【完結】雪女と炎王子の恋愛攻防戦

雪村

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6章 恋の行方と愛が辿り着く場所 (後編)

25話 夜明けまで

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「では行ってくる」

「お気をつけて」

「ああ」


夜がこの世界を完全に覆った時、僕はヒートヘイズから出発した。馬に乗り氷の塔へと向かいながらヒダカとした会話を思い出す。


「絶対に守ることは時間と無理はしないことです。最低でも夜明け前には帰ってきてください。その時はいつもの裏口から入るように。そしてこれが1番重要です。絶対に何事もなく帰ってくること。夜のアイシクルはとても冷えるでしょう。あのお方と居たいからと言って無理して体を冷やしては翌日に響きます。なのでこれを」


長い説明を聞いているとヒダカから毛皮のようなものを渡される。それはポンチョのようになっていてとても暖かそうだった。

一体どこで入手したのかはわからないけど僕は有り難くそれを借りて今、ヒートヘイズに背を向けている。


「にしても乗馬は久しぶりだな。でも案外いけるじゃないか」


今回はどれだけの時間を逢瀬に当てられるかが決め手だ。だからヒダカが何も知らないヒメナに言って大人しい馬を用意してくれた。

これでも王族である僕は乗馬もちゃんと嗜んでいる。馬を撫でながらそんなことを考えていればあっという間に炎帝の丘を過ぎ去った。


「もしかしたら、これが最後になるかもしれない」


今日の昼、父上は無事アイシクルからお戻りになった。しかしアイシクルでの出来事を僕やフレイヤには話してくれなかったのだ。少し考える時間が欲しいと言って執務室に閉じこもってしまった。

その様子は良い方向には動かなかったと言っていると同じ。嫌な予感しかしない父上の返答は僕とフレイヤをより不安にさせた。

しかし僕は首を振って余計な考えを消し飛ばす。これから雪女様と会うのにこんな顔は見せられない。片手で頬を数回叩けば自分の息が白くなりつつあるのが見えた。


「そろそろアイシクル領か」


関所のような通行路はあらかじめ整地されているから馬でも馬車でも問題なく通れる。しかし氷の塔周辺になると誰も来ることがないから整地なんてされていない。

それに地面には氷が張っているから途中で馬を降りなければならないのだ。僕はヒートヘイズ領とアイシクル領の境目で降りて近くの木に馬を繋いでおく。


「良い子に待っててくれ」


馬にそう伝えればまるで言葉がわかったかのように鼻を鳴らした。目指すはこの先の森にある氷の塔。僕は夜空を見ずにただ前だけを向いて雪女様の元へと向かったのだった。

暗い夜道のはずなのに何故か明るい。その理由は氷の塔にあった。僕が近づけば近づくほど氷の塔が光り輝いているのがわかる。月に照らされて反射した光がこの一帯を微妙に明るくしているんだ。


「初めて知った…」


夜にアイシクル領に入ることはまずない。ヒートヘイズは年々アイシクルと不仲になっているから1歩踏み出せば敵国の領地に入るなんて普通王子には出来ないだろう。

たぶん今の状況を父上に知られたらゲンコツでは収まらないな。僕は足を滑らさないようにゆっくり氷の塔に向かう。コツコツとした足音は静かな森に響き渡っているような気がした。


「雪女様」


氷の塔が佇む開けた場所に来て小さく呟く。扉は閉ざされたままだった。その前には……誰も居ない。まるで僕を拒絶するかのように扉には氷が纏わり付いて1ミリも開かなかった。


「僕は待ってます。夜明けが来る前まで」


ヒダカから貰ったポンチョのお陰で寒さは凌げている。それにいつものマントが背中側を凍える空気から守ってくれているのだ。

夜空は見ないが、月明かりが差し込む位置からして夜明けはまだまだ遠いだろう。僕は氷の塔の前で雪女様を待つためにジッと扉を見つめていた。


ーーーーーー



どれくらい時間が経っただろう?手袋くらい持ってくれば良かった。王族の力があれば手は別に大丈夫だと思っていたのだ。でもそんな油断が僕の手を真っ赤にして感覚を無くしていく。


「………ズビッ」


ここに来てから初めて鼻が垂れそうになる。きっと顔も寒さで真っ赤になっているだろう。それでも僕はその場から動かないし立ち去らない。

夜明けはまだ先だ。僕は凍えてなんていない。ヒートヘイズの王子だから。


「ん…」


けれども人間には変わりなかった。氷の塔はアイシクルの中でも最も気温が低い場所。それはこの中に雪の女神が存在すると同時に、アイシクルの雪と氷が女神に集まってくるからだ。

人間のように意思や人格がなくても神に集まるのは物質でも同じらしい。でもそう考えたら、雪女様もちゃんとした神様なんだよな。それに比べて僕はただの人間。寿命の長さだって全く違う。


「あ……何だか…」


頭がボーッとしている感覚なのに思考は激しく動いている。しかし全ての考え事に背中を刺されたのだろうか?

僕の体は徐々に前のめりになっていく。もう耐えれない。そう思った途端、自然と目が閉じてしまった。


「本当に、大バカです」


呆れたような声と冷たい何かが僕を包み込んだのはたぶん夢だろう。
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