8 / 33
1章 君の呟きが炎上した
8話 典型的な良い子ちゃん
しおりを挟む
「本当に凄かった…!」
「そうですか」
曇り空が広がる中、俺は玄関越しに倉持さんと話す。こうやって話すのは日課となって倉持さんも追い返すことは無くなった。
それでも面倒臭そうな対応は変わらないが。
「1巻のドタバタ展開とは違って、2巻は臨場感溢れる場面が多かったね。そういえば倉持さんが言っていた好きなシーンの挿絵って中盤の雨降りシーン?」
「はい」
「あそこは感動したよ。ずっと受け身だったヒロインが自分から主人公にキスするんだもん」
やっと出たキスシーンはドキドキというよりも胸を打たれる印象が強かった。
主人公とヒロインが戦闘から逃げて雨が降る中、確かめ合うようにキスするのは涙腺を刺激される。
1巻からちゃんと読んでいる人なら誰でも潤むシーンだろう。
「ってことは倉持さんは感動的なキスシーンが好きなの?」
「まぁ…」
「そっか。良いと思う」
俺は最後に1回表紙を見た後、倉持家のポストに投函する。
同時にお便りも投函すれば奥の方で封筒を開く音がした。
「もうすぐ中間テストだけど倉持さんはどうするの?」
「行きません」
「ちなみに他のみんなが帰った後に学校行くとか無理なのかな?」
「行きません」
倉持さんはこうやって俺と話すようになっても学校に行くことを拒否している。
生徒達が嫌っていうよりも学校自体が嫌なのだろうか。でもその原因の大半は生徒だと思うけど。
「高校中退するようになっちゃうよ」
「構いません」
「うーん…」
俺自身も無理して学校に行ってほしくはない。そもそも不登校の人にこんなこと言うのはいけないことだ。
しかし心配する気持ちは大きくなる。せっかく高校に入って、1年は頑張ってきたのに全てが水の泡になってしまうのは可哀想だった。
「まぁ俺からは無理して勧めないよ」
俺は玄関の向かい側にある廊下の壁に背中をつける。これ以上何か言っても倉持さんの意思が動くことはないのは身を持って知っていた。
「そういえば次の3巻は」
「もう帰ったらどうですか?」
「え?何急に」
「だって中間テストあるんでしょう?私の話し相手になってないで自分の勉強気にしたらどうですか?」
「確かにそうだけど…」
ごもっともな意見だ。でも俺は別に勉強が極端に出来ないわけではない。とてつもなく出来るわけでもないが。
「もう少しだけ倉持さんと話したいな」
「現実逃避ですか」
「ち、違うって」
一夜漬けの予定はないし、倉持さんとの会話時間がテストに支障をきたすわけでもない。
それにしても倉持さんが俺に気を遣ってくれるとは思ってなかったので何だか嬉しい。
俺は自然と口角が上がりながら玄関の扉を見つめた。
「そうだ。昨日百合アニメについて調べたんだ。意外と最近公開されたものが多くて驚いたよ」
「何でまたそんなことを…」
「だってこの話題なら倉持さんと話せるでしょ?」
自信満々に問いかければ倉持さんは無言になる。久しぶりに長い沈黙が訪れたなと思いながら返事を待った。
「君のことを見ていると疲れます」
冷たく感情が無いような声。今度は俺が無言になる番だ。
俺は倉持さんが疲れるようなことをしてしまっただろうか。もしかして勝手にベラベラと喋りすぎたのかもしれない。
「ごめん。それってどういう意味かな?」
色々と考えても心当たりになるものはなくて、俺は機嫌を窺うように聞いてみた。
「良い子ちゃんを見ていると疲れるってことです」
「良い子ちゃんって…。別に俺はそんな」
「無自覚ですか?それは重症ですね。わざわざ私のために興味ない分野を調べるなんて良い子ちゃんそのものじゃないですか」
「俺がしたいからしているだけだよ」
「じゃあ教えてください。何で“したい”って思ったんですか?」
一瞬、怯むように口を閉じてしまう。俺がそう思った理由……そんなの決まっている。
「倉持さんが心配だからだよ。その、炎上してクラスでも噂されて絶対心は辛いでしょ?だから俺と話すことで少しでも楽になってもらいたいんだ」
俺はどちらの経験も無いから倉持さんの気持ちはよくわからない。それでも辛いのは辛いはずだ。
「もしも俺が」と想像すればある程度予想は出来る。
「君って教科書みたいな人間ですね」
そんな俺の想いを切り裂いたのは、皮肉を含めて嘲笑う声だった。
「転んだ人が居たら助けましょう。泣いている人が居たら優しくしてあげましょう。君はそんな教科書みたいな思考なんですよね?」
「……それが普通じゃない?」
「人によってはその“普通”がイラつく原因になりますよ」
俺は無意識に唇に力を込める。これまで何度も倉持さんの捻くれた考えは聞いてきた。今回も同じようなことだろう。
なのに俺はいつも以上に腹が立ってくる。さっきまで百合小説を語っていたのが嘘みたいだ。
