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8章 炎と氷が交わる地獄
35話 予感
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父上が焔の神となり炎の祠に閉じこもってから1週間が経過した。その1週間はヒートヘイズ内を慌ただしくさせる日々だった。
僕が新国王になったことはまだ民達には知らせていない。しかしアイシクルが攻め入る可能性があるというのはヒートヘイズ内で広められていた。
いつアイシクルが攻めてくるかわからない状況で民達は不安に思いながらも城の者達の懸命な働きによって地下にある避難所への移動が完了する。フレイヤ率いる騎士団が城下町の見回りをしたところ、犬1匹も残らずに避難を終えられたとの報告があった。
民達の避難生活はいつまで続くかわからない。だから民の前ではまだ王子である僕が地下避難所に出向いて1人1人に声をかけていた。
「怖いだろうけど安心してくれ。ここなら安全だからな!それに炎の神様が僕達を守ってくれる!」
「嘆くのにはまだ早いぞ!もう少しの辛抱だ!」
「子供達の世話は任せてくれ。だからご婦人達はゆっくり休むと良い」
正直僕も心が折れそうだった。民の前では絶対に不安を見せてはいけないし、僕が笑顔を絶やせばみんなが絶望してしまう。
だからいつもよりテンションを上げた声で自分を強制的に奮い立たせていた。
「ヒメナお姉ちゃん一緒に遊ぼー!」
「OK!じゃあ今日は英雄ごっこをしよっか!」
「ヒダカさん。ロウソクの明かりが消えそうなんだが…」
「それでは補充します。ついでにたいまつの方にも油を差しておきましょう」
従者の2人もそれぞれの性格を武器に力を貸してくれている。そんなヒダカとヒメナにも僕は父上のことや自分のことを伝えていなかった。
国王が焔の神になったことを知っているのは僕とフレイヤだけ。城の者にはとある作戦を実行するために別の場所で待機していると伝え、民には見張りのために地上の城に残っていると誤魔化した。
「イグニ王子」
「フレイヤ。大丈夫か?」
「はい。見回りをされるならお供します」
「ありがとう。頼むよ」
そんな生活をしていれば自分の時間というものが取れない。唯一、気を抜ける時間は見回りをする夜だった。
今日も地下避難所から出て月の顔を見ながら城下町を歩く。ヒートヘイズ領とアイシクル領の国境にある簡易砦に向かうためだ。
そんな時たまたまフレイヤと鉢合わせて一緒に砦へ向かうことになる。
「そういえばフレイヤの指導のお陰で少しは剣を扱えるようになった。元々は身を守るためだけに基礎しか叩き込まなかったから攻撃の応用も知らなかったけど……本当に感謝だ」
「イグニ王子の腕がとても良いからです。この1週間で応用を教えてほとんどを習得されるなんて才能そのものですよ」
「必死にやっていたからな」
僕の腰には若い頃の父上が使っていた剣を携えている。父上が国王になってからはずっと宝物庫に保管してあったらしいけど、僕が家臣に無理を言って取ってきてもらったのだ。
炎のように赤く光を走らせたような金の模様が入っている剣は持っているだけで心強い。そんな剣をもしもの時のために扱えるようフレイヤと時間を合わせて訓練をしてもらったというわけだ。
「にしてもフレイヤは凄いな。未だに1本も入れられていない」
「10年以上剣を握っています。こんなことを言うのは失礼ですが、まだまだイグニ王子には負けません」
「ハハッ。頼もしい限りだ」
フレイヤと城下町を出た僕は馬を使わずに歩いていく。氷の塔に通っていた時はずっと徒歩だったから砦がある距離くらい問題はない。
それに誰かと話しているとあっという間に着いてしまうのだ。話しづらかったフレイヤ相手でもそう思えるようになったのはきっとありのままで喋ったのがきっかけだろう。
「フレイヤに王子と言われるのももう少しで終わりだな」
「そうですね」
