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あいつらだってニンゲンなんだよ
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「それでどうだったんだい」
白髪交じりのレダが聞いた。
「何がだい」
私はそちらに顔を向けた。もう数年前からほとんど目が見えなくなっていたけれど、話した相手のいる方角は分かるんだ。
「その卵から孵ったのは、エマをもつむすめだったのかい」
「ああ」
私は頭を振った。
「それは私にも分からないね。すべては大地の裂け目の向こうで起きたことだからね。私ももう目がこんなだし、いろんなことに首を突っ込んで回る年じゃなくなったしね」
「みんな聞いたかい? アイダが、いろんなことに首を突っ込む年じゃなくなったんだって!」
白髪交じりのレダが素っ頓狂な声を上げた。その隣に座っていた小柄なデルダが、
「そりゃ初めて聞いた。盲いてたって、私たちみんなのトイの色から下履きの色まで、先刻ご承知なのは誰だい」
はやすように声をあげた。
焚火を囲んだ翼をもたぬ者たちが一斉にどっと笑った。
笑わなかったのは、火から離れて座っている若いノル・ズーだけだった。この若いノル・ズーは、さっき大地の裂け目のそばで一行に加わったばかりだった。その他に今この洞窟にいるノル・ズーは全部で十人ほどで、若いのから年老いたのまで、みんなニム湖から一緒に旅をしてきた仲間だった。
ひときわ太ったエーデが、小柄なデルダの言葉を引き取ってこう言った。
「何も自分のそのしわだらけの首なんぞ突っ込まなくたって、知り合いの知り合いのそのまた知り合いの話だって、まるで見てきたように話すのがアイダじゃないか」
太ったエーデに向かって、白髪交じりのレダがうなずく。
「たとえ頭の中で作った話だって、アイダのようにホントらしく話せたらホントのことと同じだよ」
「私は作り話なんか一度もしたことはないよ」
私はは少し気を悪くして言った。
「価値があるのはほんとのことだけだからね」
「そうとも」
とみつくちのネルデが相槌を打った。
「ねえさん、あんたも卵をもらいに来たんだろ?」
太ったエーデがさっきの若いノル・ズーに声をかけた。
「そこは寒いだろう?火にお寄りよ」
白髪交じりのレダも手を上げて招いたが、若いノル・ズーはかすかに首を振っただけでみんなの輪に加わろうとはしなかった。
「そんな入口のそばにいたら、寝ている間にイザリ虫にがぶりとやられちまうよ」
「この頃は翼をもつ者が人里にも下りてくるようになったしね。気を付けるに越したことはない」
「ラ・ズーはニンゲンを食ったりしないよ」
と白髪交じりのレダが顔をしかめて言った。
「だって奴らは狂暴だと聞くよ。山狩りをしたほうがいいんじゃない?」
「片っ端から水をぶっかけて、弱らせてから檻に閉じ込めちゃえばいいんだよ」
みつくちのネルデの言葉に、みんなはどっと笑った。
「何を言うんだ。あいつらだってニンゲンなんだよ」
私はたまりかねて口を挟んだ。
「翼をもつ者がああなったのは卵祭りが始まってからさ。ラ・ズーが恋も結婚もできなくなったら、一体何のために生きればいい?」
適度な距離を保っていた時、翼をもつ者と翼をもたぬ者は共存していられた。ラ・ズーを危険な存在にしたのは、他でもない私たちノル・ズーなんだ。
「でもあいつらは物を作るのがうまいそうじゃないか。そういう仕事をしたらいいんじゃない? この火をつける便利な機械だって、ラ・ズーが作った物なんだろう?」
「それを作ってたラ・ズーはこのところ卵祭りに来てないんだよ。もう死んじまったんじゃないのかね」
と私は答えた。
「作り方を知ってる仲間はいないの?」
「あいつらは仲間を作らないからね」
「もったいないね。すごい発明なのに」
「仲間と協力すれば、社会はもっと良くなるのにね」
「そう思ってるのはエマをもたぬ者だけかもしれないよ。あんまり私たちの考えを押し付けちゃいけないよ。連中はとても自由なんだ」
「やけにラ・エマの肩をもつね。要するに自分勝手っていうことだろ」
「まあそうだけど、性格だからしょうがない。だって、エマをもつ者がいなければニンゲンは滅ぶんだからさ」
