深愛なる君に。

高槻守

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土下座はするな。

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軽く頭を冷やして戻った僕は、全員の前で謝罪した。

「先程は年甲斐もなく熱くなってすみませんでした。我儘言うようですみませんが役を外すのは演技を見てからにして欲しいです。お願いします。」

綺麗な直角に下げ、返答が来るのを待つと何故か笑い声が聞こえてきた。

それと共に監督の声が聞こえた

「いや、こんな貴重な人材を帰す訳ないだろう?夢原先生なんか感動で号泣止まってないぞ?」

顔を上げて夢原のいる方を見るがわんわんと泣いていて言葉を発しているようだが言葉になっていないそれに周りはつられて笑っている。


何が起きているんだろうか?

「君の台本、見たからね。本当に最高。ここまで震わせてくれたのはあの人以来だろうかねぇ。」

ウンウンと唸る監督にあの人?と聞くと予想外の答えが返ってきた。

「松川鷹大さん。君も知ってる元共演者だろう?」

今でこそ、掠れるまで読める時間が無い松川だが売れっ子になる前は似たような事をして原作者や監督の心を鷲掴みにしていく、業界ではある種の有名人だったらしい。

…師匠も同じだったのか。
なんか……嬉しいなぁ。僕も近づきたい。
まだまだだと思っていたのに。

監督の言葉に少しずつ近付けていると思えた。

「というか……監督は知ってるんですか?」
「うん。まぁ、調べたよ。あんな演技をされたら…気になるだろう?びっくりしたよ。」

芸名は昔と違うし、本当に昔の話だから知らない人も多いはず。それを見つけられた監督は相当調べ尽くしたのだろう。


正直、ドン引きする。

「引くなよ。それもあって選んだから。まぁ抜きにしても君になってたと思うが。期待してる。」

「添える様頑張ります。」

監督が少し泣いているように見えたのは気の所為だろう。

そんなこんなで監督やら泣きながら言語では無い何かを喋る夢原先生を対応していると後ろから声が降りてきた。

「ちょっといいか?」

ぶっきらぼうに言うその声は先程否定しまくっていたサングラス、いや朝日奈の声で何となく落ち込んでいるようにも見えた。

「良いけど。どうしたの」

「さっきは……すまなかった。俺の昔好きだった俳優と名前が一緒で…話題作りでパクったのかと…」

どうやら朝日奈はユウキという名前の俳優に憧れがありそれを僕が貶めていると思ったらしい。

そういえば昔、結城 翔という俳優が人気だったのを思い出した。

日隠自身もデビュー作で家族として共演させてもらったが確かに良い役者さんだったからなぁ。
子供の僕自身も大好きだったしなぁ。

「結城さんか。分かるよ。あの人は凄い人だからなぁ。僕は適わないし、恐れ多いよ。」
「会った事あるのか?」

日隠の父役で一世を風靡した『結城翔』は20年前に過労で亡くなった。
日本中が悲しんだその悲報は日隠自身もだいぶ堪えた内容だったし、葬儀にも縁があって参列した。

「そんなミーハーな心持ちで生きてける程甘くない世界だからね。伊達に30年芸歴あるわけじゃないよ。」
「30年?お前が?」

目をぱちくりしながらこちらを見る顔は絶対信じていない。よくコンビニでの年確してくる店員と同じ顔だ。

「だからこそ、この世界の厳しさは誰より分かってるよ。僕自身童顔なのも自覚してるしね。」

「年上受け!!!?はぁ死んだ。実写BLてぇてぇ……!!!新作かけちまう!!!メモメモ!!!はぁー!!!てぇてぇーーーー!!!」


聞こえていたらしい叫ぶ夢原先生はマネージャーらしき人に連れていかれた。邪魔になると思ったのだろうけど、言葉の意味を理解してしまえる知識を得た今はそれが恥ずかしい。


「プハッ……!ククッ、そういう事。いや、分かった。それなら話は早い。なるほど、そういう……クソ!マジで俺も見る目ねぇなぁ……!!」

「は?どした?急に笑ったり、落ち込んだり、美形でもさすがに気持ち悪いぞ?」

何かを理解した黒の瞳は真っ直ぐにこちらを見ていて、目が合ったと思ったら朝日奈は驚くべき行動に出ていた。


「本当にすみませんでした。これでどうか、チャラにしてください。一緒に仕事させて下さい。」


それは日本古来から伝わる土下座という……

ドゲザ?なんで?何処にそんな要素あった?!芸歴か!?あってないようなもんだぞ!?

「いやいやいや!頭上げてくれ!芸歴は上だけど!経歴は貴方の方が上ですから!こんな所見られたら僕ファンに殺されますって!!!」
「それでも、俺はとても失礼な事をした。年下だと舐め腐って横暴をした。許されない事だ。相応の立ち位置で謝罪させて貰いたい。駄目だろうか?」


分かってんのかい!分かってんならやるな!
なんて思ったけどそんなことを言えば額が傷付くまで土下座しそうな勢いの朝日奈には伝えられない。

役者の顔に傷が付けばそれこそ仕事は回らなくなる

その光景をみた周りは大爆笑していて止めるよりも撮影している人も居るくらいだ。しかもそこそこ芸歴の長い大御所だからタチ悪い。

「もーーーー!許す!!!許すから!!!本当に何ともないから頭上げてくれぇぇぇ!!」


こんな事で土下座するなんて、朝日奈の思考は大分体育会系で、とても恐ろしく感じた。







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