに比べると、この身体の何と貧弱な事でしょう。
 力も早さも並の騎士と同程度しかありません。
 技にいたっては……

 まあ、身体強化をすれば、エマと同じように100人抜きはできます。
 できますが、翌日には半死半生になります。
 最悪の場合、全ての筋肉が断裂してしまうでしょう。

 数日でここまで動けるようになっただけでも奇跡なのです。
 毎日限界ギリギリまで鍛えるしかありません。
 そのためにも、元となる魔力を蓄えるしかありません。

 とはいえ、牛飲馬食は恥ずかしいです。
 特に食糧の限られる野戦陣地で暴飲暴食するのは、将兵の恨みを買います。

「食事と飲み物を持て。
 私と影武者の横には常に大量の食べ物と飲み物を置いておくのだ!
 私の影武者となる者には、私と同じ振舞いをしてもらわなければならぬ。
 同じ量が食べられないようでは影武者が務まらないだろう!」

「はっ、申し訳ありません!」

 侍従長が真っ青な顔をして野戦厨房に走って行った。
 エマの演技なのだが、料理や飲み物が途切れた時の怒りようは、普段の温厚なエマからは想像もつかない。

 設定としては、自分は毒殺されかけた上に火を放たれた。
 父親と母親が叔父に殺されるような忌まわしい事件があった。
 公爵家を取り返すために軍の先頭に立って叔父を殺した。

 もろもろのストレスが原因で、異常な食欲になってしまった。
 そういう理由にしておけば、誰もエマの暴飲暴食を止められない。

 異様に太るとか病気になるとかすれば、止める事もできるでしょう。
 家臣の前で吐くような事があれば、それを理由に諫言もできるでしょう。

 だが食べた物を全て魔力に変換しているので、全く太らないし吐きもしない。
 本来なら消化吸収で負荷のかかる内臓も魔力を流す事でいたって健康です。
 これでは誰も暴飲暴食を止められない。

 下手に止めて、ストレスのはけ口が他に向く方が大変です。
 家臣領民に強く当たるようになってしまったら、女公爵失格です。
 男に走ってしまったら……

 エマの為にも家臣領民のために、過去の苦しみと公爵家当主の重圧を、食欲で発散してくれるなら皆幸せになれます。

 家臣達はそのように考える事にしたようです。
 エマの暴飲暴食に付き合わなければいけない、影武者の私に同情して侍女が教えてくれました。

 同情されて少し胸が痛みました。
 私は嫌々飲み食いしている訳ではありません。

 いえ、カロリーを増やすために甘過ぎる味付けになっている、菓子やジュースを飲み喰いするのは嫌ですが、食べること自体は大好きなのです。

 どうせ食べなければいけないのなら、美味しく食べたいだけなのです。
 ……私、嘘をついておりました。

 食べたい、前世で食べられなかった美味しい高級料理を食べたい!
 カロリーを重視するなら甘くすればいいとエマに言ってしまった私のバカ!

「ミサキと内密の話がある。
 お前達はミサキが呼びに行くまで席を外していろ」

「「「「「はい」」」」」

 エマは侍女や侍従、室内の護衛が全員出て行くまで何も言いません。

「ミサキ、そろそろ2体目の複製体が作れる時期になる。
 ここで創っても大丈夫だと思うか?」

「成人させた人間を隠せるだけの道具は運ばせています。
 やろうと思えばできるでしょうが、無理にここでやらなくてもいいでしょう」

「どういう事だ?」

「エマは1度城に帰ってもいいんじゃないの」

「敵の追撃を止めてか?」

「追撃は騎士団と傭兵団に任せてもいんじゃない」

「領民に乱暴するかもしれないのにか」

「1度ミサキの強さを見せつけておいて、軍律を引き締めればいいよ。
 身体強化をしなくても、背中を見せた敵なら1000人は倒せるよ」

「それは駄目だ、適度に稼がせてやらなければ、傭兵団は領民から略奪する」

「じゃあ誰にもできないような派手な戦いをして、倒した敵は傭兵団に捕らえさせて、手柄を譲ればいいじゃない。
 エマに必要なのは、身代金じゃなくて最強の噂なんだから」

「……最強の評判か」

「そう、信じられないくらい重くて大きい大木を振り回すとか、馬よりも早く走るとか、騎士を乗せた馬を持ち上げるとか、色々あるじゃない」

「……公爵令嬢の美徳とはかけ離れた噂だな」

「でも、エマに必要なのは公爵令嬢の評判じゃなくて、女公爵の評判だって言っていたでしょう?
 大木を振り回し、馬よりも早く走り、馬を騎士ごと持ち上げるという評判があれば、歴戦の騎士も海千山千の傭兵も、絶対に逆らわないでしょう?」

「確かに、そのような姿を目の前で見せられたら、その貴族の領民を害そうとは誰も思わないだろうな」

「だったらやっちゃおうよ。
 家臣領民の為なら何でもやるって言って、牛のようのお酒を飲んで、馬のように菓子を食べているじゃない」

「……私に何か恨みでもあるのか?」

「効率を重視して、味よりもカロリーを優先させるのは止めて!
 飲み物全てに大量の砂糖を入れるのは止めて!
 菓子どころか、ステーキやサラダにまで大量に砂糖をかけさせるのは止めて!
 私は美味しく食べたいの!」

