君の叫びが炎上した理由を俺は知らない

雪村

文字の大きさ
上 下
5 / 33
1章 君の呟きが炎上した

5話 百合漫画

しおりを挟む
「倉持さん」
「はぁ…」

 チャイムを鳴らすと同時に倉持さんの声が近くで聞こえて俺は目を丸くする。

「待っていてくれたの?」
「たまたま部屋を出たからです。ちょうど君が来る時間だったから戻るよりは待っていた方が良いと思って」
「そっか」

 相変わらず冷たい口調は変わらない。今日で倉持さんが学校に来なくなってから1ヶ月が経った。

 そして俺が倉持家に通うようになって3週間だ。平日は欠かさずここに来るからもう日課になっている。
 しかしそうすれば佐倉に付き合いが悪いと言われてしまうので友達付き合いは土日にするようにしていた。

 だから最近は少し忙しい。でもその忙しさの中には別の理由も含まれていた。

「お便り入れるね」
「はい」

 前までは俺の言葉に反応する回数が少なかったけど今では話せば何かしら返してくれる。
 まぁほとんどが冷たい返事だけれど。

「見た?」
「……意味がわからないです」
「そのままの意味だよ」
「経緯がわかりません」

 【顔を見せて】の付箋以降、俺は何も貼らないでお便りをポストに入れていた。また逆鱗に触れて玄関を叩かれてしまったらと怯えていたからだ。

 けれど今日は別。ここ数日間調べていたことを倉持さんに披露したかった。


【オススメの百合ゆり漫画教えて】


「百合漫画って…」
「調べたんだ。女性同士の恋愛を百合って言うんだよね?そして百合を好む人達を姫女子と呼ぶ。逆に男性同士の恋愛は薔薇らしいね。腐女子って単語は聞いたことあるけど、薔薇を好む人達を指すのは知らなかった」
「……」
「どう?合ってる?」
「合っているっていうよりも、熱心に説明する理由が理解出来ません」
「だって倉持さんがその立場なんでしょ?この話題なら俺が勉強すれば話せるかなって思ったんだ」

 自分でもドヤ顔している自覚はある。きっと目の前が扉ではなく鏡だったら凄い顔していただろう。

 しかしその直後に倉持さんは盛大なため息をついた。

「私のためにそんなことしなくて良いです。前にも言いましたが、早くお便り係を拒否してくれませんか?」
「俺が拒否したら俺よりもっとしつこくて、面倒臭そうに学校へ行かないか勧めてくる担任が来るよ?」
「……」

 流石に嫌らしい。倉持さんは反論することなく黙ってしまった。少し担任が気の毒だが仕方ない。
 倉持さん曰くの面倒臭そうに来れば、誰だって来て欲しくないと思うはずだ。

「この前言ってたじゃん。誰も心配してくれないって。でも俺は違うよ。倉持さんを心配している」
「……真面目過ぎなんじゃないですか」
「よく言われる。でも心配しているからこうやって調べてきたんだ。少しでも元気になって欲しくて」
「私が百合漫画で元気になると思ったんですか?」
「えっ違うの?」
「違うって言うか…」
「なら倉持さんは何が好き?そもそもアニメとか見る?ゲームはする?もしかしてアウトドア派?」
「勝手に話進めないでください」
「ご、ごめん」

 マシンガントークのように次々に質問する俺を倉持さんは一刀両断する。冷たい声には黙らせる力が込められていた。

「あまり同性愛者だからこれが好きとか決めつけない方が良いですよ。他の人達はわかりませんが、私は固定概念が嫌いなんです。同じ性別を愛しても異なる性別を愛しても人間には変わりないんですから」
「確かに、そうだね」

 倉持さんの考えに俺はハッとする。まさにその通りだったからだ。
 
 倉持さんは性別が女性でありながら同じ女性が好きだから勝手に百合漫画を読むと結びつけていた。
 でも軽率だったかもしれない。もっとちゃんと同性愛者について調べておけば良かった。

「ごめん。もう少し色々と調べて勉強してくるよ」
「……疲れないんですか?」
「何で?」
「君に利益なんて何もないです。関係のないこと調べるのは疲れます」
「そんなの気にしなくて良いよ。俺にも関係あることだし。倉持さんの家に通っているのなら1ミリくらいは関係あるでしょ?」

