義足の王様は姫になる?

柊 透司

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本編

卒業式

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 怪我をしたドラゴンもどきはゆっくりと回復していった。サマリエは授業が終わると治療科を訪れ、安静にするために檻に入れられたドラゴンもどきを見舞ってから、モンスター舎でマルモットたちの世話をする日々を送っていた。
 1週間後、サマリエが見舞いに来ても、いつも姿を見せることのないライミが、ドラゴンもどきの檻の前にやってきた。今日も胸筋が逞しい。

「毎日、こんなところに来やがって。育成科ってのはそんなに暇なのか」
「暇じゃないですよ。でも、この子のことが心配で」

 サマリエは檻の中で、黄色いクッションに頭を預けて眠るドラゴンもどきを見た。冷たい金属の檻の中は、ドラゴンもどきが過ごしやすいように、マットが敷かれ、餌箱には瑞々しいフルーツが入れられている。

「変わったやつだな……モンスターに肩入れするやつなんて滅多にいないってのに」

 ポツリとライミが呟いて、白衣のポケットからタバコを取り出した。

「あ、ダメですよ! こんなところで」

 サマリエは勢い込んで注意した。ここにはドラゴンもどきの他にも怪我をしたり、病気のモンスターたちが檻に入れられている。そのどれもに、愛情のこもったひと手間が加えられている。
 ライミはめんどくさそうに髪をかき乱して、火のついていないタバコを咥えた。

「わかってるよ、咥えてるだけだ」

 ヘビースモーカーだなと思いつつ、サマリエはライミの言葉を反芻した。

 ──モンスターに肩入れするやつなんて滅多にいない。

 前世の記憶を取り戻してから、ずっと違和感を抱いていた。この世界でのモンスターの扱われ方に。
 サマリエの感覚では、モンスターたちは前世での犬や猫と同じで、愛すべき家族や仲間のような存在だ。それが、この世界の人間からは、モンスターたちは道具扱いされている。サマリエも記憶を取り戻す前は、世話をしているモンスターたちに名前をつけることもなく、それが普通だと思っていた。誰がしてくれたのかわからないが、檻にマットを敷いたり、モンスターにクッションを与えたりするのは珍しいことなのだ。
 モンスターを育てる育成科の生徒でも、モンスターをただの道具として見ている者が少なくない。退学になったミックスも、モンスターを可愛がってはいたが、健康を無視した育成は虐待と変わらない。

「どうして、みんなモンスターを大切にしないのかな」

 半分独り言の様にサマリエが呟く。

「それは、モンスターたちがまだ魔物と呼ばれていた時代に、人間をたくさん殺したからだろう」

 ライミの言葉にサマリエは、目をぱちぱちさせた。

(モンスターたちが魔物と呼ばれていた時代?)

 サマリエは記憶の奥から、埃を被った知識を引っ張り出す。

(あぁ、そう言えば……)

 この世界はゲームの設定では剣と魔法が失われた世界となっている。その前は魔法が存在していたということだ。この世界に転生したサマリエは、幼い頃にそんな昔話を読んでもらった記憶がある。

 まだ魔法が生きていた頃、モンスターたちは魔物と呼ばれ、村を襲い、人間を食べていた。魔法が失われる時、魔物たちも力を失った。魔法を使えなくなった人間は、剣を捨て、弱くはなったが、それでも人間よりも力のある魔物をモンスターと呼び、使役するようになったのだ。
 それはもう、ずっと昔々の話だ。
 モンスターたちがかつては人間を食べていたとしても、それは何世代も前のことだ。今生きているモンスターたちに、いまだにその罪を背負わせているのだとしたら酷な話だ。
 魔物に親を殺されたとか、傷を負わされたという人間は、とうに亡くなり存在しない。その一方で、人間に親を殺されたとか、傷を負わされたモンスターは現在進行形で増え続けている。
 モンスターが人間への復讐を考えてもおかしくない話だ。

(もしかして、それがモンスターの暴走のきっかけ?)

 シナリオ攻略の手がかりを見つけて、サマリエは天啓を受けたように閃いた。

(ってことは、モンスターたちの地位を向上させたら、最悪のシナリオは回避できるんじゃない?)

