君の叫びが炎上した理由を俺は知らない

雪村

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3章 誰もが君を嘲笑う

20話 隣に立つ安心する人

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 俺よりも細くて小さいはずの手は頭全体を包み込んでくれる物のように大きく感じる。
 同級生の、しかも異性の子に俺の頭は撫でられていた。

 恥ずかしいなんて感情は浮かび上がらない。
 その代わり、安心感という落ち着きが心の奥底から生まれた。

「うちは木崎くんみたいな優しい人に会ったのは初めて。だから凄く尊敬しているんだ」

 柳さんは少しだけ照れながらも笑顔で撫で続ける。ぎこちないけど確かな優しさが伝わってきた。

「うちも木崎くんみたいな人になりたい」

 じんわりと広がった温かさは俺の力んだ身体を緩めていく。

 倉持さんには建前の良い子ちゃんって言われていたけど、柳さんはそれを尊敬してくれていたのか。

「……ありがとう。柳さん」
「本当に思っていることだもん。うちはそれを伝えただけ」
「でも柳さんのお陰で少し楽になった」

 俺という人間は単純な生き物だ。……違うな。男子高校生は単純な生き物の方が正しい。
 女子生徒に撫でられて簡単に機嫌が直りつつある。

 でもきっと一瞬だ。

 この時間が終われば俺はまた自分自身を責める気がする。あの時何も出来なかった木崎凪斗を、俺は許さないだろう。

 倉持さんが向けた助けを求める眼差しはずっと脳内に張り付いていた。

「木崎くんはさ。倉持さんと仲良いの?」
「仲良い…のかな?俺が一方的に話しているような気もするけど」

 柳さんに頭を撫でられながら俺は考える。

 最初の頃よりは随分とマシにはなった。俺が話せば応えてくれるし、時々倉持さんからも話してくれる。
 本当に時々だけど。

「木崎くんがここまで悩むから仲良しなのかと思ってた。幼馴染の可能性もあるのかなって」
「多分倉持さんにそれを聞いたら100%の確率で仲良くないって言われるよ。悩んでいるのも俺の勝手」
「ふふっ。じゃあ木崎くんの優しさなんだ」

 小さく笑った柳さんは俺の頭から手を離すと、そのまま机の上に置かれた左手へ重ねてくる。

 次に引っ掻き傷がある左手の甲を優しく撫でられると俺の手がピクリと反応した。

「あっ痛かった?」
「い、いや大丈夫」
「痒いならちゃんと皮膚科行くんだよ?虫刺されなのかな?」
「刺された記憶は無いんだけど…」
「でも無意識に掻いているんでしょ?」
「うん。よくよく見るとちょっと酷いかもね」
「せっかく綺麗な手をしているんだから早めに診てもらってね」

 左手から去っていく柳さんの手を見つめながら俺は頷く。俺よりも柳さんの方が優しいのではないだろうか。

 そう思って下向きだった顔を上げると、柳さんと目が合う。それと同時に俺の熱は顔に集中した。
 何故なら目の前の柳さんの顔は真っ赤に染まっていたのだ。

 柳さんはハッとしたように唇を強く結ぶと即座に顔を逸らす。

「ごめん!急に男の子の頭を撫でるって失礼だったよね…!」
「ぜっ全然そんなことないよ!俺はとても安心したし!」
「そ、そう?なら良かった!」

 お互いに恥ずかしくなって変に元気な声になる。柳さんも同じことを思ったのだろう。
 また目が合うと2人で吹き出しながら笑った。

「ふふっ、なんでここまで動揺しているんだろう」
「俺もだよ。一緒に声張り上げちゃったし」
「凄く元気だったよね。……あっ」
「どうしたの?」
「外見て」
「外?……おぉ」

 俺と柳さんは同時に席を立って窓際へ行く。さっきまで雨が降っていたけど、知らないうちに晴れたようだ。

 そんな太陽の光が差し込む空には大きな虹が掛かっている。虹は感動するくらい綺麗で、俺は無言で見入ってしまった。
 この虹に倉持さんは気付いているだろうか。

 俺はポケットからスマホを取り出して空に広がる虹をカメラに収める。

「本当に綺麗だ…」

 隣からもカメラのシャッター音が聞こえてきた。俺は柳さんに目を向ける。
 視線の先には満足そうに微笑む柳さんがスマホを見ていた。

「綺麗に撮れた?」
「えっ!?あ、勿論!凄く映えてるね!」
「うん。ハッキリしているし大きい」

 俺はアルバムに保存された虹の写真に顔が綻んだ。
 この後倉持さんの所に行くから、ついでに見せてあげよう。もしかしたら玄関から出る口実になるかも。

 そんなことを企んでいると、突然俺の制服の裾が控えめに引っ張られる。

「柳さん?」
「あ、あのさ」

 裾から手を離した柳さんは少しだけ目を泳がせると自分のスマホの画面を俺に見せてくる。
 そこには嬉しそうな顔で虹の写真を撮る俺の姿が写っていた。

「これって俺?」
「木崎くん。この写真を消して欲しかったら、再来週2人で遊びに行きませんか?」

 柳さんは顔の半分をスマホで隠して伏し目がちにそう言った。

 俺は一瞬思考が止まってしまったが、写真を人質にされているとわかった瞬間に笑い出す。
 なんていうか、小さい子がやりそうな誘い方だなと思った。

「俺で良ければ遊びに行こう」
「い、良いの?」
「うん。再来週のいつ行く?」
「えっと来週の土曜日にバレー部の大会があるの。それが終われば色々と落ち着くから……」
「俺はいつでも大丈夫だよ」
「……放課後じゃなくても?」
「となると休日?」
「木崎くんが良ければ」

 ずっと顔を赤に染めながら一生懸命に誘ってくれる柳さんに俺は鼓動が速くなっていく。
 それを悟られないように了承すれば、柳さんの表情に花が咲いた。

「ありがとう!嬉しい!」
「こちらこそ誘ってくれてありがとう。バレー部の大会頑張ってね」
「うん。うちはマネージャーだけど」
「マネージャーも重要な役割だよ。それにしても柳さんって意外とお茶目なんだね。写真を人質にするなんて」
「えっ、あぅ…。ごめん。ちゃんと消すから」
「消すか消さないかは任せるよ。でもそんなお茶目な柳さんも良いと思う」

 俺は照れを隠しながら笑う。そうすれば柳さんは更に顔を赤くした。

 ふと、横目で時計を確認する。そろそろ職員室に行って担任からお便りを貰わなければ。

 しかし俺の足はすぐに動くことはなかった。きっともう少しだけ柳さんと一緒に居たいと思っているのだろう。
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