 けれど例え倉持さんの家に行かなくなってもこの知識は無駄にならないはずだ。

 今はニュースでも同性愛については沢山取り上げられている。これからもっと浸透していくであろう話題を今から身に付けることが出来るのだ。

 調べることは俺の利益にもなってくれる。

「いずれ疲れますよ…」
「ん?何?」
「……」

 すると突然玄関付近から倉持さんの気配が消える。奥の方では何やらガチャリという音が聞こえた。

 もしかして帰れという意味なのだろうか。いつもは俺が先に帰るのだけど今日は違うのかもしれない。

「まだ居ますか?」
「どうしたの?」

 俺は大人しく帰ろうと足を動かそうとした時、倉持さんが戻ってくる。

 返事をすれば静かに玄関の鍵が開錠された。

「えっ」

 控えめに開けられた玄関の扉。その隙間から外に出てくるのは1冊の小説と白くて細い指。
 倉持さんの姿は見えない。俺は何も考えずに出てきた本を受け取った。

「漫画よりも小説派です」

 倉持さんはそう言うと扉を閉めて鍵まで掛けてしまう。それは外の世界を拒絶するかのようだった。

 俺は裏表紙を上に向けてあらすじを読んでみる。ファンタジー感溢れる単語が簡単な文章と共に綴られていた。

 その中でも1番目を引くのが最後にある“百合ファンタジー”の文字。

「ありがとう。読んでみる」

 なるほど。確かに百合作品は漫画だけに限らない。
 小説もあればアニメある。探せば実写作品だって見つかるはずだ。

 俺は丁寧に自分の鞄の中に小説を入れる。もう倉持さんから返事は無かった。
しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

彗星と遭う

皆川大輔
青春
【✨青春カテゴリ最高4位✨】 中学野球世界大会で〝世界一〟という称号を手にした。 その時、投手だった空野彗は中学生ながら152キロを記録し、怪物と呼ばれた。 その時、捕手だった武山一星は全試合でマスクを被ってリードを、打っては四番とマルチの才能を発揮し、天才と呼ばれた。 突出した実力を持っていながら世界一という実績をも手に入れた二人は、瞬く間にお茶の間を賑わせる存在となった。 もちろん、新しいスターを常に欲している強豪校がその卵たる二人を放っておく訳もなく。 二人の元には、多数の高校からオファーが届いた――しかし二人が選んだのは、地元埼玉の県立高校、彩星高校だった。 部員数は70名弱だが、その実は三年連続一回戦負けの弱小校一歩手前な崖っぷち中堅高校。 怪物は、ある困難を乗り越えるためにその高校へ。 天才は、ある理由で野球を諦めるためにその高校へ入学した。 各々の別の意思を持って選んだ高校で、本来会うはずのなかった運命が交差する。 衝突もしながら協力もし、共に高校野球の頂へ挑む二人。 圧倒的な実績と衝撃的な結果で、二人は〝彗星バッテリー〟と呼ばれるようになり、高校野球だけではなく野球界を賑わせることとなる。 彗星――怪しげな尾と共に現れるそれは、ある人には願いを叶える吉兆となり、ある人には夢を奪う凶兆となる。 この物語は、そんな彗星と呼ばれた二人の少年と、人を惑わす光と遭ってしまった人達の物語。        ☆ 第一部表紙絵制作者様→紫苑*Shion様《https://pixiv.net/users/43889070》 第二部表紙絵制作者様→和輝こころ様《https://twitter.com/honeybanana1》 第三部表紙絵制作者様→NYAZU様《https://skima.jp/profile?id=156412》 登場人物集です→https://jiechuandazhu.webnode.jp/%e5%bd%97%e6%98%9f%e3%81%a8%e9%81%ad%e3%81%86%e3%80%90%e7%99%bb%e5%a0%b4%e4%ba%ba%e7%89%a9%e3%80%91/

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

乙男女じぇねれーしょん

ムラハチ
青春
 見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。 小説家になろうは現在休止中。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

Missing you

廣瀬純一
青春
突然消えた彼女を探しに山口県に訪れた伊東達也が自転車で県内の各市を巡り様々な体験や不思議な体験をする話

モブが公園で泣いていた少女にハンカチを渡したら、なぜか友達になりました~彼女の可愛いところを知っている男子はこの世で俺だけ~

くまたに
青春
冷姫と呼ばれる美少女と友達になった。 初めての異性の友達と、新しいことに沢山挑戦してみることに。 そんな中彼女が見せる幸せそうに笑う表情を知っている男子は、恐らくモブ一人。 冷姫とモブによる砂糖のように甘い日々は誰にもバレることなく隠し通すことができるのか! カクヨム・小説家になろうでも記載しています!

続きは第一図書室で

蒼キるり
BL
高校生になったばかりの佐武直斗は図書室で出会った同級生の東原浩也とひょんなことからキスの練習をする仲になる。 友人と恋の狭間で揺れる青春ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...