拳を作った手が震え始める。そして背中を廊下の壁から離した。
「全員が全員、君の優しさをそのまま受け取れると思わないでください」
次の瞬間、俺は玄関の扉に向かって拳を突き出す。鈍い音と共に拳から痛みが広がる。
倉持さんは言葉を失ったように黙った。
「馬鹿にするなよ。受け取れなくても否定するなよ」
出したことないくらいの低い声が倉持さん目掛けて放たれる。
俺の頭の中は白に染まりながらも、喉奥から浮かんでくる言葉を吐き出した。
「そんな風に考えるから炎上したんだろ」
扉に付けていた拳を下ろす。肩からずり落ちた鞄を直して俺は倉持家の前から立ち去った。
悔しさや悲しみではない感情が湧き上がる。この感情に名前は無かった。
「そうですか」
曇り空が広がる中、俺は玄関越しに倉持さんと話す。こうやって話すのは日課となって倉持さんも追い返すことは無くなった。
それでも面倒臭そうな対応は変わらないが。
「1巻のドタバタ展開とは違って、2巻は臨場感溢れる場面が多かったね。そういえば倉持さんが言っていた好きなシーンの挿絵って中盤の雨降りシーン?」
「はい」
「あそこは感動したよ。ずっと受け身だったヒロインが自分から主人公にキスするんだもん」
やっと出たキスシーンはドキドキというよりも胸を打たれる印象が強かった。
主人公とヒロインが戦闘から逃げて雨が降る中、確かめ合うようにキスするのは涙腺を刺激される。
1巻からちゃんと読んでいる人なら誰でも潤むシーンだろう。
「ってことは倉持さんは感動的なキスシーンが好きなの?」
「まぁ…」
「そっか。良いと思う」
俺は最後に1回表紙を見た後、倉持家のポストに投函する。
同時にお便りも投函すれば奥の方で封筒を開く音がした。
「もうすぐ中間テストだけど倉持さんはどうするの?」
「行きません」
「ちなみに他のみんなが帰った後に学校行くとか無理なのかな?」
「行きません」
倉持さんはこうやって俺と話すようになっても学校に行くことを拒否している。
生徒達が嫌っていうよりも学校自体が嫌なのだろうか。でもその原因の大半は生徒だと思うけど。
「高校中退するようになっちゃうよ」
「構いません」
「うーん…」
俺自身も無理して学校に行ってほしくはない。そもそも不登校の人にこんなこと言うのはいけないことだ。
しかし心配する気持ちは大きくなる。せっかく高校に入って、1年は頑張ってきたのに全てが水の泡になってしまうのは可哀想だった。
「まぁ俺からは無理して勧めないよ」
俺は玄関の向かい側にある廊下の壁に背中をつける。これ以上何か言っても倉持さんの意思が動くことはないのは身を持って知っていた。
「そういえば次の3巻は」
「もう帰ったらどうですか?」
「え?何急に」
「だって中間テストあるんでしょう?私の話し相手になってないで自分の勉強気にしたらどうですか?」
「確かにそうだけど…」
ごもっともな意見だ。でも俺は別に勉強が極端に出来ないわけではない。とてつもなく出来るわけでもないが。
「もう少しだけ倉持さんと話したいな」
「現実逃避ですか」
「ち、違うって」
一夜漬けの予定はないし、倉持さんとの会話時間がテストに支障をきたすわけでもない。
それにしても倉持さんが俺に気を遣ってくれるとは思ってなかったので何だか嬉しい。
俺は自然と口角が上がりながら玄関の扉を見つめた。
「そうだ。昨日百合アニメについて調べたんだ。意外と最近公開されたものが多くて驚いたよ」
「何でまたそんなことを…」
「だってこの話題なら倉持さんと話せるでしょ?」
自信満々に問いかければ倉持さんは無言になる。久しぶりに長い沈黙が訪れたなと思いながら返事を待った。
「君のことを見ていると疲れます」
冷たく感情が無いような声。今度は俺が無言になる番だ。
俺は倉持さんが疲れるようなことをしてしまっただろうか。もしかして勝手にベラベラと喋りすぎたのかもしれない。
「ごめん。それってどういう意味かな?」
色々と考えても心当たりになるものはなくて、俺は機嫌を窺うように聞いてみた。
「良い子ちゃんを見ていると疲れるってことです」
「良い子ちゃんって…。別に俺はそんな」
「無自覚ですか?それは重症ですね。わざわざ私のために興味ない分野を調べるなんて良い子ちゃんそのものじゃないですか」
「俺がしたいからしているだけだよ」
「じゃあ教えてください。何で“したい”って思ったんですか?」
一瞬、怯むように口を閉じてしまう。俺がそう思った理由……そんなの決まっている。
「倉持さんが心配だからだよ。その、炎上してクラスでも噂されて絶対心は辛いでしょ?だから俺と話すことで少しでも楽になってもらいたいんだ」
俺はどちらの経験も無いから倉持さんの気持ちはよくわからない。それでも辛いのは辛いはずだ。