「ずっと気になっていたんだが……何故イグニ“様”ではなくイグニ“王子”の呼び方なんだ?」
ヒダカもヒメナも民も全員が僕のことをイグニ様と呼ぶ。何気にイグニ王子と呼ぶのはフレイヤだけだ。
それは今に始まったことじゃなくてずっと前からだった。ずっと聞こうと思っていても聞けなかった僕はやっとこのタイミングで問いかけてみる。
「それはイグニ王子は王子様のようでしたから」
「…ん?僕は確かに王子だったが」
「地位のこともあります。でも1番は性格が王子様だなって思ったんです」
「せ、性格?王子様な性格って?」
「……内緒です」
「そこまで言ったなら聞かせてくれよ」
「ふふっ」
フレイヤは僕が知りたがっている反応が面白かったのか小さく笑う。急に立ち止まったフレイヤは僕の鼻に人差し指を当てると愛おしそうな目で微笑んだ。
「私はヒートヘイズ出身ではありません」
「そういえばそうだな」
「そんな外から来て知らない場所と人に怯えた小娘にイグニ王子は小さいながらも手を握ってくれたんです」
「え…?」
「絵本で読んだ王子様みたいでした」
「お、覚えてないな…。そんな過去のこと」
「私はずっと覚えています。たぶんこの先も忘れることはありません」
本当に記憶にない。でもフレイヤがそう言うのなら実際に起こった出来事なのだろう。我ながら初対面の女性の手を握るなんて失礼極まりないな。
「でもこれからはイグニ国王と呼ばなければなりませんね」
「別にイグニでもイグニ様でも構わないんだが」
「どうせなら誰も呼ばない呼び方が良いです」
「……」
「どうなさいました?」
「いや、なんかその考え方は似てるなって思った」
僕の雪女様をこう呼び始めたのはみんなが呼ぶ雪の女神フロス様と被りたくなかったからだ。きっとフレイヤが言った意味もそれと同じ。
似た者同士の考え方ということがわかって少し面白くなってしまう。フレイヤと話していれば砦の姿が暗い視界に見えてくる。少しの明かりだけで砦にいる騎士達は過ごしていた。
「何だか、今日は冷えますね」
「……ああ」
「警戒を強化します」
「よろしく頼む」
僕が新国王になったことはまだ民達には知らせていない。しかしアイシクルが攻め入る可能性があるというのはヒートヘイズ内で広められていた。
いつアイシクルが攻めてくるかわからない状況で民達は不安に思いながらも城の者達の懸命な働きによって地下にある避難所への移動が完了する。フレイヤ率いる騎士団が城下町の見回りをしたところ、犬1匹も残らずに避難を終えられたとの報告があった。
民達の避難生活はいつまで続くかわからない。だから民の前ではまだ王子である僕が地下避難所に出向いて1人1人に声をかけていた。
「怖いだろうけど安心してくれ。ここなら安全だからな!それに炎の神様が僕達を守ってくれる!」
「嘆くのにはまだ早いぞ!もう少しの辛抱だ!」
「子供達の世話は任せてくれ。だからご婦人達はゆっくり休むと良い」
正直僕も心が折れそうだった。民の前では絶対に不安を見せてはいけないし、僕が笑顔を絶やせばみんなが絶望してしまう。
だからいつもよりテンションを上げた声で自分を強制的に奮い立たせていた。
「ヒメナお姉ちゃん一緒に遊ぼー!」
「OK!じゃあ今日は英雄ごっこをしよっか!」
「ヒダカさん。ロウソクの明かりが消えそうなんだが…」
「それでは補充します。ついでにたいまつの方にも油を差しておきましょう」
従者の2人もそれぞれの性格を武器に力を貸してくれている。そんなヒダカとヒメナにも僕は父上のことや自分のことを伝えていなかった。
国王が焔の神になったことを知っているのは僕とフレイヤだけ。城の者にはとある作戦を実行するために別の場所で待機していると伝え、民には見張りのために地上の城に残っていると誤魔化した。
「イグニ王子」
「フレイヤ。大丈夫か?」
「はい。見回りをされるならお供します」
「ありがとう。頼むよ」
そんな生活をしていれば自分の時間というものが取れない。唯一、気を抜ける時間は見回りをする夜だった。
