上 下
50 / 53
10章 炎国王と氷の側近

50話 両国会議

しおりを挟む
『歴史に残るであろう戦争は、歴史的な速さで幕を閉じた。その立役者になったのはヒートヘイズの新国王イグニと雪の女神フロス。フロスはこの戦争で女神としての力を失ってしまったが、アイシクルの女王の側近として国を支えている。この2人が炎の国ヒートヘイズと氷の国のアイシクルの架け橋となることを願う』


ヒダカに見せてもらった戦争のことを記した本の一節を読んで僕は何度も目を擦る。


「ヒダカ、正直に言ってくれ。これ本当にヒメナが書いたのか?」

「偽りなく申し上げます。本当にヒメナが書きました。自分が後世に伝える文章を書くと言い出して、まさか書き切るとはワタクシも思っていませんでしたが」


今回の戦争は2度とあってはならないということをヒートヘイズとアイシクルは誓った。意外とすんなり平和条約が結べたのはきっとフロスがダイヤの側に付くことになったからだろう。

それは嬉しいことなのだが、取り組まなければならない課題が山ほどあるのには変わらない。今日は我がヒートヘイズの城で両国の会議が行われる予定だった。

その待ち時間に執務室でヒダカから本を見せてもらったのだけど……。やはりこの文章がヒメナが書いたとは思えない。誰かに手伝わせたのか?


「失礼します。イグニ国王」

「ああ、フレイヤ。入ってくれ」


執務室の扉が開くと同時に入って来たのは元騎士団長のフレイヤ。戦争後正式に騎士団長の座を降り前線から離れ、僕の補佐官として国のために動いてくれている。そんなフレイヤの片腕は氷による低温火傷によって包帯が巻かれていた。


「腕の調子はどうだ?」

「多少は跡が残ると思われますが問題ありません。私なんかよりもイグニ国王の方が酷いでしょう?」

「まぁな。でも自分が思ったよりはマシだった。最悪腕が動かなくなるとも考えていたから」

「それなら何よりです。確かその本はヒメナ様が書かれた…」

「フレイヤも読んだのか?結構出来が良すぎてあいつが書いたとは思えない文章だった。戦争から少しだけ時が経ったとはいえ、これだけの情報を集めるのも大変だっただろうし」

「……」

「フレイヤ?」

「あまり詳しくは言えませんが、ヒメナ様は頑張りましたよ。途中躓いて泣きついた時には諦めると思いましたが」

「まさか、フレイヤが手伝ってくれたのか?」

「ヒメナ様には内緒だと言われていますがイグニ国王に嘘はつけません」


やはり1人で書いたわけではないのだな。それを知ったヒダカは僕の後ろで大きなため息をつく。これを完成した時ヒメナは1人で書き切ったとドヤ顔で持って来たのだから。


「それはそうと、アイシクルの馬車がお見えになりました」

「わかった。すぐに会場へ向かおう」


やっと久しぶりにフロスに会える。僕は少し上機嫌になりながらヒダカとフレイヤを連れ執務室を出る。廊下の窓からは何台かのアイシクルの馬車が見えて自然と口角が上がった。


ーーーーーー


「今回はお招き頂き感謝いたしますわ。イグニ国王」

「こちらこそ忙しい中ヒートヘイズに出向いてくれて感謝する。女王ダイヤ」


会議室に入れば既にアイシクル王族は居て、早速お決まりの挨拶を交わす。ダイヤの隣にはフロスも居て僕と目が合えば小さくお辞儀をしてくれた。


「今回の件はアイシクルの責任にあります。重ねてお詫び申し上げますわ」

「もう大丈夫だ。ヒートヘイズとアイシクルは平和条約を結んで同盟国となった。これから手を取って歩めば良い」

「その言葉に救われるばかりですわ」


向かい合って座ったヒートヘイズとアイシクルは両国の課題点について話す。まずは国の復興。と言っても1夜で終わった戦争なので国自体が深刻な状況というわけではない。

けれど、ヒートヘイズ領の半分は焼けこげたり地面が抉られていたりと直さないといけなかった。


「次にお互いの国の異変について調べ上げましたわ。グレイシャー公、話してくださる?」

「かしこまりました」


戦争でフロスに氷漬けされたグレイシャー公は元々ダイヤの右腕として活躍していたようだ。関所で会った時も実は周辺の調査をしていたらしい。

半分は侵略の企み、もう半分は単純な自然調査だったと後から聞いた。でも未だ鋭い視線を向けられるのは無視しておこう。きっと僕の猿発言が忘れられないんだと思う。


「以前アイシクルの国境付近にあった氷が溶け始めたことについて調べたところ、ヒートヘイズから来る熱風が原因と考えられます」

「熱風か。しかしヒートヘイズ側では確認されなかった。ただの自然現象か…?」

「あくまで考えられるだけです。もう少し詳しく調べればまた違った原因が見えてくるかもしれません」

「ありがとうグレイシャー公。僕達の方でも色々と調べてみるよ」


熱風がアイシクルの氷を溶かしていた。その事実は戦争が終わった後に知ったことだ。それも女王が戦争を起こしたきっかけの1つと聞いている。もう少し自然に関しても目を向けなければならないな。後でヒダカ達とも話し合おう。


「イグニ様、会議中失礼します!」

「ヒメナか。入ってくれ」


すると外から慣れない敬語を使うヒメナの声が聞こえてくる。僕が返事をしたと同時に扉が開いて、ワゴンを押すヒメナが現れた。


「少し休憩にしよう。こちら、ヒートヘイズの名物篝火クレープだ」


長々と会議が続けばみんな頭が痛くなってしまうだろうと思って僕が事前に頼んでおいた。しかしヒメナが持って来た篝火クレープは僕が頼んだ個数よりも多い気がするのだが…。


「菓子屋の店主が張り切った結果です!」

「だろうな……」


ワゴンには倍の個数のクレープが並べられている。苦笑いをする僕らヒートヘイズの人間とは反対に女王を始めとするアイシクルの人間は篝火クレープに目を輝かせていた。

フロスも初めて食べる篝火クレープに嬉しそうな顔をする。僕は心の中でその顔が見たかったんだとガッツポーズをした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

夫には愛人がいたみたいです

杉本凪咲
恋愛
彼女は開口一番に言った。 私の夫の愛人だと。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

処理中です...