【完結】異世界先生 〜異世界で死んだ和風皇子は日本で先生となり平和へと導きます〜

雪村

文字の大きさ
上 下
60 / 77
6章 反社会政府編 〜それぞれの戦い〜

60話 戦って進め 【アサガイとカナト班】

しおりを挟む
「そうです。ゆっくり、楽にして…」

「私はやりません」

「何故ですか?貴方は途方に暮れて迷っている。祈らない理由がありません」

「私は討伐アカデミーに所属しています。決してそんなことはしない」


中腰の姿勢から立ち上がったアサガイは老翁に向かってキッパリと断る。それでも彼女の目には迷いの色があった。

こんな風に言われるのは敵に悩んでいるのが丸見えなくらいにわかりやすいということだ。立て続けに起こった嫌なことが心に大きく刺さっているらしい。それでも倒すべき相手に祈りを捧げるなんてアカデミーの生徒は絶対にしない。


「カナトさん、早く帰って来てください…」


そう呟いたアサガイは祈る老人達から視線を逸らしながらも背を向けずに正面で立っていた。老翁に見つめられる視線が痛い。覇気も宿ってない老人達の目はアカデミーの人間とは別の存在のように思えた。


「貴方達は何故カゲル様を斬るのでしょうか?」

「それは……。カゲルは人を喰う生き物です。そんな奴を見逃すわけがありません」

「確かにカゲル様は人を召し上がられます。しかしそれがどうしたと言うのでしょうか?」

「えっ」

「何かを得るには対価が必要です。品物を買う時に金を渡すのと同じこと。1人の人間が喰われれば大勢の人間が救われるのです」

「っ、でも何の関係も無い一般人を巻き込むのはどうかと」

「だから何だと言うのですか?崇拝者ではない一般人を例えるなら硬貨。金を使うことに何の悪もありません」

「人はお金ではありません!皆さん騙されているんですよ!?カゲルはお腹を満たせればそれでいいという生き物なんです!」


暑くなるアサガイは自然と特刀の鞘に手を添えてしまう。しかし相手は人間であり老人だ。一瞬で我に返れば何もなかったかのように特刀から手を離す。

やはりここに居る者は自分達とは全く別の人間。耳を貸すなと彼女は心の中で唱えるが、それを打ち破るのは老翁の言葉だった。


「我々崇拝者は過去に辛い想いを抱えています。それは現在も続いており、そんな我々を受け入れてくれるのはカゲル様なのです。カゲル様は心の拠り所。それを貴方達は壊すのですか?」


もしカナトだったらそんな言葉にも惑わされずに無視をしていただろう。でもそれが出来ないのがアサガイだった。人に気を遣い、人に優しくする性格の塊であるアサガイは傷付いた心もあって染み込んでしまうのだ。

手を強く握っても痛いだけで、奥底から迫ってくる何かには抵抗できない。苦しい。それだけしか考えられなくなっていた。


「私は……」

「何かに縋るよりも解決策を見つけるために進んだ方がアサガイちゃんは似合ってるっすよ」


滲んでくるアサガイの目は後ろからかけられた声の持ち主へと向けられる。カナトだった。

サポートを連れてきたはずなのに1人でこの部屋の廊下を通って来る彼は老人達を睨みつけて威嚇している。


「こんなこと言うと差別っすけど言わせてもらいます。お迎えを待つあんたらとは違ってアサガイちゃんも俺も進まなきゃならないんだよ。例え裏切られたって、心無い言葉言われたってね。俺達が縋っていいのは自分自身っす。赤の他人に拠り所なんて求めない」

「カナトさん……」

「シンリンさんも言ったでしょ。自分が思うままに動けって」


一旦目を閉じて思い出すようにした最後のカナトの声は優しかった。


「私が、思うまま…」

「それと速報です。地下に落ちた2人は無事出られたけど、シンリンさんが高熱と骨折して意識が無いっす」

「っ!」

「ここで立ち止まるっすか?それとも」

「戦います」


カナトからの情報でアサガイの頭の中はシンリンで埋まった。


(辛くてもシンリン先生は戦った。なら私も戦わなければいけない)


