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いくらなんでも、頭おかしい
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旅を続けて、二人はようやくオモイの森までやってきた。エマニの原が近づくにつれ、ヨンジンはいよいよ無口に、思いつめた様子になってきた。エマニの原に着いたらクフベツさまはどこかに行ってしまうかもしれないと思ったんだね。でもその話を蒸し返してクフベツさまを怒らせてしまうのも怖かった。それで、クフベツさまが本当はどうしたいのかも分からないまま、ずるずると旅を続けて来たんだ。
森の入り口の大きなイトリの木に、二人は今夜の宿りをとった。クフベツさまが逃げられないよう、うんと高い枝の上にね。
クフベツさまは日に日にヨンジンと旅を続けるのがつらくなってきた。ヨンジンと結婚したい気持ちと、したくない気持ちの間で揺れ動いていたんだ。
クフベツさまは死ぬこと自体もイヤだったけど、何というか、定められた運命に抗えないということが厭だったんだ。
(俺にはハルマヤおねえさまみたいに特別な才能もないし命を懸けるほどの夢もない。だからって卵を産んで死ぬのが俺の幸せだって誰が決めた?)
だからと言って、クフベツさまは翼をもたぬ者みたいに仲間で助け合って働くことにも興味がなかった。
(俺が生きてる意味って何なんだ? 俺には恋しかないのか? 卵を産まない俺には価値がないのか?)
そんなのイヤだ、とクフベツさまは思った。なぜイヤなのか分からないけどそんなのイヤだ。
愛してる、愛してるってヨンジンは言うけれど、それがどの程度なのかは確かめるすべがなかった。できれば自分が死んだ後も、ずっとずっと愛していてほしかった。だからどこまでやったら本当にヨンジンが怒るのか、確かめてみたい気持ちもあったかもしれないね。問題は、本当に怒らせてしまったあと、どう収拾をつけたらいいのかクフベツさまには分からないってことだった。つまり本気で怒らせたら取り返しがつかないってことなんだけど、そこまではわからなかったんだね。
(ああ、めんどくさっ!)
クフベツさまはイライラして頭を抱えた。
欲求不満のせいかもしれない。
あの夜以来、ずっと発情したままだった。
ヨンジンは枝に止まってうとうとと眠っている時は、少しの物音で目を覚ましてしまう。自分で慰めている時に目を覚まされたらと思うと、発情しても我慢するしかなかった。 このエマさえなければ、こんなに苦しむこともなかったのに……! 欲望にのたうち回りながらクフベツさまは自分の身を呪った。
ある夜ヨンジンが疲れて眠り込んだ時、クフベツさまはとうとう我慢の限界に達した。二人の寝ている木のうろから、中ほどでぽっきりと折れた枝が見えた。クフベツさまは何を思ったかその枝ににじり寄っていった。荒い息をつきながら折れた枝にまたがると、エマを押し当ててひと思いにねじ込んだ。あまりの痛みにクフベツさまの唇から低い呻きが漏れた。そうまでしないと、荒れ狂う欲望をなだめるすべがなかったんだ。エマに鋭いとげが刺さり、血がしたたり落ちた。
ヨンジンは驚いて目を覚ました。血が流れるのも構わず腰を振り続けるクフベツさまの姿を見て、一瞬ひるんだヨンジンは、それでもクフベツさまの体を抱え上げて枝を引き抜いた。
「何するんだ、エマが血だらけじゃないか」
ヨンジンは思わず声を荒げて怒鳴った。クフベツさまは底光りのする深紅の瞳でヨンジンをにらみつけ、
「お前は俺より、俺のエマが大事なんだな」
と言った。
「ええっ?」
ヨンジンはびっくりした。当たり前だけど、クフベツさまのエマとクフベツさまと、どっちが大事かなんて七面倒臭いことは考えたことがなかったんだ。
「やっぱりそうなんだ。愛とか何とか言ってるけど、本音はエマをもつむすめなら誰でもいいんだ」
うわ言のように言うと、クフベツさまは出血と痛みでぐったりと気を失った。ヨンジンはあわててクフベツさまを横たえると、エマに刺さったとげを抜き、ミワカゴの葉を探してきて傷に塗ってやった。
ヨンジンはクフベツさまが、けだものみたいに欲望に身を任せている姿に正直たじろいだ。今どきの言葉で言えばドン引きしたんだね。お城の連中にキチガイ扱いされてたと言ったことも思い出した。
(そんなに結婚したかったの? まあそれはわかるよ。俺だってしたいよ。でも俺が誘っても、何度も拒んだくせに……)
ヨンジンはクフベツさまのことがいよいよ理解できなくなってしまった。
(俺を好きだって言ったのは嘘で、本当はパパが好きなのか? )
ヨンジンはそう思いついて愕然とした。
(俺は翼がこんなだし、パパに比べたら全然世間知らずで頼りないし……)
それは、すごく、ありそうなことに思えた。
(あの時、エマニの原から、パパがクフベツをさらって逃げたんじゃなくて、連れてってほしいってクフベツが頼んだんじゃないのか?)
考え始めたら、疑いの気持ちが黒雲みたいにどんどんヨンジンの胸に広がってきて、もう止める方法がなかった。
(じゃあなんでここまで俺についてきた? 城から出たくて俺を利用したとか? )
ヨンジンはイヤな考えを必死で振り払おうとするようにかぶりを振ったが、無駄だった。
(ひょっとしたらどこかで俺から逃げだして、パパと会う約束をしてるのかも……)
殴られでもしたかのように鈍い痛みを感じてヨンジンは胸のあたりを手で押さえた。灰色の瞳が暗く陰った。
「よくもだましたな」
ヨンジンは血を吐くようにつぶやいた。
「パパのところへなんか、行かせないぞ。お前たちの思うつぼには、絶対にさせない。もう愛してくれなくてもいい、お前を死んでも手放すもんか」
ヨンジンの灰色の瞳から涙がポロリとこぼれた。
「お前はやっぱりおかしいよ。いくらなんでも頭おかしい……」
森の入り口の大きなイトリの木に、二人は今夜の宿りをとった。クフベツさまが逃げられないよう、うんと高い枝の上にね。
クフベツさまは日に日にヨンジンと旅を続けるのがつらくなってきた。ヨンジンと結婚したい気持ちと、したくない気持ちの間で揺れ動いていたんだ。
クフベツさまは死ぬこと自体もイヤだったけど、何というか、定められた運命に抗えないということが厭だったんだ。
(俺にはハルマヤおねえさまみたいに特別な才能もないし命を懸けるほどの夢もない。だからって卵を産んで死ぬのが俺の幸せだって誰が決めた?)
だからと言って、クフベツさまは翼をもたぬ者みたいに仲間で助け合って働くことにも興味がなかった。
(俺が生きてる意味って何なんだ? 俺には恋しかないのか? 卵を産まない俺には価値がないのか?)
そんなのイヤだ、とクフベツさまは思った。なぜイヤなのか分からないけどそんなのイヤだ。
愛してる、愛してるってヨンジンは言うけれど、それがどの程度なのかは確かめるすべがなかった。できれば自分が死んだ後も、ずっとずっと愛していてほしかった。だからどこまでやったら本当にヨンジンが怒るのか、確かめてみたい気持ちもあったかもしれないね。問題は、本当に怒らせてしまったあと、どう収拾をつけたらいいのかクフベツさまには分からないってことだった。つまり本気で怒らせたら取り返しがつかないってことなんだけど、そこまではわからなかったんだね。
(ああ、めんどくさっ!)
クフベツさまはイライラして頭を抱えた。
欲求不満のせいかもしれない。
あの夜以来、ずっと発情したままだった。
ヨンジンは枝に止まってうとうとと眠っている時は、少しの物音で目を覚ましてしまう。自分で慰めている時に目を覚まされたらと思うと、発情しても我慢するしかなかった。 このエマさえなければ、こんなに苦しむこともなかったのに……! 欲望にのたうち回りながらクフベツさまは自分の身を呪った。
ある夜ヨンジンが疲れて眠り込んだ時、クフベツさまはとうとう我慢の限界に達した。二人の寝ている木のうろから、中ほどでぽっきりと折れた枝が見えた。クフベツさまは何を思ったかその枝ににじり寄っていった。荒い息をつきながら折れた枝にまたがると、エマを押し当ててひと思いにねじ込んだ。あまりの痛みにクフベツさまの唇から低い呻きが漏れた。そうまでしないと、荒れ狂う欲望をなだめるすべがなかったんだ。エマに鋭いとげが刺さり、血がしたたり落ちた。
ヨンジンは驚いて目を覚ました。血が流れるのも構わず腰を振り続けるクフベツさまの姿を見て、一瞬ひるんだヨンジンは、それでもクフベツさまの体を抱え上げて枝を引き抜いた。
「何するんだ、エマが血だらけじゃないか」
ヨンジンは思わず声を荒げて怒鳴った。クフベツさまは底光りのする深紅の瞳でヨンジンをにらみつけ、
「お前は俺より、俺のエマが大事なんだな」
と言った。
「ええっ?」
ヨンジンはびっくりした。当たり前だけど、クフベツさまのエマとクフベツさまと、どっちが大事かなんて七面倒臭いことは考えたことがなかったんだ。
「やっぱりそうなんだ。愛とか何とか言ってるけど、本音はエマをもつむすめなら誰でもいいんだ」
うわ言のように言うと、クフベツさまは出血と痛みでぐったりと気を失った。ヨンジンはあわててクフベツさまを横たえると、エマに刺さったとげを抜き、ミワカゴの葉を探してきて傷に塗ってやった。
ヨンジンはクフベツさまが、けだものみたいに欲望に身を任せている姿に正直たじろいだ。今どきの言葉で言えばドン引きしたんだね。お城の連中にキチガイ扱いされてたと言ったことも思い出した。
(そんなに結婚したかったの? まあそれはわかるよ。俺だってしたいよ。でも俺が誘っても、何度も拒んだくせに……)
ヨンジンはクフベツさまのことがいよいよ理解できなくなってしまった。
(俺を好きだって言ったのは嘘で、本当はパパが好きなのか? )
ヨンジンはそう思いついて愕然とした。
(俺は翼がこんなだし、パパに比べたら全然世間知らずで頼りないし……)
それは、すごく、ありそうなことに思えた。
(あの時、エマニの原から、パパがクフベツをさらって逃げたんじゃなくて、連れてってほしいってクフベツが頼んだんじゃないのか?)
考え始めたら、疑いの気持ちが黒雲みたいにどんどんヨンジンの胸に広がってきて、もう止める方法がなかった。
(じゃあなんでここまで俺についてきた? 城から出たくて俺を利用したとか? )
ヨンジンはイヤな考えを必死で振り払おうとするようにかぶりを振ったが、無駄だった。
(ひょっとしたらどこかで俺から逃げだして、パパと会う約束をしてるのかも……)
殴られでもしたかのように鈍い痛みを感じてヨンジンは胸のあたりを手で押さえた。灰色の瞳が暗く陰った。
「よくもだましたな」
ヨンジンは血を吐くようにつぶやいた。
「パパのところへなんか、行かせないぞ。お前たちの思うつぼには、絶対にさせない。もう愛してくれなくてもいい、お前を死んでも手放すもんか」
ヨンジンの灰色の瞳から涙がポロリとこぼれた。
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