「……分かった、普通に作らせるようにする」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【本編完結】魔眼持ちの伯爵令嬢〜2度目のチャンスは好きにやる〜

ロシキ
ファンタジー
魔眼、それは人が魔法を使うために絶的に必要であるが、1万人の人間が居て1人か2人が得られれば良い方という貴重な物 そんな魔眼の最上級の強さの物を持った令嬢は、家族に魔眼を奪い取られ、挙句の果てに処刑台で処刑された 筈だった ※どこまで書ける分からないので、ひとまず長編予定ですが、区切りの良いところで終わる可能性あり ローニャの年齢を5歳から12 歳に引き上げます。 突然の変更になり、申し訳ありません。 ※1章(王国編)(1話〜47話) ※2章(対魔獣戦闘編)(48話〜82話) ※3章前編(『エンドシート学園』編)(83話〜111話)    ※3章後編(『終わり』編)(112話〜145話) ※番外編『王国学園』編(1話〜)

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

他人の人生押し付けられたけど自由に生きます

鳥類
ファンタジー
『辛い人生なんて冗談じゃ無いわ! 楽に生きたいの!』 開いた扉の向こうから聞こえた怒声、訳のわからないままに奪われた私のカード、そして押し付けられた黒いカード…。 よくわからないまま試練の多い人生を押し付けられた私が、うすらぼんやり残る前世の記憶とともに、それなりに努力しながら生きていく話。 ※注意事項※ 幼児虐待表現があります。ご不快に感じる方は開くのをおやめください。

【完結】五度の人生を不幸な出来事で幕を閉じた転生少女は、六度目の転生で幸せを掴みたい!

アノマロカリス
ファンタジー
「ノワール・エルティナス! 貴様とは婚約破棄だ!」 ノワール・エルティナス伯爵令嬢は、アクード・ベリヤル第三王子に婚約破棄を言い渡される。 理由を聞いたら、真実の相手は私では無く妹のメルティだという。 すると、アクードの背後からメルティが現れて、アクードに肩を抱かれてメルティが不敵な笑みを浮かべた。 「お姉様ったら可哀想! まぁ、お姉様より私の方が王子に相応しいという事よ!」 ノワールは、アクードの婚約者に相応しくする為に、様々な事を犠牲にして尽くしたというのに、こんな形で裏切られるとは思っていなくて、ショックで立ち崩れていた。 その時、頭の中にビジョンが浮かんできた。 最初の人生では、日本という国で淵東 黒樹(えんどう くろき)という女子高生で、ゲームやアニメ、ファンタジー小説好きなオタクだったが、学校の帰り道にトラックに刎ねられて死んだ人生。 2度目の人生は、異世界に転生して日本の知識を駆使して…魔女となって魔法や薬学を発展させたが、最後は魔女狩りによって命を落とした。 3度目の人生は、王国に使える女騎士だった。 幾度も国を救い、活躍をして行ったが…最後は王族によって魔物侵攻の盾に使われて死亡した。 4度目の人生は、聖女として国を守る為に活動したが… 魔王の供物として生贄にされて命を落とした。 5度目の人生は、城で王族に使えるメイドだった。 炊事・洗濯などを完璧にこなして様々な能力を駆使して、更には貴族の妻に抜擢されそうになったのだが…同期のメイドの嫉妬により捏造の罪をなすりつけられて処刑された。 そして6度目の現在、全ての前世での記憶が甦り… 「そうですか、では婚約破棄を快く受け入れます!」 そう言って、ノワールは城から出て行った。 5度による浮いた話もなく死んでしまった人生… 6度目には絶対に幸せになってみせる! そう誓って、家に帰ったのだが…? 一応恋愛として話を完結する予定ですが… 作品の内容が、思いっ切りファンタジー路線に行ってしまったので、ジャンルを恋愛からファンタジーに変更します。 今回はHOTランキングは最高9位でした。 皆様、有り難う御座います!

冤罪で殺された悪役令嬢は精霊となって自分の姪を守護します 〜今更謝罪されても手遅れですわ〜

犬社護
ファンタジー
ルーテシア・フォンテンスは、《ニーナ・エクスランデ公爵令嬢毒殺未遂事件》の犯人として仕立て上げられ、王城地下の牢獄にて毒殺されてしまうが、目覚めたら精霊となって死んだ場所に佇んでいた。そこで自分の姪と名乗る女の子《チェルシー》と出会い、自身の置かれた状況を知る。 《十八年経過した世界》 《ルーテシアフォンテンスは第一級犯罪者》 《フォンテンス家の壊滅》 何故こんな事態となったのか、復讐心を抑えつつ姪から更に話を聞こうとしたものの、彼女は第一王子の誕生日パーティーに参加すべく、慌てて地上へと戻っていく。ルーテシアは自身を殺した犯人を探すべく、そのパーティーにこっそり参加することにしたものの、そこで事件に遭遇し姪を巻き込んでしまう。事件解決に向けて動き出すものの、その道中自分の身体に潜む力に少しずつ目覚めていき、本人もこの力を思う存分利用してやろうと思い、ルーテシアはどんどん強くなっていき、犯人側を追い詰めていく。 そんな危険精霊に狙われていることを一切知らない犯人側は、とある目的を達成すべく、水面下で策を張り巡らせていた。誰を敵に回したのか全てを察した時にはもう手遅れで……

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

処理中です...