29 / 33
5章 進む私と止まる君
29話 教育という名の野望
しおりを挟む
「今度は彼が不登校にならなければ良いのですが」
私、倉持海華は木崎家の階段を確かめるように降りていく。
我が家であるボロアパートとは違う綺麗な一軒家。
勿論家族で過ごすあの空間も好きだけど、このような家も憧れてしまう。
何より親達の声が聞こえないであろう個室が羨ましかった。
「ご挨拶しなければ…」
階段を降りてリビング前に来ると木崎凪斗の母親の姿が見える。
初対面にも関わらず、木崎の彼女と認定されそうになったので正直憂鬱だ。
でも礼儀としてここは挨拶しなければ。
「あの」
「あっ、もう帰るのかしら?」
「はい。ジュースご馳走様でした。突然来てしまい申し訳ありません」
「全然良いのよ!えっと…お名前は?」
「倉持海華です」
木崎のお母さんは嬉しそうな顔をしてこちらに近寄ってくる。
すると私の後ろを見て、木崎が居ないことに首を傾げていた。
「凪斗は?」
「私が見送りを断ったので部屋に居ます」
「何やってんのよあの子。玄関までの見送りくらい普通でしょ…」
「私が拒否したので気にしないでください」
「だとしても見送りくらいはちゃんとやらなきゃ。後で言っておくね」
「……はい」
大きなため息をつく木崎のお母さん。私も普段、こんな感じに息を吐いているのだろうか。
「ところでさ、海華ちゃんは凪斗のことどう思っているの?」
「どう思って、ですか?」
「だってまだ彼女じゃないんでしょ?でも凪斗が女の子家に連れ込むなんて初めてだからは私嬉しくなっちゃって」
「私と木崎はクラスメイトなだけです。今日は外でたまたま会って、暑いからという理由で招待されました」
「へぇそう!」
早く帰りたい。
きっと木崎のお母さんは、木崎が私に気があると思い込んでいる。
でも実際木崎は私が同性愛者というのを知っているし、今は柳百合のことしか頭にないのでその推測はハズレだ。
「凪斗、良い子でしょう?」
「まぁはい」
「小さい頃から優しい子に育ってねって言い聞かせていたの。そのお陰で母親から見てもあの子はとても優しい子に育ってくれた。何気に反抗期も無いんだから」
私の肩がピクリと動く。
木崎の性格とお母さんの証言。点と点が線となった瞬間だった。
「気遣いが出来る人になりなさい。誰かを否定しないようにしなさい。その教育が良かったのよね」
私は曖昧な返事で反応するしか出来なかった。
彼がなぜ、あんなにお節介なのか。自分の意見を消そうとするのか。
その理由は親による教育で培ったものなんだ。
今まで私は木崎に“良い子ちゃん”と棘を刺していたけどこの話を聞いて同情が生まれる。
そもそも彼は無理して教科書通りにしているわけではないのだ。
ただ頭の中に教科書通りの選択しか無いだけ。
「……木崎は良い人です」
「そうでしょう?海華ちゃんにもそう思ってもらえて嬉しい」
本当は目の前の人に何か言ってやりたい。このままだと木崎は爆発する。下手したら鬱になる、と。
でも言えない。
だって私は部外者でしかないから。
私は木崎のクラスメイト。友達であっても親友ではない。ましてや恋人でもなかった。
そんな私が木崎と母親の間に入れるほどの地位は持っていない。
「これからも凪斗と仲良くしてあげてね」
「はい」
「またいつでも来てちょうだい。歓迎するわ」
「ありがとうございます。それでは私はこれで」
「ああ、待って。海華ちゃん」
木崎のお母さんは台所へ向かうと何かを袋に入れてまた私の所へ戻ってくる。
手渡されたオシャレな袋の中には高級そうなクッキーが入っていた。
「良ければ持っていって。外は暑いから日陰を通るのよ」
「わざわざありがとうございます。頂きます」
「ええ。海華ちゃんもとても礼儀正しい子ね。きっとご両親の教育が素晴らしいのでしょうね」
そう言われて私は2人の親の顔を思い出す。自然と口角が上がったと同時に木崎のお母さんの目を見つめた。
「はい。2人とも自慢の家族なんです」
偽りのない想いに木崎のお母さんは感動したように頷く。
そしてニコニコの笑顔のまま玄関まで来てくれた。
「クッキーありがとうございました」
「いいえ。気をつけて帰ってね」
「はい。お邪魔しました」
ペコペコと頭を下げて木崎家から出れば、暑い空気が身に絡まる。
木崎のお母さんは扉が閉まるまで私を見ていた。
きっと何も知らなかったら優しそうな人だなと思って終わりだろう。
でも色々と知ってしまった私からすれば、あの微笑みは恐怖のように思えた。