私が言うと、みんなわかったような分らないような顔をして黙った。
「卵祭りのおかげで、結婚するために塔を作るラ・ズーもいなくなっちまった。十年後には塔の作り方を知ってる者もいなくなるんじゃないかね」
私はこの国の行く末を思ってため息をついた。あの大きな塔だって、長い年月が経てばいつか朽ちるだろうに。
「ほら、クンツツが焼けたよ。あんたもどうだい」
太ったエーデが屈託のない笑顔を向けて、うまそうに焼けたクンツツをさっきの若いノル・ズーの手に押し付けた。
その時突然、洞穴の奥から、赤ん坊を抱いたノル・ズーが走り出てきた。
「ヨーデ!」
叱りつけるようなレダの声を合図にしたかのように、みんながわらわらと立ち上がって愚図のヨーデを取り押さえた。
「放して、放して」
「おやめ、その子をどうするつもりだい?」
狂ったようにもがくヨーデの腕から、みんなは赤ん坊を取り上げた。
「返して、返して」
荒れ狂うヨーデが、またほら穴の奥へ連れ去られてしまうと、みつくちのネルデが苦笑交じりに若いノル・ズーを振り向いた。
「驚いただろう? ヨーデは少し頭がイカれてるんだよ。立て続けに卵を亡くした上に……」
ほら穴の奥を気にするように、少し声を落として言った。
「今年孵ったヨーデの娘がエマをもつむすめだったんだ。私たちは祭りのついでに、赤ん坊を都に届けに行くところさ」
白髪交じりのレダが、新しく串に刺したクンツツを火にあぶりながら、
「運の悪い子だよ。初めて孵した卵だったのに」
と言った。
「その前の卵は、イザリ虫にやられちまった。その前の卵は腐ってた。……おや、この話はさっきアイダがしたかね?」
「けど、赤ん坊のためさ。都に行っておとうさまの卵を産むのが、エマをもつむすめにとっては一番の幸せなんだから」
そうだ、そうだとみんながうなずいた。
みんなの話を聞いているのかいないのか、若いノル・ズーは洞穴の入り口近くに座り、ぼんやり夜空を眺めていた。やがてその唇から異国的な旋律が流れ出した。
この草原いっぱいに紫の実が実ったら
私の恋はかなうだろう
失うものがどんなに大きくても
恋したことを悔やみはしない
闇の中に、か細い歌声が、低く物悲しく融け込んでいった。
白髪交じりのレダが聞いた。
「何がだい」
私はそちらに顔を向けた。もう数年前からほとんど目が見えなくなっていたけれど、話した相手のいる方角は分かるんだ。
「その卵から孵ったのは、エマをもつむすめだったのかい」
「ああ」
私は頭を振った。
「それは私にも分からないね。すべては大地の裂け目の向こうで起きたことだからね。私ももう目がこんなだし、いろんなことに首を突っ込んで回る年じゃなくなったしね」
「みんな聞いたかい? アイダが、いろんなことに首を突っ込む年じゃなくなったんだって!」
白髪交じりのレダが素っ頓狂な声を上げた。その隣に座っていた小柄なデルダが、
「そりゃ初めて聞いた。盲いてたって、私たちみんなのトイの色から下履きの色まで、先刻ご承知なのは誰だい」
はやすように声をあげた。
焚火を囲んだ翼をもたぬ者たちが一斉にどっと笑った。
笑わなかったのは、火から離れて座っている若いノル・ズーだけだった。この若いノル・ズーは、さっき大地の裂け目のそばで一行に加わったばかりだった。その他に今この洞窟にいるノル・ズーは全部で十人ほどで、若いのから年老いたのまで、みんなニム湖から一緒に旅をしてきた仲間だった。
ひときわ太ったエーデが、小柄なデルダの言葉を引き取ってこう言った。
「何も自分のそのしわだらけの首なんぞ突っ込まなくたって、知り合いの知り合いのそのまた知り合いの話だって、まるで見てきたように話すのがアイダじゃないか」
太ったエーデに向かって、白髪交じりのレダがうなずく。
「たとえ頭の中で作った話だって、アイダのようにホントらしく話せたらホントのことと同じだよ」
「私は作り話なんか一度もしたことはないよ」
私はは少し気を悪くして言った。
「価値があるのはほんとのことだけだからね」
「そうとも」
とみつくちのネルデが相槌を打った。
「ねえさん、あんたも卵をもらいに来たんだろ?」
太ったエーデがさっきの若いノル・ズーに声をかけた。
「そこは寒いだろう?火にお寄りよ」
白髪交じりのレダも手を上げて招いたが、若いノル・ズーはかすかに首を振っただけでみんなの輪に加わろうとはしなかった。