「もしも俺が」と想像すればある程度予想は出来る。
「君って教科書みたいな人間ですね」
そんな俺の想いを切り裂いたのは、皮肉を含めて嘲笑う声だった。
「転んだ人が居たら助けましょう。泣いている人が居たら優しくしてあげましょう。君はそんな教科書みたいな思考なんですよね?」
「……それが普通じゃない?」
「人によってはその“普通”がイラつく原因になりますよ」
俺は無意識に唇に力を込める。これまで何度も倉持さんの捻くれた考えは聞いてきた。今回も同じようなことだろう。
なのに俺はいつも以上に腹が立ってくる。さっきまで百合小説を語っていたのが嘘みたいだ。
拳を作った手が震え始める。そして背中を廊下の壁から離した。
「全員が全員、君の優しさをそのまま受け取れると思わないでください」
次の瞬間、俺は玄関の扉に向かって拳を突き出す。鈍い音と共に拳から痛みが広がる。
倉持さんは言葉を失ったように黙った。
「馬鹿にするなよ。受け取れなくても否定するなよ」
出したことないくらいの低い声が倉持さん目掛けて放たれる。
俺の頭の中は白に染まりながらも、喉奥から浮かんでくる言葉を吐き出した。
「そんな風に考えるから炎上したんだろ」
扉に付けていた拳を下ろす。肩からずり落ちた鞄を直して俺は倉持家の前から立ち去った。
悔しさや悲しみではない感情が湧き上がる。この感情に名前は無かった。
10
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
彗星と遭う
皆川大輔
青春
【✨青春カテゴリ最高4位✨】
中学野球世界大会で〝世界一〟という称号を手にした。
その時、投手だった空野彗は中学生ながら152キロを記録し、怪物と呼ばれた。
その時、捕手だった武山一星は全試合でマスクを被ってリードを、打っては四番とマルチの才能を発揮し、天才と呼ばれた。
突出した実力を持っていながら世界一という実績をも手に入れた二人は、瞬く間にお茶の間を賑わせる存在となった。
もちろん、新しいスターを常に欲している強豪校がその卵たる二人を放っておく訳もなく。
二人の元には、多数の高校からオファーが届いた――しかし二人が選んだのは、地元埼玉の県立高校、彩星高校だった。
部員数は70名弱だが、その実は三年連続一回戦負けの弱小校一歩手前な崖っぷち中堅高校。
怪物は、ある困難を乗り越えるためにその高校へ。
天才は、ある理由で野球を諦めるためにその高校へ入学した。
各々の別の意思を持って選んだ高校で、本来会うはずのなかった運命が交差する。
衝突もしながら協力もし、共に高校野球の頂へ挑む二人。
圧倒的な実績と衝撃的な結果で、二人は〝彗星バッテリー〟と呼ばれるようになり、高校野球だけではなく野球界を賑わせることとなる。
彗星――怪しげな尾と共に現れるそれは、ある人には願いを叶える吉兆となり、ある人には夢を奪う凶兆となる。
この物語は、そんな彗星と呼ばれた二人の少年と、人を惑わす光と遭ってしまった人達の物語。
☆
第一部表紙絵制作者様→紫苑*Shion様《https://pixiv.net/users/43889070》
第二部表紙絵制作者様→和輝こころ様《https://twitter.com/honeybanana1》
第三部表紙絵制作者様→NYAZU様《https://skima.jp/profile?id=156412》
登場人物集です→https://jiechuandazhu.webnode.jp/%e5%bd%97%e6%98%9f%e3%81%a8%e9%81%ad%e3%81%86%e3%80%90%e7%99%bb%e5%a0%b4%e4%ba%ba%e7%89%a9%e3%80%91/
乙男女じぇねれーしょん
ムラハチ
青春
見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。
小説家になろうは現在休止中。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

モブが公園で泣いていた少女にハンカチを渡したら、なぜか友達になりました~彼女の可愛いところを知っている男子はこの世で俺だけ~
くまたに
青春
冷姫と呼ばれる美少女と友達になった。
初めての異性の友達と、新しいことに沢山挑戦してみることに。
そんな中彼女が見せる幸せそうに笑う表情を知っている男子は、恐らくモブ一人。
冷姫とモブによる砂糖のように甘い日々は誰にもバレることなく隠し通すことができるのか!
カクヨム・小説家になろうでも記載しています!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる