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6章 恋の行方と愛が辿り着く場所 (後編)
28話 夢のような時間
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本当に夢だったのだと思う。好きな人を抱きしめられて、好きな人から離れたくないと言ってもらえた。
でもそれは夜の間の出来事であり、ヒートヘイズに戻った僕には感触さえ消えてしまっている。
「離れたくないってことは、好きで受け取っても良いのかな…?」
ヒートヘイズに夜明けが訪れる頃、僕は寝巻きにも着替えずにベッドに横になった。しかし眠れるはずもなくただ先程までのことを思い返しては自分に問うばかりだ。
「僕は王子。雪女様は神」
何度も言い聞かせるように唱えたけどこれに関しては聞き分けが悪いようで意味のない呪文も化している。寿命の壁。国の壁。身分の壁。それらが僕と雪女様の間を邪魔してくる。
しかし真っ先に解決せねばならないのはフレイヤとの婚約の件だろう。これからどう進んでいくのかは大体予想がつく。
このまま流れに身を任せてしまえば雪女様の側には立てなくなってしまう。抗わなければいけない。でも……
「その勇気が、無い」
結局最後にチラつかせるのは王子としての肩書きだった。兄弟も居ない僕が次期国王に就くのは確定している。もしかしてこれは呪いなのかもしれない。
捨てれるなら捨てたい。僕は王子として居たくない。王子じゃなければ雪女様の側に居られるし、寿命の対策に手を回せる。しかしそれを国と血は許さない。
「イグニ」
「…っ!父上?」
急に響く低音の声が僕の自室の外から聞こえる。すぐに誰の声なのかわかった僕は飛び起きてしまった。急いで自室の扉を開けばそこにはいつもの姿の父上がいた。
「寝巻き姿ではないということは起きて居たのか」
「は、はい」
ちょうど氷の塔から帰って来たところなんて言えない。
「話がある入らせてくれ」
「どうぞ」
父上自ら僕の自室に来るなんていつぶりだろう。子供の時でさえたまにしか来なかったのに。
しかも変なのは朝日が昇り始めると同時にここへ出向いた。普通なら朝食を食べ終わった後や昼間に来るはずだ。嫌な汗をかいてしまう。
「お好きな所へお座りください。何か飲み物を持って来ますか?」
「いや、もう持って来てある」
「え?」
「グラスくらいここにあるだろう?少量で良い。付き合ってくれ」
そう言った父上の手にはお酒の瓶が握られているのがわかった。僕は頷いて自室の戸棚にあるグラスを2つ取り出す。
テーブルに置いて向かい合えば父上は慣れた手つきでお酒を開けた。グラスには赤色のお酒がゆっくり注がれる。本当なら僕が注ぐ側なのだけど、父上は頑なに譲らなかった。
「ありがとうございます」
「とりあえず乾杯しよう」
「はい。乾杯」
夜明けからお酒を飲むなんて人はあまり居ないだろう。しかし父上の付き合いとなれば話は別だ。僕は少量ずつお酒を飲み始める。
あまり強くはないため普段はお酒を控えているけど久しぶりに飲むと美味しいな。
「とても良い香りで美味しいです」
「ランクが高い酒を持って来た。好き嫌いが無ければ誰でも美味しく飲めるだろう」
王族のお酒の場はいかに優雅に気品に飲むかだ。でも一度くらい城下町の酒場で騒がしく飲んでみたい。
その時はヒダカとヒメナと一緒に酒を交わそう。ヒメナは後1年ほど待たなければならないけど。
「イグニ。今から父と息子として話したい」
「急にどうされたのですか?」
「……アイシクルの女王に言われたんだ。お前は交渉術はあっても対話術は全くないなと」
「そんなことは!」
「癪に触るが事実だと受け入れてしまった。思い返せば仕事以外に誰かと話すことなんて滅多になかったんだ」
父上はグラスに注いだお酒を飲み干してまた注ぎ足す。僕も釣られてお酒を口にするが飲み干すことはやめておいた。
「少々酒の力は借りるが、まずは息子であるお前と話さなければと思ってな。最近…どうだ?」
「最近ですか?えっと…」
最近起こったことといえば、フレイヤが凍った件と雪女様とオーロラを見たことしか思い浮かばない。
後者は絶対に言ってはいけないから言うとしたら前者だ。でもそれは父上も知っていることだし…。
「そ、そういえば従者のヒメナがフレイヤのお見舞いにと城下町の篝火クレープを買ってきてくれたんです。幼い頃に食べていたので懐かしい味でした」
「篝火クレープか。イグニは甘い物を好むのか?」
「頻繁に口にするわけではありません。でも時々食べるとリラックス出来るんです」
「なるほどな。あのクレープは儂が国王に就いた時くらいにとある人が考案したものだ。あれが今やヒートヘイズの名物になるとはその人も思ってなかっただろうな」
「ある人とは?」
「風のような人。とだけ言っておこう」
風のような……これ以上聞いても情報は得られなそうだ。気になるけど父上の機嫌を損ねることはしない。
僕のグラスが空いたのに気付いた父上は何も言わずに少量注いでくれた。
「父上、アイシク…」
「今はその話はやめておく。もう少しお前のことを聞きたいんだ」
「わかりました」
アイシクルで何かがあったのは昨日の時点でわかっている。でももったいぶる父上にムズムズしていた。一体何があったのだろうか。
これから今日という日が始まるからお酒は少しだけにするつもりだけど、頭の片隅には酔った方が良いのでは?という考えも出てくる。それくらい僕もお酒の力を借りて父上と話したかった。
でもそれは夜の間の出来事であり、ヒートヘイズに戻った僕には感触さえ消えてしまっている。
「離れたくないってことは、好きで受け取っても良いのかな…?」
ヒートヘイズに夜明けが訪れる頃、僕は寝巻きにも着替えずにベッドに横になった。しかし眠れるはずもなくただ先程までのことを思い返しては自分に問うばかりだ。
「僕は王子。雪女様は神」
何度も言い聞かせるように唱えたけどこれに関しては聞き分けが悪いようで意味のない呪文も化している。寿命の壁。国の壁。身分の壁。それらが僕と雪女様の間を邪魔してくる。
しかし真っ先に解決せねばならないのはフレイヤとの婚約の件だろう。これからどう進んでいくのかは大体予想がつく。
このまま流れに身を任せてしまえば雪女様の側には立てなくなってしまう。抗わなければいけない。でも……
「その勇気が、無い」
結局最後にチラつかせるのは王子としての肩書きだった。兄弟も居ない僕が次期国王に就くのは確定している。もしかしてこれは呪いなのかもしれない。
捨てれるなら捨てたい。僕は王子として居たくない。王子じゃなければ雪女様の側に居られるし、寿命の対策に手を回せる。しかしそれを国と血は許さない。
「イグニ」
「…っ!父上?」
急に響く低音の声が僕の自室の外から聞こえる。すぐに誰の声なのかわかった僕は飛び起きてしまった。急いで自室の扉を開けばそこにはいつもの姿の父上がいた。
「寝巻き姿ではないということは起きて居たのか」
「は、はい」
ちょうど氷の塔から帰って来たところなんて言えない。
「話がある入らせてくれ」
「どうぞ」
父上自ら僕の自室に来るなんていつぶりだろう。子供の時でさえたまにしか来なかったのに。
しかも変なのは朝日が昇り始めると同時にここへ出向いた。普通なら朝食を食べ終わった後や昼間に来るはずだ。嫌な汗をかいてしまう。
「お好きな所へお座りください。何か飲み物を持って来ますか?」
「いや、もう持って来てある」
「え?」
「グラスくらいここにあるだろう?少量で良い。付き合ってくれ」
そう言った父上の手にはお酒の瓶が握られているのがわかった。僕は頷いて自室の戸棚にあるグラスを2つ取り出す。
テーブルに置いて向かい合えば父上は慣れた手つきでお酒を開けた。グラスには赤色のお酒がゆっくり注がれる。本当なら僕が注ぐ側なのだけど、父上は頑なに譲らなかった。
「ありがとうございます」
「とりあえず乾杯しよう」
「はい。乾杯」
夜明けからお酒を飲むなんて人はあまり居ないだろう。しかし父上の付き合いとなれば話は別だ。僕は少量ずつお酒を飲み始める。
あまり強くはないため普段はお酒を控えているけど久しぶりに飲むと美味しいな。
「とても良い香りで美味しいです」
「ランクが高い酒を持って来た。好き嫌いが無ければ誰でも美味しく飲めるだろう」
王族のお酒の場はいかに優雅に気品に飲むかだ。でも一度くらい城下町の酒場で騒がしく飲んでみたい。
その時はヒダカとヒメナと一緒に酒を交わそう。ヒメナは後1年ほど待たなければならないけど。
「イグニ。今から父と息子として話したい」
「急にどうされたのですか?」
「……アイシクルの女王に言われたんだ。お前は交渉術はあっても対話術は全くないなと」
「そんなことは!」
「癪に触るが事実だと受け入れてしまった。思い返せば仕事以外に誰かと話すことなんて滅多になかったんだ」
父上はグラスに注いだお酒を飲み干してまた注ぎ足す。僕も釣られてお酒を口にするが飲み干すことはやめておいた。
「少々酒の力は借りるが、まずは息子であるお前と話さなければと思ってな。最近…どうだ?」
「最近ですか?えっと…」
最近起こったことといえば、フレイヤが凍った件と雪女様とオーロラを見たことしか思い浮かばない。
後者は絶対に言ってはいけないから言うとしたら前者だ。でもそれは父上も知っていることだし…。
「そ、そういえば従者のヒメナがフレイヤのお見舞いにと城下町の篝火クレープを買ってきてくれたんです。幼い頃に食べていたので懐かしい味でした」
「篝火クレープか。イグニは甘い物を好むのか?」
「頻繁に口にするわけではありません。でも時々食べるとリラックス出来るんです」
「なるほどな。あのクレープは儂が国王に就いた時くらいにとある人が考案したものだ。あれが今やヒートヘイズの名物になるとはその人も思ってなかっただろうな」
「ある人とは?」
「風のような人。とだけ言っておこう」
風のような……これ以上聞いても情報は得られなそうだ。気になるけど父上の機嫌を損ねることはしない。
僕のグラスが空いたのに気付いた父上は何も言わずに少量注いでくれた。
「父上、アイシク…」
「今はその話はやめておく。もう少しお前のことを聞きたいんだ」
「わかりました」
アイシクルで何かがあったのは昨日の時点でわかっている。でももったいぶる父上にムズムズしていた。一体何があったのだろうか。
これから今日という日が始まるからお酒は少しだけにするつもりだけど、頭の片隅には酔った方が良いのでは?という考えも出てくる。それくらい僕もお酒の力を借りて父上と話したかった。
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