「そんな入口のそばにいたら、寝ている間にイザリ虫にがぶりとやられちまうよ」
「この頃は翼をもつ者が人里にも下りてくるようになったしね。気を付けるに越したことはない」
「ラ・ズーはニンゲンを食ったりしないよ」
と白髪交じりのレダが顔をしかめて言った。
「だって奴らは狂暴だと聞くよ。山狩りをしたほうがいいんじゃない?」
「片っ端から水をぶっかけて、弱らせてから檻に閉じ込めちゃえばいいんだよ」
みつくちのネルデの言葉に、みんなはどっと笑った。
「何を言うんだ。あいつらだってニンゲンなんだよ」
私はたまりかねて口を挟んだ。
「翼をもつ者がああなったのは卵祭りが始まってからさ。ラ・ズーが恋も結婚もできなくなったら、一体何のために生きればいい?」
適度な距離を保っていた時、翼をもつ者と翼をもたぬ者は共存していられた。ラ・ズーを危険な存在にしたのは、他でもない私たちノル・ズーなんだ。
「でもあいつらは物を作るのがうまいそうじゃないか。そういう仕事をしたらいいんじゃない? この火をつける便利な機械だって、ラ・ズーが作った物なんだろう?」
「それを作ってたラ・ズーはこのところ卵祭りに来てないんだよ。もう死んじまったんじゃないのかね」
と私は答えた。
「作り方を知ってる仲間はいないの?」
「あいつらは仲間を作らないからね」
「もったいないね。すごい発明なのに」
「仲間と協力すれば、社会はもっと良くなるのにね」
「そう思ってるのはエマをもたぬ者だけかもしれないよ。あんまり私たちの考えを押し付けちゃいけないよ。連中はとても自由なんだ」
「やけにラ・エマの肩をもつね。要するに自分勝手っていうことだろ」
「まあそうだけど、性格だからしょうがない。だって、エマをもつ者がいなければニンゲンは滅ぶんだからさ」
私が言うと、みんなわかったような分らないような顔をして黙った。
「卵祭りのおかげで、結婚するために塔を作るラ・ズーもいなくなっちまった。十年後には塔の作り方を知ってる者もいなくなるんじゃないかね」
私はこの国の行く末を思ってため息をついた。あの大きな塔だって、長い年月が経てばいつか朽ちるだろうに。
「ほら、クンツツが焼けたよ。あんたもどうだい」
太ったエーデが屈託のない笑顔を向けて、うまそうに焼けたクンツツをさっきの若いノル・ズーの手に押し付けた。
その時突然、洞穴の奥から、赤ん坊を抱いたノル・ズーが走り出てきた。
「ヨーデ!」
叱りつけるようなレダの声を合図にしたかのように、みんながわらわらと立ち上がって愚図のヨーデを取り押さえた。
「放して、放して」
「おやめ、その子をどうするつもりだい?」
狂ったようにもがくヨーデの腕から、みんなは赤ん坊を取り上げた。
「返して、返して」
荒れ狂うヨーデが、またほら穴の奥へ連れ去られてしまうと、みつくちのネルデが苦笑交じりに若いノル・ズーを振り向いた。
「驚いただろう? ヨーデは少し頭がイカれてるんだよ。立て続けに卵を亡くした上に……」
ほら穴の奥を気にするように、少し声を落として言った。
「今年孵ったヨーデの娘がエマをもつむすめだったんだ。私たちは祭りのついでに、赤ん坊を都に届けに行くところさ」
白髪交じりのレダが、新しく串に刺したクンツツを火にあぶりながら、
「運の悪い子だよ。初めて孵した卵だったのに」
と言った。
「その前の卵は、イザリ虫にやられちまった。その前の卵は腐ってた。……おや、この話はさっきアイダがしたかね?」
「けど、赤ん坊のためさ。都に行っておとうさまの卵を産むのが、エマをもつむすめにとっては一番の幸せなんだから」
そうだ、そうだとみんながうなずいた。
みんなの話を聞いているのかいないのか、若いノル・ズーは洞穴の入り口近くに座り、ぼんやり夜空を眺めていた。やがてその唇から異国的な旋律が流れ出した。
この草原いっぱいに紫の実が実ったら
私の恋はかなうだろう
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恋したことを悔やみはしない
闇の中に、か細い歌声が、低く物悲しく融け込んでいった。
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