 サマリエはドラゴンもどきの檻の前で、ふんすと鼻息を吐いた。
 モンスターの地位を向上させる。それがサマリエの当面の目標になりそうだ。何をすればみんながモンスターに対して優しくなるのか見当もつかないが、シナリオが始まるには、まだ時間があるはずだ。

 考え込んで、くるくると表情を変えるサマリエを、ライミは不思議そうな顔で見下ろしていた。

「お前、自分のモンスターの世話はいいのか?」
「ハッ! 今日はトカゲ三吉の水槽の水を変えるんだった!」
「トカゲ三吉……?」
「それじゃ、失礼しまっす!」

 脱兎の如く、駆け出すサマリエに、ライミが怒鳴る。

「おいこら! 病室で走るんじゃねぇ!」
「すみませーん!」

 シャカシャカと手を動かす早歩きになったサマリエの姿にライミは吹き出した。

「本当に変なやつだな……お前も次は、ああいうやつに世話されるといいな」

 ライミは口の端でタバコを咥え、ドラゴンもどきに優しく語りかけた。決して人間相手には見せない柔和な表情で、眠るドラゴンもどきの小さな頭を人差し指で軽く撫でた。
 ドラゴンもどきは薄目を開けたが、ペロリと舌を出して、すぐにまた目を瞑った。

 モンスター舎ではサマリエがトカゲ三吉の水槽を洗っていた。睡眠も食事も排泄も水の中で済ます水トカゲは、水槽で飼っているなら3日に1度は、水の入れ替えをしなければならない。水の入れ替え中は、水トカゲを外に出して、日光に当たらせる。時々、こうして体を乾かさなければ、病気になったりもする。野生の水トカゲなら自分の好きな時に、日向ぼっこをするが、狭い場所で飼われている水トカゲは人間がきちんと管理しなければ、すぐに病気で死んでしまう。

(もっと広い場所でのびのび過ごさせてやれたらなぁ……)

 せっせと水槽を洗い、新しい水を入れていると、ヒエラがやってきた。

「こんにちは……サマリエさんは、いつもモンスターたちの世話を丁寧にしていて感心ですね」
「それは、どうも」

 軽くお礼を言ったサマリエを、ヒエラは頬を赤く染めて見つめている。不思議な沈黙が2人に流れた。

「先生、何かご用ですか?」

 サマリエがそう訊くと、ヒエラは「あぁ!」と声を出し、脇に挟んでいた封筒を手に持った。

「捨てられていたドラゴンもどきの所有者と思われる生徒が見つかったので、お知らせに……

(それを早く言えよ!)

 突っ込みたい衝動を抑え、サマリエは笑顔を浮かべた。

「誰だったんですか?」
「これを……」

 訊ねるサマリエに、ヒエラは封筒を差し出す。アカデミーの校章の入った封筒だ。サマリエは濡れた手を制服の脇で拭き、封筒を受け取る。
 封筒の中には数枚の書類が入っていた。精巧な似顔絵と共に、生徒の名前と世話をしているモンスターの種類、付き合いのある生徒、行動パターンなどの情報が手書きで記載されている。まるで探偵が作る調査報告書のようだ。

「な、なんですか……これ」

 サマリエは眉間に皺を寄せ、恐る恐る訊ねた。

「犯人と思われる生徒の情報です。必要かと思いまして」
「いや、いらない……」

 思わず本音が出てしまい、サマリエは慌てて取り繕う。

「それより、この生徒は罰せられるんですか?」
「そうですね、アカデミー側にも報告書を上げたので、近々、監査が入ると思います。その結果で、処分が下るかどうかが決まると思いますよ」

 ふむ、とサマリエは調査報告書を見た。似顔絵には見覚えのある男の顔が描かれていた。改造した制服を着て、いつも違う女生徒を連れ歩いているハントだ。
 報告書の中には、いつどこで誰と何をしていたかが事細かく書かれていた。A4の用紙に日時付きで、米粒大の文字がびっしり並んださまは異様だ。まるで呪いの手紙にでも対面しているかのような恐怖に襲われる。

(この報告書、アカデミーに提出するために書かれたものでありますように……)

 ヒエラの恐ろしい性癖を見てしまったようで、サマリエは必死にそう願った。しかし、アカデミーへの提出書類がこんなおぞましい書式であるはずもなく。サマリエはそっと書類を封筒にしまった。それを丁寧にヒエラに突き返す。

「正当な罰が下ることを願っています!」

 言下に帰れという思いを含んでいたが、ヒエラは封筒を受け取ることもなく、サマリエを見つめている。

(え……持って帰ってよ)

 しばし、封筒を前に睨み合っていたが、根負けしたのはサマリエだった。水槽の水が溢れそうになっているのもあり、封筒はサマリエの元に残った。慌てて、水を止めるサマリエの後ろ姿を、ヒエラは何をするでもなく、ただ突っ立って見守っていた。

(ここで攻略対象が関わってくるのか……)

 水を止めた水槽に手をついて、サマリエは考え込んだ。どうにか自分が関わることなく収まってほしいが、どうにも不穏な予感が拭えない。背後に控えるヒエラのまとわりつくような視線も手伝って、サマリエは悪寒にブルリと体を震わせた。
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