【完結】空白

焼魚

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heading2 Ryo

8話

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「逃げろレイン! コイツは恐らく“能力開花”した!」
 確信はない。だが仮説の状態のまま戦闘に臨めるほど、俺は勇敢じゃない。
 彼からそれぞれ距離を置く俺たち。その瞬間、彼は俺を見て大きな笑みを浮かべた。
実に不敵な笑みだった。
 危惧するべき表情。彼はきっと何かをする。その前触れを表していた。
「言葉での先導、戦闘はお前自身が行う、守るような言動。…お前の大切な者、壊させてもらうとしよう。」
 俺はその言葉で彼のするであろう行動のビジョンが見えた。繰り返す。
「逃げろ!! レイン!」
「え…?」
 その瞬間、彼女の腹部は彼の能力である風によって貫かれていた。

     **

「世界って不平等だよな。」
 今から百数年前、他の者が三人ほどいる酒場にて、俺の親友『ユウマ』はそう嘆く。
「そうか?」
と、酒を飲みながら適当に返答をした。
 すると、彼はテーブルにぐたっとして続ける。…酔っているな。
「例えの話。顔も頭も性格も良い男がいます。そして性格も頭も悪い男がいます。性格の良い男は女運が全く無いのに対し、性格の悪い男はとてつもない女運があります。」
「…ほうほう。」
 また酒を一口含む。…ここの酒は相変わらず美味いな。
「俺思うわけ。これって境遇の差だよな。…ったく、こういうことが起こるから世界はクソなんだ………」
 そう言い、少しすると、彼はそのまま眠りについてしまった。
 ため息一つを小さく零し、立ち上がる。こういった状況には慣れっこだ。
「あとは頼みます、マスター。」
 そして帰宅しようと思ったのだが、マスターに呼び止められてしまった。
「…リョウさん。」
「何ですか?」
「…世界は不平等だ。」
「マスターまで何言ってんですか。」
 思わず苦笑する。俺はその時、マスターの洒落か何かだと思っていたが、彼の表情は至って真面目だった。
「リョウさんはギフテッドとして今まで幾つもの人助けをこの国でなされてきました。」
 …彼の言う通り、俺は俺の能力をできる範囲で利用しながら人助けをして今まで生きてきた。
「…ですが考えてみてください。」
「……?」
「人を救える能力。逆もまた然りです。あなたの能力は簡単に人を殺すことができる。だけどそれはギフテッドだからです。恵まれた能力だからそのような事を行える。しかしその一方で、能力に恵まれない者だって世界には沢山います。」
話の結末が見えてこない。俺はマスターに尋ねた。
「…何が言いたいんです?」
「先に述べた通り、世界は不平等だと言うことです。…この世界にギフテッドがいる限り。」
 俺は表情を曇らせた。多少自覚はしていたのだと思う。だが今、その不明瞭な自覚を明瞭にさせられてしまった。
「…そうですね。」
と、同調する他ない。
 普通、ギフテッドは一人で生活するべきなんだ。他者から羨まれ、それが次第に羨望へと変わり、やがて殺意へと変貌する。
だから他者との共存は向かない。
「だから……だからあなたが他のギフテッド全てを殺してください。そうすれば世界は平等な形に整っていくはずです。」
「マスター……」
 彼の過去を知っていたから、俺は少しだけ頷くことが出来た。しかし、そんな行動を起こすことは酩酊してもないだろう。

…その時はまだそう思えていた。

 それから数日後、俺は一人の女性と出会った。きっかけは俺が彼女の財布を拾ったことだった。
「すいません、落としましたよ。」
「…えっ? …ああ、ありがとうございます。」
「気をつけてくださいね。」
 ただそれだけの会話。彼女は俺と目を合わせなかったが、それでもわかる。かなりの美貌だ。
 一度見てしまえば忘れないような、それほどまでに美しい顔をしていた。

 そしてまた数日。今度は彼女を商業施設で見かけた。これも何かの縁だと思い、俺は意を決して彼女に話しかけた。
「こんにちは。」
 すると、彼女もすぐ俺のことに気づいたようで快く挨拶を交わしてくれた。
「あっ…! この前の。こんにちは。」
 こうして面と向き合ってみると、改めて思う。美しい。…尋ねよう。
「俺『リョウ』って言います。あなたは?」
彼女は俺に微笑み、優しい声色で言った。
「『マナカ』です。」

     **

 それから順を追って、俺たちは肉体的な関係をもつような仲になっていた。
 そんなある日、俺は知人から魔物の討伐を頼まれ、報酬が貰えるというので仕方なくそれに応じた。
 朝早く、俺は家を発つ。彼女の寝顔をよく見てから。
「行ってくるよ。」
 そして俺は討伐の地へと赴いた。そこには大きな木があり、その下に何故か幾つかの人影。
…一緒に魔物討伐をしてくれる仲間だろうか?
 俺はそんな気持ちで近づいていたが、距離が縮まるにつれ彼らの姿はよりくっきりと、はっきりと見えてくる。彼らがどんな様子でいるのかも。
 だから俺は憤怒した。人影は四人。男三人とマナカだった。
「リョウ! ダメ…来ないで!」
マナカは両手を背中辺りで縛られ、その腕ごと体を木の幹に縛られていた。
「…お前ら…死にたいのか?」
すると彼は高々しく笑い声をあげた。
「…ハッハッハッ! お前! 立場を弁えろよ! 俺たち三人、みんなギフテッドだ…! たかが一人のギフテッドで適う量じゃねぇよ!」
俺がギフテッドということを知っている…?俺は彼らの顔を自分の記憶の中から探し出す。
「…お前ら、確か酒場に​────」
「ああ! お前とマスターの会話、聞いちまってな! ギフテッドを殲滅するって話をなぁ!」
「…高揚しているな。余程、俺の弱みを握れたことが嬉しいのか?」
 俺は戦闘態勢をとる。その瞬間、彼らの一人がナイフでマナカの胸部を突き刺した。


8話:不平等な世界
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