君の叫びが炎上した理由を俺は知らない

雪村

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3章 誰もが君を嘲笑う

18話 今更の後悔と約束

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 雨が降りしきる中、薄暗い廊下を歩いていく。時間的に大半の生徒は登校し終えたようで数人しかすれ違わなかった。
 俺は時折窓の外に目を向けながら倉持さんを探す。

 早く行かなければ。速く行かなければ。と思いながらも歩く速度が増すことは無かった。

「本当に、ごめん」

 誰にも聞かれないのに俺は1人謝る。

 辛そうにしているのを助けられなかった。俺が臆病になったから。俺は情けない人間だ。
 強く握りしめる拳には自分でつけた引っ掻き傷が走っていた。

「っ、倉持さん!」

 俺が昇降口の前にやってくると靴に履き替えている倉持さんを見つける。間に合ったようだ。

「……木崎」

 俺の苗字を呼ぶ倉持さんはいつもの覇気を感じられない。むしろ青ざめて今にも消えてしまいそうだった。

「ごめん。助けるとか言ったくせに助けられなかった。本当にごめん」
「いえ。君が悪いとか思ってません。だって放っておいてと言ったのは私ですから」
「それでも俺は…!」
「しつこいところは学校でも変わらないんですね。授業に遅れますよ。私はもう帰ります」

 倉持さんは無理して笑うように微笑んで昇降口から出ていく。
 傘も持たず、自分から雨に濡れるように屋根の外へ飛び出した。

「倉持さん!」

 俺は上履きのまま外に出る。泥が混じる石畳を踏みつければ飛んだ水滴がズボンの裾を汚した。
 それでも俺は濡れ始める腕を掴んで引き止める。

「離して!しつこい!」
「戻れなんて言わない!でも今の倉持さんのままで帰らせたくないんだ!」
「意味がわからないです!」

 必死に抵抗しようとする倉持さん。しかし掴む俺の手はびくともしない。男女の力の差を物語っていた。

「っ……」

 突然大人しくなった倉持さんは静かに泣き始める。頬を伝う水は雨ではない。
 俺は腕を掴んだまま小さく口を開けた。

「ごめん」
「……しつ、こい」
「うん。謝るのは自己満足だと思う。でも口に出さないと自分で自分を傷つけられない。俺は途中で倉持さんと目が合った。なのに先のこと考えて動けなかったのが情けなくて、俺は俺を殴りたい」

 今更後悔しても遅い。倉持さんは傷ついたし、クラスメイトは何事もなかったかのように授業を受けようとしている。

 でも言葉にしなければ伝わらない。俺は空いている手で自分の髪から流れ落ちる水を拭った。

「俺は倉持さんの味方だよ。助けなかったくせにって疑うと思うし、また良い子ちゃんだとも思われるだろうけど本心だから」
「………」
「学校に来てくれてありがとう。倉持さんが廊下で俺の後ろを通り過ぎた時、凄く嬉しかった」
「うるさい…です」
「大丈夫。雨の音で誰にも聞こえないよ」

 そういう意味じゃないと言わんばかりに潤む瞳で睨みつけられる。
 いつもならたじろぐのに、今日は圧として感じられなかった。

「今日の放課後もお便り届けにいくね」
「……勝手にしてください」
「次の百合小説も借りたいな」
「…好きにすれば良いじゃないですか」
「なんか今の俺達、百合ファンタジーの2巻みたいだね。倉持さんが好きだって言っていたシーンの」
「君とキスなんて気持ち悪いです。それだったら死んだほうがマシです」
「だよね……」

 倉持さんは嫌な想像をしてしまったのか涙目で渋い顔をしている。若干傷つくが、倉持さんの傷に比べれば大したことない。

 苦笑いしていると学校のチャイムが鳴り出した。

「俺のことは気にしないで。お腹痛いからトイレ行くって誤魔化しているから」
「私はもう帰ります」
「そっか。じゃあまた放課後ね」
「その前に1つ…」

 いつの間にか泣き止んだ倉持さんは、雨か涙かわからない水を制服で拭く。そしていつも通りの眼差しで俺を見た。

「少し手をこのままで。絶対に離さないでください」
「う、うん。わかった」

 腕を掴む俺の手を指差した倉持さんは静かに深呼吸する。

 そして力いっぱい腕を振り翳したと思えば、激しく上下に揺すった。
 俺は戸惑う声を出しながらも倉持さんの腕を掴み続ける。

 数十秒耐えれば、倉持さんは諦めたように動きを止めた。

「……ありがとうございます」
「今の何だったの?」
「少し検証を。もう離して良いです」

 そう言われた俺はゆっくりと倉持さんの腕から手を離す。
 倉持さんは掴まれた片腕を見つめて小さくため息をついた。

「私も男だったら、少しは違っていたのでしょうか…」
「倉持さん?」
「何でもありません。帰ります」

 結局何を検証したかったのか聞けないまま倉持さんは俺に背を向ける。
 俺は慌てて制服のブレザーを脱いで倉持さんを呼び止めた。

「傘は!?」
「要りません」
「じゃあせめてこれ使って!もうびしょ濡れで今更感凄いけど、少しは凌げると思うから!」
「ブレザーなら私だって着ています」
「それは倉持さんを守る用。俺のは傘用」

 俺は自分のブレザーを倉持さんへと差し出す。何となくこのまま雨に打たれながら帰らせたくなかった。

「使って。嫌なら使わなくて良いけど、持っていって。これを取り戻しに倉持さんの家に行くって理由も出来るから」
「……出た。良い子ちゃん」

 倉持さんは毎度のため息をついてブレザーを受け取る。これで俺は何も気にすることなく学校へ戻れるようになった。

「一応言っておきますが、私は同性愛者なので何のアピールにもなりませんよ」
「アピールのために渡したわけじゃないよ。本当に心配だから」
「そうですか。まぁ、そうですよね」

 受け取った俺のブレザーを傘の代わりにするように倉持さんは頭上へ持っていく。

「また放課後に」
「うん。また」

 そのまま校門へと歩き出して彼女は地獄から抜け出した。俺は姿が見えなくなったと同時に校内へ入る。
 もう1限目が始まっている時間だった。

 びしょ濡れの状態で戻ったら、誰かしらは察しがついてしまうよな…。俺が倉持さんを追いかけたって。

 外の位置的に俺達が会話したのは見られてないはずだけど、不安になってきた。

「とりあえず保健室行くか」

 もう後はノリと流れに任せよう。色んな気持ちが混ざり合ってモヤモヤしながら俺は足元を見る。

 そうすれば自分の上履きの現実を目にしてしまった。
 泥と石で汚くなった上履きはまるで、校内に足を踏み入れるのを拒んでいるみたいだ。
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