【完結】異世界先生 〜異世界で死んだ和風皇子は日本で先生となり平和へと導きます〜

雪村

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6章 反社会政府編 〜それぞれの戦い〜

62話 人体強化の成れの果て 【リコン学長、ハルサキとリンガネ班】

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「お前達なんかに負けない!!」


男の子はそう宣言すると、ポケットから小さなボタンを取り出して3人に見せつけるよう押した。すると部屋が揺れて何か不吉な事が起こるのがわかる。

リコン学長は鞭を、ハルサキとリンガネは特刀を抜刀して構えた。


「パパ、ママ、ごめんね」


小さな謝罪が聞こえた瞬間に左右にあった本棚の壁が破壊される。ハルサキは咄嗟に特刀束縛の縄を出して男の子に巻きつけると自分の方に引き寄せた。


「ちょっハルサキ!?」

「あのままだと本棚の下敷きになっていた。拘束は解かないから安心しろ」

「2人とも来るわよ」


リコン学長の言葉と同時に破壊された壁から巨大なカゲルが2体登場する。腹を空かせるように唾液を垂らして3人を見ていた。

カゲルが空腹の状態だと相手をするのが極めて危険だ。アカデミーに所属する生徒は唾液を垂らすカゲルを討伐する際、状況に応じて逃げろと教わっている。

しかしこの状況で逃げる選択肢などハルサキとリンガネには無い。


「学長どうするんだ?」

「そうね。私達3人でちょうど倒せる相手よ」

「こんなデカブツを!?」

「あら、弱気になってるのリンガネ」

「んなわけあるか!やってやるよ!」

「ふふっ。その調子よ。ハルサキ、そいつちょっと借りるわ」

「借りる?」

「こうやってっ!」

「や、やめ…パパママ」


涙を溢す男の子にリコン学長は強烈な手刀を与えて気絶させる。推定小学生には結構きつい一撃だ。力が抜けた男の子の束縛を解いたハルサキは息をちゃんとしているかの確認をする。


「平気よ。そいつの体はカゲルの体液によって強化されているのだから」

「カゲルの体液って…そんな事も出来るのか?」

「それをやっているのは反社会政府の上層部だけどね。あの2体のカゲルは、元人間の成れの果て」

「嘘だろ…。ってことは」

「勘がいいわねハルサキ。たぶんこのカゲル2体はそいつの両親。体液によって人間の体が変化してしまったのね」


リコン学長の解説を聞いて冷や汗をかくハルサキ。カゲルの体液によって人体強化をするという技術まで反社会政府は上り詰めていたらしい。


「さっきのボタンはきっと檻から出すためのボタンだったのよ。補足しておくと元々は両親がボスだったのだけどこんな姿に変わっちゃって、同じ血を引く子供がカゲルのボスに就任したのよ」

「何でそんな情報まで知ってるんだよ!?」

「学長だから」


そんな会話をしていればカゲルは高い鳴き声を上げてその場で暴れ始める。どんどん崩れていく部屋を戦場とするには難しい範囲だ。時間との勝負と決めたリコン学長はハルサキとリンガネを押し除けて長い鞭を振るう。


「電撃を…!」
 

鞭を伝って内蔵された電撃が走り、触れたカゲル達は痺れに耐えるように動きを止める。


「今はただのSM好きじゃねぇ…」

「あ、ああ」


華麗なのに強いリコン学長の戦い方は恋焦がれたハルサキも、そうでないリンガネも魅了するようだった。


「リンガネ、俺達も行くぞ!」

「了解!」


電撃で動きを鈍くしたカゲルに向かって2人も飛び出し斬撃を喰らわす。しかし硬い体は十分に刃を入れることが出来ない。


「あっ、逃げる!」


痛みに嘆くカゲル達は壊された左右の壁に向かって走り出す。このままでは1体ずつ追いかけなければいけない。

3人でちょうどの相手をここでバラバラに逃しては後が大変だ。リンガネは左に逃げたカゲルに特刀束縛を施しギリギリの所で体に巻きつける。

しかし強化した体には生身の人間が敵うわけなくリンガネは引きずられるようにカゲルに連れ去られた。

「リンガネ!特刀を離せ!」

「離したら戦えねぇよ!」


ハルサキが大声を出すがリンガネは奥へ奥へと消えていく。すると右に行こうとしていたもう1体も先に逃げたカゲルを追いかけるように後を追った。


「行くわよ。そいつは置いといていいから!」

「了解!」


2体が同じ方向へ行ってくれたのが不幸中の幸いだろう。リコン学長とハルサキは連れ去られたリンガネを助け、カゲルを討伐するために穴が開けられた壁を潜りながら走る。

1歩行動と選択を間違えれば命の危険が伴う任務だが、ハルサキの心は色んな意味で熱く燃えている。着物の袖を揺らしながら前を走るリコン学長の姿は戦闘中とは思えないほど綺麗だった。


「っ、集中集中」


自分に喝を入れてカゲルを討伐することだけを考えろとハルサキは首を振って余計な考えを消し去る。今何処にいるかわからないAクラスの生徒達と指導者であるシンリンも同じように戦っているのだ。

1人で恋に浸るなんてあり得ない。そう思いながら目の前の綺麗な背中にハルサキは声をかける。


「これからどうする?」

「私がやることは決まっているわ。リンガネを救出した後、2人は流れに任せて行動してちょうだい。1番はカゲルの討伐。そして2番は私を運ぶ。それだけよ」

「その運ぶというのは一体…」

「内緒」

「……はい」


カゲルの背中とリンガネの叫び声を見失わないようにリコン学長とハルサキは走り続ける。この先は地図によれば崇拝者が集う構堂だ。

……そこへ向かう2人の遥か後ろでは目を覚ました男の子がまたポケットに手を突っ込む。


「パパ、ママ」

か細い声と共に握られた注射器は男の子の腕へと刺さった。
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