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1章 君の呟きが炎上した

7話 キスシーンの抵抗

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「本当に1日で全部…?」
「うん。慣れない文章だったけど凄く面白かった」

 今日も変わらず放課後に倉持家に訪れる俺。いつもなら憂鬱な気持ちが入っているのだけど、今回はそんな気持ちこれっぽっちも無かった。

 だって百合ファンタジー小説の感想を伝えられるのだ。
 佐倉と昼ご飯を食べた後、俺は猛スピードで小説を読み進めた。若干抜け落ちている所があるかもしれないが大体のことは理解したつもりだ。

 ブックカバーを外した小説を優しくポストに入れた時、倉持さんは驚いたような声を出した。

「ちゃんと読んだんですか?」
「読んだよ。結構戦闘シーンが多くて、魔法や仕組みが覚えられなかったけど何とか」
「1日で読めなんて言ってません」
「でもせっかく借りたからさ。早く感想伝えたくて」

 誰にも見られてないけど笑顔で俺はそう答える。すると倉持さんからいつものため息が出た。

「良い子ちゃん過ぎませんか?」
「ありがとう」
「私の場合褒めているのではなく皮肉です」

 良い子の何処が皮肉なのだろう。
 少し首を傾げてしまうが俺はまだ肝心のお便りを渡してないことに気付き投函する。

「今日は何も書いてないよ」
「でしょうね。だって口で言う気満々ですから」
「付箋では何枚あっても足りないからね」
「そんな真面目に感想言わなくても…」
「だってせっかく倉持さんから借りたんだ。それ相応の感想を言うのが当たり前でしょ?」
「はぁ」

 最初はこのため息に背筋が冷えたけど、今ではどうってことない。むしろ倉持さんの呼吸だと思っている。

「実はファンタジー作品に百合があるなんて思ってなかったんだ。どっちかって言うと現実味のある舞台にあるイメージ」
「ファンタジーでも恋愛要素はあります。一般的に広まるのが異性愛なだけです」
「そ、そっか。ごめん」

 また差別するようなことを言ってしまった。俺は反省しながら小説で読んだシーンを思い出す。

「でもこの小説、思ったより恋愛要素薄かった気がする。どちらかというと友達以上の恋人未満的な?」
「だってまだ1巻ですし」
「2巻もあるの!?」
「今のところ3巻まで発売されています」
「そうなんだ…」

 確かに読んでいて続きの匂わせがある終わり方だなと思っていた。
 でも本当に続きが出ているとは予測してなかったのだ。

 驚きと同時に、続きを読めるという嬉しさが俺の中で湧き起こる。

「じゃあ2巻は主人公とヒロインの仲は進展するって感じ?」
「自分の目で確かめればどうですか?」
「えっ、ああそうだね。ならもう1回小説見せてもらっても良い?タイトル長くて覚えてないんだ」
「何でタイトルを覚える必要が?」
「だって自分の目で確かめるには2巻と3巻買わないと…」

 数秒間お互い無言になる。すると昨日と同じように倉持さんの気配が近くから消えた。
 まさかと思って玄関前で待っていると、静かに鍵が開錠される。

「1日で読む必要はありません」

 差し出されるのは1冊の小説。俺は素直にそれを受け取ると1巻目とは違った表紙に心が躍った。

「イラストの雰囲気が全然違うね」
「はい」
「ありがとう。ってことは3巻も待ってる?」
「一応」
「じゃあこれ読み終わったら貸して欲しいな」
「別に構いません」

 ぶっきらぼうな返事と共に玄関はピタリと閉まる。今回も指先だけしか見せてくれなかったけど、俺は嬉しかった。

 ほんの少しだけ倉持さんとの仲が縮まった気がする。百合について勉強して良かったと心の底から思った。

「倉持さんは好きなシーンとかあるの?」
「ネタバレされたいんですか?」
「いやそういう意味ではなくて、単純に好みの話。告白シーンとかキスシーンとか色々あるじゃん」
「聞いてどうするんですか?」
「どうもしないよ。もし俺が普段から本読んでいたらオススメの本紹介していたかもだけど」

 そう話しながら俺は裏表紙を見てみる。あらすじには次の山場となるであろうキーワードが書かれていた。

 そして最後には“百合ファンタジー”の文字。
 また魔法とか独特なキャラクターの名前を覚えるのに苦労するだろうけど楽しみだ。

「君は抵抗ってものはないんですか?」
「どういうこと?」
「誰しも一般常識と離れたものには抵抗することがあります。同性愛もそれと同じ。中には同性同士でキスするのが気持ち悪いって言う人も居るんです」
「ああ、なるほど」
「正直言ってください。少しくらい抵抗はあるでしょう?」

 玄関越しでもわかる倉持さんの今の感情。
 突き放して欲しい気持ちと怖がっている気持ちが混ざり合ったような声。
 
 普段本を読まない俺でもそういう表現が出来てしまうくらいにわかりやすかった。

「抵抗なんて無いよ」

 俺は小さく微笑む。だってお互いに愛し合っているのならおかしいことなんて1つも無いじゃないか。
 そう教えてくれたのは倉持さんだけど、俺は元から気持ち悪いなんて思ってない。

「今は多様性の時代でしょ?気持ち悪いと思う方が変だと思う」

 俺の答えに倉持さんは黙り込む。きっと疑っているのだ。そう考えるとまだまだ仲は深まってないなと実感する。

「ちゃんと正直に言ってるよ。俺は同性同士のキスシーンにも抵抗なんて無い」
「……そういえば良い子ちゃんでしたね。君は」

 倉持さんが小さく呟いた時、玄関の鍵が掛けられる。
 また気に障るようなこと言ってしまったのかと不安になったが、そうではないようだ。

「その小説の途中に綺麗な挿絵が入っています。そのシーンが好きです」

 倉持さんがそれだけ言うと一気に静けさに包まれる。
 「今日はもう何も答えませんよ」と言わんばかりの圧が玄関の内側から放たれていた。

「ありがとう。読んでみる」

 俺は鞄に小説をしまって倉持家を後にする。きっとこの小説もすぐに読んでしまうのだろうな。

 そう思いながら俺はアパートから見える空を眺めた。
 空は少し曇っている。あと何週間かすれば梅雨の時期になってくるはずだ。

 嫌だなと空を見上げながらも俺の心は嬉しさで晴れ晴れしていた。
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