徳川慶勝、黒船を討つ

克全

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第1章

38話

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「すまぬ、寧四郎。
 これはお前にしか任せられんのだ」

「なんの、兄上。
 大命を授かるは武人の本懐。
 兄上が謝られるような事ではございません」

 徳川慶恕は次弟の松平慶比に心から詫びていた。
 本来なら自分が行くべきなのだが、御三家筆頭の尾張徳川家が、両属になるわけにはいかなかった。
 最も自分に近い考えの長弟・松平武成には、自分に万が一の事があった場合に、徳川宗家を支えてもらわなければいけない。
 だから、松平慶比に最も危険な役目を負わせることになった。

 だが、何の準備もせずに、弟を清国と露国の国境線に派遣する慶恕ではない。
 自分に出来る限りの準備を整えていた。
 松平慶比を倭軍八旗の旗王と認めさせる条件で、清国派遣軍を林則徐に従軍させたが、全ては徳川家のためだった。
 惰弱な旗本御家人を処分するために、実戦で性根を確かめ、必要とあれば戦死させる非情な決断をしていた。

 徳川慶恕は、倍増させた幕府番方の半分を清国に送るつもりだった。
 そんな事は不可能だと考える人もいるだろうが、武家には家を潰さないための予備の人間、部屋住みがいるのだ。
 隠居した前当主がいる場合もあれば、跡を継いでいない世子がいる場合もある。
 家を継げずに武士を捨てた叔父や甥もいる。
 そんな者を見習出仕させる場合は、役目を継がせる確約の代わりに、無給もしくはわずかな扶持を与えるだけで済むのだ。

 まずはどの部隊が一番実戦で役に立つか確かめるために、全戦闘部隊を一個ずつ清国に送った。
 次に最も大切な書院番と小姓番を清国に送った。

「清国派遣幕府軍」
書院番:一〇個×六四〇兵=六四〇〇兵
小姓番:一〇個×六四〇兵=六四〇〇兵
大番 :一〇個×五四九兵=五四九〇兵
新番 : 五個×二〇六兵=二〇六〇兵
小十人:一〇個×一〇九兵=一〇九〇兵
徒歩組:二〇個×八四兵=八四〇兵
持組 :一〇個×一九一兵=一九一〇兵
先手組:三五個×一九一兵=六六五〇兵
百人組: 四個×三五七兵=一四二八兵

「八旗制度」
ニル  :成人男子三〇〇兵:ニルイ・ジャンギン(佐領)
ジャラン:成人男子一五〇〇兵(五ニル):ジャラニ・ジャンギン(参領)
グサ  :成人男子七五〇〇兵(五ジャラン):グサイ・エジェン(都統)
 グサイ・エジェン(都統)の補佐として二人の副司令官メイレン・ジャンギン(副都統)が配置されている。
 グサの都統の上位に、清朝の皇族、愛新覚羅氏の旗王が置かれ、グサイ・ベイレ省略してベイレ(貝勒)がいる。

「清国末期の鑲黄旗」
駐屯地:今の内蒙古シリンゴル盟の西南部
兵力 :八四個佐領、二個半分佐領、約二万六〇〇〇兵
総人口:約一三万人
旗王 :大清帝国皇帝
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