「美咲さん達、クッキー食べますかね?」
私はボロアパートに向かいながら貰ったクッキーを見つめる。
まぁお母さんならテレビを見ながら食べてくれるだろう。
そんなことを考える私は1枚だけクッキーを取り出して口に入れる。
美味しいクッキーだ。有名なお店のものなのだろうか。
筆記体で書かれているロゴを眺めてクッキーを飲み込んだ。
「……麦茶が欲しくなりますね」
乾いてしまった喉を伸ばすように私は空を見上げる。帰ったら美咲さんと一緒に麦茶でも飲もう。
そんな中、また私のスマホから1回の通知音が鳴った。
私、倉持海華は木崎家の階段を確かめるように降りていく。
我が家であるボロアパートとは違う綺麗な一軒家。
勿論家族で過ごすあの空間も好きだけど、このような家も憧れてしまう。
何より親達の声が聞こえないであろう個室が羨ましかった。
「ご挨拶しなければ…」
階段を降りてリビング前に来ると木崎凪斗の母親の姿が見える。
初対面にも関わらず、木崎の彼女と認定されそうになったので正直憂鬱だ。
でも礼儀としてここは挨拶しなければ。
「あの」
「あっ、もう帰るのかしら?」
「はい。ジュースご馳走様でした。突然来てしまい申し訳ありません」
「全然良いのよ!えっと…お名前は?」
「倉持海華です」
木崎のお母さんは嬉しそうな顔をしてこちらに近寄ってくる。
すると私の後ろを見て、木崎が居ないことに首を傾げていた。
「凪斗は?」
「私が見送りを断ったので部屋に居ます」
「何やってんのよあの子。玄関までの見送りくらい普通でしょ…」
「私が拒否したので気にしないでください」
「だとしても見送りくらいはちゃんとやらなきゃ。後で言っておくね」
「……はい」
大きなため息をつく木崎のお母さん。私も普段、こんな感じに息を吐いているのだろうか。
「ところでさ、海華ちゃんは凪斗のことどう思っているの?」
「どう思って、ですか?」
「だってまだ彼女じゃないんでしょ?でも凪斗が女の子家に連れ込むなんて初めてだからは私嬉しくなっちゃって」
「私と木崎はクラスメイトなだけです。今日は外でたまたま会って、暑いからという理由で招待されました」
「へぇそう!」
早く帰りたい。
きっと木崎のお母さんは、木崎が私に気があると思い込んでいる。
でも実際木崎は私が同性愛者というのを知っているし、今は柳百合のことしか頭にないのでその推測はハズレだ。
「凪斗、良い子でしょう?」
「まぁはい」
「小さい頃から優しい子に育ってねって言い聞かせていたの。そのお陰で母親から見てもあの子はとても優しい子に育ってくれた。何気に反抗期も無いんだから」
私の肩がピクリと動く。
木崎の性格とお母さんの証言。点と点が線となった瞬間だった。
「気遣いが出来る人になりなさい。誰かを否定しないようにしなさい。その教育が良かったのよね」
私は曖昧な返事で反応するしか出来なかった。
彼がなぜ、あんなにお節介なのか。自分の意見を消そうとするのか。
その理由は親による教育で培ったものなんだ。
今まで私は木崎に“良い子ちゃん”と棘を刺していたけどこの話を聞いて同情が生まれる。
そもそも彼は無理して教科書通りにしているわけではないのだ。
ただ頭の中に教科書通りの選択しか無いだけ。
「……木崎は良い人です」
「そうでしょう?海華ちゃんにもそう思ってもらえて嬉しい」
本当は目の前の人に何か言ってやりたい。このままだと木崎は爆発する。下手したら鬱になる、と。
でも言えない。
だって私は部外者でしかないから。
私は木崎のクラスメイト。友達であっても親友ではない。ましてや恋人でもなかった。
そんな私が木崎と母親の間に入れるほどの地位は持っていない。
「これからも凪斗と仲良くしてあげてね」
「はい」
「またいつでも来てちょうだい。歓迎するわ」
「ありがとうございます。それでは私はこれで」
「ああ、待って。海華ちゃん」
木崎のお母さんは台所へ向かうと何かを袋に入れてまた私の所へ戻ってくる。
手渡されたオシャレな袋の中には高級そうなクッキーが入っていた。
「良ければ持っていって。外は暑いから日陰を通るのよ」
「わざわざありがとうございます。頂きます」
「ええ。海華ちゃんもとても礼儀正しい子ね。きっとご両親の教育が素晴らしいのでしょうね」
そう言われて私は2人の親の顔を思い出す。自然と口角が上がったと同時に木崎のお母さんの目を見つめた。
「はい。2人とも自慢の家族なんです」