今日も地下避難所から出て月の顔を見ながら城下町を歩く。ヒートヘイズ領とアイシクル領の国境にある簡易砦に向かうためだ。
そんな時たまたまフレイヤと鉢合わせて一緒に砦へ向かうことになる。
「そういえばフレイヤの指導のお陰で少しは剣を扱えるようになった。元々は身を守るためだけに基礎しか叩き込まなかったから攻撃の応用も知らなかったけど……本当に感謝だ」
「イグニ王子の腕がとても良いからです。この1週間で応用を教えてほとんどを習得されるなんて才能そのものですよ」
「必死にやっていたからな」
僕の腰には若い頃の父上が使っていた剣を携えている。父上が国王になってからはずっと宝物庫に保管してあったらしいけど、僕が家臣に無理を言って取ってきてもらったのだ。
炎のように赤く光を走らせたような金の模様が入っている剣は持っているだけで心強い。そんな剣をもしもの時のために扱えるようフレイヤと時間を合わせて訓練をしてもらったというわけだ。
「にしてもフレイヤは凄いな。未だに1本も入れられていない」
「10年以上剣を握っています。こんなことを言うのは失礼ですが、まだまだイグニ王子には負けません」
「ハハッ。頼もしい限りだ」
フレイヤと城下町を出た僕は馬を使わずに歩いていく。氷の塔に通っていた時はずっと徒歩だったから砦がある距離くらい問題はない。
それに誰かと話しているとあっという間に着いてしまうのだ。話しづらかったフレイヤ相手でもそう思えるようになったのはきっとありのままで喋ったのがきっかけだろう。
「フレイヤに王子と言われるのももう少しで終わりだな」
「そうですね」
「ずっと気になっていたんだが……何故イグニ“様”ではなくイグニ“王子”の呼び方なんだ?」
ヒダカもヒメナも民も全員が僕のことをイグニ様と呼ぶ。何気にイグニ王子と呼ぶのはフレイヤだけだ。
それは今に始まったことじゃなくてずっと前からだった。ずっと聞こうと思っていても聞けなかった僕はやっとこのタイミングで問いかけてみる。
「それはイグニ王子は王子様のようでしたから」
「…ん?僕は確かに王子だったが」
「地位のこともあります。でも1番は性格が王子様だなって思ったんです」
「せ、性格?王子様な性格って?」
「……内緒です」
「そこまで言ったなら聞かせてくれよ」
「ふふっ」
フレイヤは僕が知りたがっている反応が面白かったのか小さく笑う。急に立ち止まったフレイヤは僕の鼻に人差し指を当てると愛おしそうな目で微笑んだ。
「私はヒートヘイズ出身ではありません」
「そういえばそうだな」
「そんな外から来て知らない場所と人に怯えた小娘にイグニ王子は小さいながらも手を握ってくれたんです」
「え…?」
「絵本で読んだ王子様みたいでした」
「お、覚えてないな…。そんな過去のこと」
「私はずっと覚えています。たぶんこの先も忘れることはありません」
本当に記憶にない。でもフレイヤがそう言うのなら実際に起こった出来事なのだろう。我ながら初対面の女性の手を握るなんて失礼極まりないな。
「でもこれからはイグニ国王と呼ばなければなりませんね」
「別にイグニでもイグニ様でも構わないんだが」
「どうせなら誰も呼ばない呼び方が良いです」
「……」
「どうなさいました?」
「いや、なんかその考え方は似てるなって思った」
僕の雪女様をこう呼び始めたのはみんなが呼ぶ雪の女神フロス様と被りたくなかったからだ。きっとフレイヤが言った意味もそれと同じ。
似た者同士の考え方ということがわかって少し面白くなってしまう。フレイヤと話していれば砦の姿が暗い視界に見えてくる。少しの明かりだけで砦にいる騎士達は過ごしていた。
「何だか、今日は冷えますね」
「……ああ」
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「よろしく頼む」
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