恋とは現実を見せないほどに強い力を持っている。現にアサガイはシンリンに恋をしていた。きっかけはお互いの顔が近い距離になって異性として意識し始めたと単純な理由だけど、時が経てば変化をしようとしているその勇敢さに惚れてれしまったのだ。


『シンリン先生こそ無理しないでください』


食堂で言ってしまったあの時の言葉をやっと後悔する。あの人は無理をしてでも変わりたかったのだと頭を打たれたようにアサガイは気付いた。


「さて、アサガイちゃんはこれからどうするっすか?」

「……」 


本心は今すぐにでもシンリンの様子を見に行きたかった。しかしそれは自分の思うままではなくて、ただの我儘だ。アサガイは滲んだ目を擦ってカナトと向き合う。


「Aクラスの皆さんと合流します。まずはそれからです」

「了解っす」


フッと笑ったカナトは後ろを向いてサポート役の生徒を呼び寄せる。アサガイはその背中を追い越すように個室を出て行った。

もう老人達の目線や祈りの言葉は届かない。それくらいにシンリンの存在の方が大きかった。


「やっと調子戻ってきたっすね。わざわざシンリンさんの状況を聞きに行って良かった」


カナトはアサガイがシンリンに恋をしているという情報を事前に入手していた。例の片腕を無くした口が軽い少女から聞き出したのだ。悩んでいるアサガイを動かすにはシンリンの事を言うのが1番効果的。


「まぁ後は鈍感シンリンさんが気付いてくれれば良いんすけどね~」


片想いの相手で埋め尽くされているアサガイには聞こえないカナトの言葉。そんなアサガイの背中を見ながらニヤニヤと口角を上げながらカナトはAクラスを統べる委員長の背中を追いかけて行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

先生と私。

狭山雪菜
恋愛
茂木結菜(もぎ ゆいな)は、高校3年生。1年の時から化学の教師林田信太郎(はやしだ しんたろう)に恋をしている。なんとか彼に自分を見てもらおうと、学級委員になったり、苦手な化学の授業を選択していた。 3年生になった時に、彼が担任の先生になった事で嬉しくて、勢い余って告白したのだが… 全編甘々を予定しております。 この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ギルド・ティルナノーグサーガ 『ブルジァ家の秘密』

路地裏の喫茶店
ファンタジー
あらすじ: 請け負いギルド ティルナノーグの斧戦士グラウリーは呪われた高山ダンジョン『バルティモナ山』の秘宝を持ち帰ってほしいと言う依頼を受けた。 最初は支部が違うメンバー同士のいがみ合いがあるものの冒険が進む中で結束は深まっていく。だがメンバーの中心人物グラウリーには隠された過去があった。 ハイファンタジー、冒険譚。群像劇。 長く続く(予定の)ギルドファンタジーの第一章。 地の文描写しっかり目。最後に外伝も掲載。 現在第二章を執筆中。 ※2話、3話、5話の挿絵は親友に描いてもらったものです。

火駆闘戯 第一部

高谷 ゆうと
ファンタジー
焼暴士と呼ばれる男たちがいた。 それは、自らの身体ひとつで、人間を脅かす炎と闘う者たちの総称である。 人間と対立する種族、「ラヨル」の民は、その長であるマユルを筆頭に、度々人間たちに奇襲を仕掛けてきていた。「ノーラ」と呼ばれる、ラヨルたちの操る邪術で繰り出される炎は、水では消えず、これまでに数多の人間が犠牲になっていった。人々がノーラに対抗すべく生み出された「イョウラ」と名付けられた武術。それは、ノーラの炎を消すために必要な、人間の血液を流しながらでも、倒れることなく闘い続けられるように鍛え上げられた男たちが使う、ラヨルの民を倒すための唯一の方法であった。 焼暴士の見習い少年、タスクは、マユルが持つといわれている「イホミ・モトイニ」とよばれる何かを破壊すべく、日々の鍛錬をこなしていた。それを破壊すれば、ラヨルの民は、ノーラを使えなくなると言い伝えられているためだ。 タスクは、マユルと対峙するが、全く歯が立たず、命の危機にさらされることになる。己の無力さを痛感したその日、タスクの奇譚は、ゆっくりと幕を開けたのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...