君の叫びが炎上した理由を俺は知らない

雪村

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5章 進む私と止まる君

31話 倉持家の日常と記憶

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 倉持海華、高校2年生。絶賛炎上の巻き添えを喰らっている同性愛者。
 そんな私の母親は2人居る。

 片方は私の一回り年上の美咲さん。
 そしてもう片方は私と血が繋がっているお母さん。美咲さんが“華音さん”と愛おしそうに呼ぶ人。

 そう。私の親に男性は居なかった。

「それじゃあ行ってくるね」
「美咲、今日何時に帰ってくるの?」
「いつも通り7時」
「なら夕飯待ってるから」
「ちなみに今日のメニューは?」
「唐揚げ」
「やった!華音さん大好き!」
「イチャつくなら娘である私が居ないところでやってくれない?」

 美咲さんと共に暮らし始めてからこの家は賑やかになった。
 今日も朝からお母さんにベッタリな美咲さんを横目にパンを齧る。

 クールに見えてスキンシップが大好きな美咲さんにお母さんは捕まって、エプロン姿のまま玄関まで連れて行かれた。

「本日から梅雨が明けて、気温が高い日が続くでしょう」

 ずっと流してあるニュースを見ながら私は目玉焼きも頬張る。

 今日は何をしようか。不登校になってから時間が有り余っている。

だからと言って勉強する気にもなれないし、ましてや学校に行く気にもなれない。
 私の先の未来は真っ暗だった。

「はぁ。あの人は朝から元気ね…」
「嬉しいくせに」
「嫌では無いけどテンションについて行けないわ。私は美咲と違って若くないんだし」
「私よりは年の差ないじゃん」
「この歳になるとテンションも体力も落ちるのよ」
「ふーん」

 玄関から戻ってきたお母さんは疲れたように目を瞑る。でも頬が赤いのを私は見逃さなかった。

「海華はこの後何するの?」
「考え中」
「そう。今日お母さん仕事お休みだけど、どっか行く?」
「………」
「お便り届けが来る前にはちゃんと帰るようにするけど」
「……今日は家にいる」
「わかった」

 私は食べ終わった朝ご飯を片付けて自分の部屋に戻る。
 百合小説が散乱している床を歩きながらベッドへと寝転がった。

 お母さんは学校に行かないことを何も言わない。美咲さんは学校が全てじゃないと言ってくれる。
 そして同じような考えの持ち主がもう1人。

「木崎…」

 日曜日に会ったのを最後に私達は会話すらしていなかった。もう気付けば3日経っている。
 彼はこの3日間、お便りを届けに来てなかった。

「余計なお世話だったのでしょうか」

 2人の母親以外には敬語で喋る私。その癖は未だに直らなくて、独り言さえ敬語だ。

 いつもなら何で直らないんだろうとか考えるけど今はそんなことどうでもよかった。

 私は枕横に置いてあったスマホを操作してSNSを開く。

【今回、僕のせいで炎上に巻き込んでしまって申し訳ありませんでした】

 木崎の家に居た時に送られてきたDMにはまだ返信していなかった。
 きっと炎上した送り主は不安になっているだろう。

 それでも私の指は動かない。この謝罪に応えるべきかわからなかった。

「木崎なら、きっと…」

 もし木崎が返信を送った方が良いと言えば私は迷わず送っていた。

 きっとそうすれば、何かあった時に提案した側の木崎にも責任を背負ってもらえるからという安心があるからだ。
 つくづく私は最低な奴だと思う。

 誰よりも弱虫なくせに大口を叩いて炎上して、自分は間違ってないと信じ込み木崎を傷つけた。

 それをやっと自覚したからだろうか。最近、夜になると死にたくなる。

「先輩……」

 私はスマホを握って目を閉じながら優しい笑みを向ける女性を思い浮かべる。
 私の記憶にある大好きな先輩の姿はずっと美化されたままだった。

 それでも時々あの引いたような顔が過ってくる。その度に私は歯を食いしばって音を立てた。

「まだ、私」

 好意を伝える前の心臓の音。赤くなっているのが自分でもわかってしまう顔。
 全部が全部スローモーションになる感覚。

「…好きなんです」

 予想もしていなかった言葉を耳にする先輩。最初は冗談だと思って信じてくれなかった。

 でも続けて伝えた全く同じ告白に先輩の顔はどんどん変わっていく。
 それは汚物を見るような、人間では無いものを見るような目と表情だった。

「海華はそっち側だったの?気持ち悪い」
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