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第1章

第15話:不殺

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アバコーン王国暦287年3月28日街道・エマ視点

(むり、ムリ、無理、絶対に無理!
 やっぱり人殺しは無理!)

(今さら何を言っていますの?
 わたくしの復讐をしてくださると言ったのは嘘でしたの?)

(嘘じゃない、嘘じゃないけど、人を殺すのは無理!
 殴ったり骨を折ったりはできるけど、殺すのは無理だから!)

(仕方ありませんわね、では今は縛っておいてくださいませ。
 ミサキが眠った後でわたくしが殺しておきますわ)

 ミサキがこの程度の人間だと早く分かって良かったですわ。
 これが強敵相手だったら、取り返しのつかない弱点になっていました。

 敵は遠距離にいるうちに、わたくしの魔術で殺してしまいましょう。
 これは予定していた以上に魔力を蓄えておかなければいけませんね。

(そんな怖い事言われたらとても眠れないよ)

 本当に困った子ですわね。
 他人1人殺せないでは、とてもこの世界で生きていけませんわよ。
 できるだけ早くこの身体を取り返して、元の世界の戻さないといけません。

(泣き言を聞いている時間はないのです!
 王太子の見張りや暗殺者に見つかったら、この程度ではすみませんよ。
 他人を殺せない貴女では、確実に殺されてしまいますよ!)

(分かったわよ、直ぐに縛るわよ)

(縛ったら、こいつらの馬や馬車を確保するのです。
 こいつらを町や村に突き出したくても、わたくしの顔は見せられないのですよ。
 こいつらが奪った馬や馬車を使っていたら、わたくし達まで山賊扱いされるのですからね!)

(なんでこんな連中が襲ってくるのよ!
 こんな事ぜんぜん予定になかったわよ!
 最悪よ、運が悪いにもほどがあるわよ!)

 ずっと、わたくしと対等に話していたというのに、殺されて当然の山賊を殺せと言っただけで、これほど使い物にならなくなるなんて、信じられませんわ。

 ミサキの暮らしていた世界は、本当にぬるま湯のようなのでしょう。
 でもミサキは悪人の人権が被害者の人権よりも重視されていると言っていました。
 そのような世界なら、悪人があふれているはずなのですが……

(ミサキ、わたくしの予定とは違ってしまいますが、後からやってくるスカーレットと1度合流しましょう。
 捕まえた山賊達と手に入れた物をスカーレットに引き渡して、次の街で山賊討伐の報奨金を手に入れてもらうのです)

(……ごめん、そうしてくれると助かる)

(ミサキの覚悟の足らない所には失望しましたが、現実は受け入れないといけませんから、その上で作戦を組み替えます)

(はい、そうしてください、お願いします)

 ミサキが素直にわたくしの命令に従ってくれるのなら、それはそれで助かります。
 それに、全く戦えない訳ではなりません。

 今回も身体強化を使わない状態で山賊達をぶちのめしてくれました。
 その武勇は、歴戦の騎士団長をしのぐ強さです。
 その強さを上手く使えるかどうかは、わたくししだいですわね。

 ガラガラガラガラガラ

(ミサキ、いい加減しゃっきりしなさい!
 馬車が近づいてきていますよ!
 スカーレットの馬車なら、言っていた通りにするのです。
 他の馬車なら、それなりに対応しなければいけません)

(分かった、殺さないでいいのなら任せて)

「おい、何をしている、そこの倒れている連中は何者だ?!」

「盗賊が襲ってきたから返り討ちにしてやったのよ。
 生け捕りにしたから、討伐の賞金だけでなく、犯罪者奴隷の賞金も手に入るのだけれど、急ぎの注文を受けていて役所に行きたくないのよ。
 賞金の八掛けでいいから買い取ってくれないかしら?」

「名前を言え、顔を見せろ!
 名前と顔を確認しないかぎり、軽々しく引き受けられない!」

 わたくしの影武者を引き受けてくれた戦闘樹女達でしたか。

「私はミサキよ」

「あっ、ミサキ殿ですか。
 ミサキ殿ならご領主様から話しを聞いています。
 まだ合流されないのですか?」

「盗賊と捕獲品を抱えた状態では、街や関所で調べられるわ。
 全部預けるから、取り調べは任せるわ」

「分かりました、賞金相当額をお渡しさせていただきます。
 捕獲品に関しては、くわしく計算しなければなりません」

「捕獲品の賞金は、これまでお世話になったガーバー子爵に差し上げます。
 このような状態になっている事を、領都に戻って報告してください。
 この山賊達が、本当にただの山賊なのか、人手がない王太子達が山賊まで使っているのか、ガーバー子爵に調べてもらいたいのです」

 ミサキはわたくしの言う通りに話してくれます。
 この世界の人間なら、わたくしから利を得ようと駆け引きする所です。
 利用するだけなら、ミサキはこの世界の誰よりも役に立ってくれます。

「分かりました、急ぎ領地に戻って子爵閣下に報告させていただきます。
 ですが、本当にロバだけでよろしいのですか?
 必要なら馬車を1台残しておきますが?」

「いえ、街や関所の事を考えると、身軽なロバだけの方がいいわ。
 合流は王太子の目を逃れ切ったと思った時点にしましょう。
 それまでは、付かず離れずの状態で護衛してもらいます」

「承りました、それでは私達は一旦領都に戻ります。
 御無事な道中を願っております」

「ええ、貴方達も無事に帰ってちょうだい。
 この山賊達が王太子の回し者だった場合、ガーバー子爵領の村々を多くの山賊が狙っているはずだから」
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