偽りのない想いに木崎のお母さんは感動したように頷く。
そしてニコニコの笑顔のまま玄関まで来てくれた。
「クッキーありがとうございました」
「いいえ。気をつけて帰ってね」
「はい。お邪魔しました」
ペコペコと頭を下げて木崎家から出れば、暑い空気が身に絡まる。
木崎のお母さんは扉が閉まるまで私を見ていた。
きっと何も知らなかったら優しそうな人だなと思って終わりだろう。
でも色々と知ってしまった私からすれば、あの微笑みは恐怖のように思えた。
「美咲さん達、クッキー食べますかね?」
私はボロアパートに向かいながら貰ったクッキーを見つめる。
まぁお母さんならテレビを見ながら食べてくれるだろう。
そんなことを考える私は1枚だけクッキーを取り出して口に入れる。
美味しいクッキーだ。有名なお店のものなのだろうか。
筆記体で書かれているロゴを眺めてクッキーを飲み込んだ。
「……麦茶が欲しくなりますね」
乾いてしまった喉を伸ばすように私は空を見上げる。帰ったら美咲さんと一緒に麦茶でも飲もう。
そんな中、また私のスマホから1回の通知音が鳴った。
10
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
彗星と遭う
皆川大輔
青春
【✨青春カテゴリ最高4位✨】
中学野球世界大会で〝世界一〟という称号を手にした。
その時、投手だった空野彗は中学生ながら152キロを記録し、怪物と呼ばれた。
その時、捕手だった武山一星は全試合でマスクを被ってリードを、打っては四番とマルチの才能を発揮し、天才と呼ばれた。
突出した実力を持っていながら世界一という実績をも手に入れた二人は、瞬く間にお茶の間を賑わせる存在となった。
もちろん、新しいスターを常に欲している強豪校がその卵たる二人を放っておく訳もなく。
二人の元には、多数の高校からオファーが届いた――しかし二人が選んだのは、地元埼玉の県立高校、彩星高校だった。
部員数は70名弱だが、その実は三年連続一回戦負けの弱小校一歩手前な崖っぷち中堅高校。
怪物は、ある困難を乗り越えるためにその高校へ。
天才は、ある理由で野球を諦めるためにその高校へ入学した。
各々の別の意思を持って選んだ高校で、本来会うはずのなかった運命が交差する。
衝突もしながら協力もし、共に高校野球の頂へ挑む二人。
圧倒的な実績と衝撃的な結果で、二人は〝彗星バッテリー〟と呼ばれるようになり、高校野球だけではなく野球界を賑わせることとなる。
彗星――怪しげな尾と共に現れるそれは、ある人には願いを叶える吉兆となり、ある人には夢を奪う凶兆となる。
この物語は、そんな彗星と呼ばれた二人の少年と、人を惑わす光と遭ってしまった人達の物語。
☆
第一部表紙絵制作者様→紫苑*Shion様《https://pixiv.net/users/43889070》
第二部表紙絵制作者様→和輝こころ様《https://twitter.com/honeybanana1》
第三部表紙絵制作者様→NYAZU様《https://skima.jp/profile?id=156412》
登場人物集です→https://jiechuandazhu.webnode.jp/%e5%bd%97%e6%98%9f%e3%81%a8%e9%81%ad%e3%81%86%e3%80%90%e7%99%bb%e5%a0%b4%e4%ba%ba%e7%89%a9%e3%80%91/
乙男女じぇねれーしょん
ムラハチ
青春
見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。
小説家になろうは現在休止中。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

モブが公園で泣いていた少女にハンカチを渡したら、なぜか友達になりました~彼女の可愛いところを知っている男子はこの世で俺だけ~
くまたに
青春
冷姫と呼ばれる美少女と友達になった。
初めての異性の友達と、新しいことに沢山挑戦してみることに。
そんな中彼女が見せる幸せそうに笑う表情を知っている男子は、恐らくモブ一人。
冷姫とモブによる砂糖のように甘い日々は誰にもバレることなく隠し通すことができるのか!
カクヨム・小説家になろうでも記載しています!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる