27 / 77
3章 反社会政府編 〜後悔〜
27話 生徒を失う絶望
しおりを挟む
「食事の時間が始まる」
「え……」
老婆が俺の耳元でそう呟いた瞬間、俺の顔に何かが飛び散った。言葉にならない悲鳴がこだまする。俺の目の前に黒い影が横切ったと思えば吹き出した何かで視界が一気に真っ赤に染まった。
「久々の若い奴の腕は美味でございましょう。カゲル様」
俺はゆっくり横切ったカゲルの方を見る。カゲルの口には1本の腕が咥えられていた。それを美味しそうにむしゃぶりついて堪能している。
「ヒマワリ…?」
またゆっくりと首を動かした俺は前で倒れている少女を視界に入れた。ヒマワリの体の一部である、左腕が消えているのが嫌でもわかる。
「嘘、だろ…」
膝を落とした俺は崩れ落ちる瓦礫のようだった。ヒマワリの周囲の床は赤い水が広がり始める。今もなおカゲルは食事を行っていた。
「ヒマワリ」
「………」
「ヒマワリ」
「………」
「気を失ってるだけ、だよな?」
「………」
「……誰か…」
俺の頬から生温い血が垂れた。どちらの血なんか考えなくても理解できる。俺は、カムイ王都の宮殿で賊によって埋めつけられた絶望を再び味わってしまった。
こいつとは少しの間しか過ごしてない。それなのに父上や母上を失った時よりも俺は心が真っ白になっている。立ち上がることも出来ず、特刀も持てず、俺はただ目の前で倒れる少女を見ていた。
「キシャーーア!」
「おやおや。流石に腕1本では満足できませんか。小娘の鮮度が落ちる前にお召し上がりください、カゲル様」
「…!」
カゲルは鳴き声をあげて俺とヒマワリに近づこうとする。もし今、ヒマワリが生きていたとしても次どこかを喰われてしまったら確実に死んでしまうだろう。生きているということに賭けるしかない。動けない俺は何も考えずに叫び出した。
「アサガイ、ハルサキ、リンガネ、カムラ、レオン、ミロクニ…!助けてくれ!!」
必死に呼んだAクラスの生徒達の名前。絶対に届くことを願って俺は上を向いて叫んだ。指導者が教え子に助けを求めるなんて恥そのものだろう。皇子が自分より下の地位の人間に縋るなんて馬鹿らしいだろう。
それでもこの状況で俺は何もできない。ただ膝をついて特刀にも手を伸ばさずに嘆くだけだった。
次の瞬間、俺の後ろから風が吹く。老婆が苦しむ声が聞こえたと思えば3階の部屋の壁にヒビが入った。
「遅れましたわ」
「レオン…」
「すぐに応急処置をします!」
「アサガイ委員長…」
確保を担当していた他の2人が俺の側へ現れる。レオンの蹴りによって壁に打ちつけられた老婆は気を失ってピクリとも動かなかった。アサガイ委員長は冷静に布を取り出すとヒマワリの千切れた腕に強く巻き付ける。
「先生は動かないでくださいまし。怒りを超えた恐怖に晒されている貴方が戦う必要はないですわ」
「あ……」
「ここはワタクシ達に刀を預けて」
レオンが俺とカゲルの間に立つと刀の先を敵に向けた。そして2階の生徒達も俺の声を聞いて勢いよく階段を登ってくる。
「先生族よ!無事か!?」
「……ヒマワリ!」
「クソがぁ!」
「俺達で片付けるぞ」
ヒマワリと俺を守るようにAクラスの生徒はカゲルの前で構える。そんな姿を見て俺は力が抜けたように後ろに倒れそうになった。
「シンリン先生」
「アサガイ、委員長」
「先生も首から血を流し過ぎています。今布を当てますから」
「ヒマワリを先に」
「でも」
「情け無い…。俺は守れなかった。今ヒマワリを救えるのはお前達だ。布は自分で当てるから、早く、ヒマワリを…!」
「…はい」
アサガイ委員長は頷くとヒマワリを持ち上げて建物から出ていく。あの人に任せれば大丈夫だろう。俺は手に置かれた布を首に当てて生徒達の戦いを見守る。カゲルが大きくても戦力はこちらの方が有利だった。俺は安心して布を押し付けると後ろから力無い声が聞こえる。
「ヒヒッ、ヒ」
「お前!?起きて」
「苦しいな。辛いな。囚われた、お前を助けようとした、小娘が喰われる瞬間を目の当たりにしたのだから。お前が刀を落としたせいで。お前が首に当てられたナイフにビビったせいで。ヒヒッ、ヒヒッ………絶望はお前の鎖に、なろう……」
壁に打ちつけられた老婆はそれだけを喋るとまた気を失った。
「…………」
「「「先生!」」」
「お前達…」
「カゲルは討伐した。下の階も全て制圧完了だ。貴方が怪我をしたのは首だけか?」
「ああ」
「委員長族がヒマワリ族を連れて行ったのか。ならば俺達も車に戻ろう。ここに用はない」
「………後始末は他の人がやってくれる」
「ああ」
「先生」
「レオン?」
「ワタクシが貴方にかける言葉はただ1つよ。…今回の件は許さない」
「!!」
「レオン族…!」
「黙って。貴方はヒマワリの1番近くにいた。それなのに助けられなかったのは事実ですわ」
「………」
「窓から出てきたカゲルに連れ去られてしまったヒマワリをすぐに追えなかったワタクシとアサガイ委員長にも責任はあります。でも先生の役目は囚われた被害者を救出することだった」
「もうやめろレオン。とりあえず帰るぞ」
「………先生立てる?」
「ああ」
俺はミロクニに差し出された手を握って立ち上がった。ボロボロに壊れた建物は生徒達の戦いの証で、真っ赤に広がった血は俺がヒマワリを助けられなかった罪だ。
レオンはいつになく険しい顔をして貼り付けた笑顔さえも見せてくれない。初めてクラス全員での任務は悲惨な完了となった。
「え……」
老婆が俺の耳元でそう呟いた瞬間、俺の顔に何かが飛び散った。言葉にならない悲鳴がこだまする。俺の目の前に黒い影が横切ったと思えば吹き出した何かで視界が一気に真っ赤に染まった。
「久々の若い奴の腕は美味でございましょう。カゲル様」
俺はゆっくり横切ったカゲルの方を見る。カゲルの口には1本の腕が咥えられていた。それを美味しそうにむしゃぶりついて堪能している。
「ヒマワリ…?」
またゆっくりと首を動かした俺は前で倒れている少女を視界に入れた。ヒマワリの体の一部である、左腕が消えているのが嫌でもわかる。
「嘘、だろ…」
膝を落とした俺は崩れ落ちる瓦礫のようだった。ヒマワリの周囲の床は赤い水が広がり始める。今もなおカゲルは食事を行っていた。
「ヒマワリ」
「………」
「ヒマワリ」
「………」
「気を失ってるだけ、だよな?」
「………」
「……誰か…」
俺の頬から生温い血が垂れた。どちらの血なんか考えなくても理解できる。俺は、カムイ王都の宮殿で賊によって埋めつけられた絶望を再び味わってしまった。
こいつとは少しの間しか過ごしてない。それなのに父上や母上を失った時よりも俺は心が真っ白になっている。立ち上がることも出来ず、特刀も持てず、俺はただ目の前で倒れる少女を見ていた。
「キシャーーア!」
「おやおや。流石に腕1本では満足できませんか。小娘の鮮度が落ちる前にお召し上がりください、カゲル様」
「…!」
カゲルは鳴き声をあげて俺とヒマワリに近づこうとする。もし今、ヒマワリが生きていたとしても次どこかを喰われてしまったら確実に死んでしまうだろう。生きているということに賭けるしかない。動けない俺は何も考えずに叫び出した。
「アサガイ、ハルサキ、リンガネ、カムラ、レオン、ミロクニ…!助けてくれ!!」
必死に呼んだAクラスの生徒達の名前。絶対に届くことを願って俺は上を向いて叫んだ。指導者が教え子に助けを求めるなんて恥そのものだろう。皇子が自分より下の地位の人間に縋るなんて馬鹿らしいだろう。
それでもこの状況で俺は何もできない。ただ膝をついて特刀にも手を伸ばさずに嘆くだけだった。
次の瞬間、俺の後ろから風が吹く。老婆が苦しむ声が聞こえたと思えば3階の部屋の壁にヒビが入った。
「遅れましたわ」
「レオン…」
「すぐに応急処置をします!」
「アサガイ委員長…」
確保を担当していた他の2人が俺の側へ現れる。レオンの蹴りによって壁に打ちつけられた老婆は気を失ってピクリとも動かなかった。アサガイ委員長は冷静に布を取り出すとヒマワリの千切れた腕に強く巻き付ける。
「先生は動かないでくださいまし。怒りを超えた恐怖に晒されている貴方が戦う必要はないですわ」
「あ……」
「ここはワタクシ達に刀を預けて」
レオンが俺とカゲルの間に立つと刀の先を敵に向けた。そして2階の生徒達も俺の声を聞いて勢いよく階段を登ってくる。
「先生族よ!無事か!?」
「……ヒマワリ!」
「クソがぁ!」
「俺達で片付けるぞ」
ヒマワリと俺を守るようにAクラスの生徒はカゲルの前で構える。そんな姿を見て俺は力が抜けたように後ろに倒れそうになった。
「シンリン先生」
「アサガイ、委員長」
「先生も首から血を流し過ぎています。今布を当てますから」
「ヒマワリを先に」
「でも」
「情け無い…。俺は守れなかった。今ヒマワリを救えるのはお前達だ。布は自分で当てるから、早く、ヒマワリを…!」
「…はい」
アサガイ委員長は頷くとヒマワリを持ち上げて建物から出ていく。あの人に任せれば大丈夫だろう。俺は手に置かれた布を首に当てて生徒達の戦いを見守る。カゲルが大きくても戦力はこちらの方が有利だった。俺は安心して布を押し付けると後ろから力無い声が聞こえる。
「ヒヒッ、ヒ」
「お前!?起きて」
「苦しいな。辛いな。囚われた、お前を助けようとした、小娘が喰われる瞬間を目の当たりにしたのだから。お前が刀を落としたせいで。お前が首に当てられたナイフにビビったせいで。ヒヒッ、ヒヒッ………絶望はお前の鎖に、なろう……」
壁に打ちつけられた老婆はそれだけを喋るとまた気を失った。
「…………」
「「「先生!」」」
「お前達…」
「カゲルは討伐した。下の階も全て制圧完了だ。貴方が怪我をしたのは首だけか?」
「ああ」
「委員長族がヒマワリ族を連れて行ったのか。ならば俺達も車に戻ろう。ここに用はない」
「………後始末は他の人がやってくれる」
「ああ」
「先生」
「レオン?」
「ワタクシが貴方にかける言葉はただ1つよ。…今回の件は許さない」
「!!」
「レオン族…!」
「黙って。貴方はヒマワリの1番近くにいた。それなのに助けられなかったのは事実ですわ」
「………」
「窓から出てきたカゲルに連れ去られてしまったヒマワリをすぐに追えなかったワタクシとアサガイ委員長にも責任はあります。でも先生の役目は囚われた被害者を救出することだった」
「もうやめろレオン。とりあえず帰るぞ」
「………先生立てる?」
「ああ」
俺はミロクニに差し出された手を握って立ち上がった。ボロボロに壊れた建物は生徒達の戦いの証で、真っ赤に広がった血は俺がヒマワリを助けられなかった罪だ。
レオンはいつになく険しい顔をして貼り付けた笑顔さえも見せてくれない。初めてクラス全員での任務は悲惨な完了となった。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説


先生と私。
狭山雪菜
恋愛
茂木結菜(もぎ ゆいな)は、高校3年生。1年の時から化学の教師林田信太郎(はやしだ しんたろう)に恋をしている。なんとか彼に自分を見てもらおうと、学級委員になったり、苦手な化学の授業を選択していた。
3年生になった時に、彼が担任の先生になった事で嬉しくて、勢い余って告白したのだが…
全編甘々を予定しております。
この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
火駆闘戯 第一部
高谷 ゆうと
ファンタジー
焼暴士と呼ばれる男たちがいた。
それは、自らの身体ひとつで、人間を脅かす炎と闘う者たちの総称である。
人間と対立する種族、「ラヨル」の民は、その長であるマユルを筆頭に、度々人間たちに奇襲を仕掛けてきていた。「ノーラ」と呼ばれる、ラヨルたちの操る邪術で繰り出される炎は、水では消えず、これまでに数多の人間が犠牲になっていった。人々がノーラに対抗すべく生み出された「イョウラ」と名付けられた武術。それは、ノーラの炎を消すために必要な、人間の血液を流しながらでも、倒れることなく闘い続けられるように鍛え上げられた男たちが使う、ラヨルの民を倒すための唯一の方法であった。
焼暴士の見習い少年、タスクは、マユルが持つといわれている「イホミ・モトイニ」とよばれる何かを破壊すべく、日々の鍛錬をこなしていた。それを破壊すれば、ラヨルの民は、ノーラを使えなくなると言い伝えられているためだ。
タスクは、マユルと対峙するが、全く歯が立たず、命の危機にさらされることになる。己の無力さを痛感したその日、タスクの奇譚は、ゆっくりと幕を開けたのだった。

俺が死んでから始まる物語
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる