エマをもつむすめ

ぴょん

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パパならさっさとヤッちゃうのにさ

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「俺がこの七年どんな気持ちでいたと思うんだ。クフベツは俺の気持ち、全然分かってないんだな」
ヨンジンは振り絞るように言った。
「じゃあヨンジンは俺の気持ちが分かるって言うのか?」
クフベツさまは語気鋭く言い返した。
「大体俺がいつ、お前と一緒にエマニの原に帰るなんて言った?」
「えっ、」
ヨンジンは途端にうろたえた。
「か、帰らないの?」
「帰るわけないだろ、なに勝手に夢見てんだよ」
ヨンジンが慌てたのが小気味よくてクフベツさまは言いつのった。まだ帰らないと決心してたわけじゃなかったけど、売り言葉に買い言葉だった。
「俺は自由に生きたいんだ。あんな所へ戻ったら、それこそ死ぬまで出てこられない」
それは本音だった。
「俺は一人で生きていく。翼をもたぬ者ノル・ズーみたいに、仲間同士で協力して物売りをしたりしてさ……」
これはただの思い付きだった。
「それって自由なの? それに仲間同士で協力って、お前にそんなことできる?」
ヨンジンは思わずバカにしたように笑ったが、すぐまた弱々しい口調で
「ていうか俺は? 俺がいなくてもいいの?」
とすがるように言った。

確かに考えてみればクフベツさまはみんなと協力して生活するなんてできそうもなかった。
「お前なんか、片羽のくせに」
図星をさされた悔しさで、クフベツさまは言い放った。
「言っとくけど、俺は結婚するつもりなんかないから」
ヨンジンは絶望のどん底に突き落とされたような顔をした。
「どうして? 俺のこと、あ……」
言いかけて、ヨンジンは目をそらしてごにょごにょと言葉を濁した。『愛』っていう単語がどうしても言えないらしい。
「いや、お前のことは、す……」
好きだけど、と言おうとして、クフベツさままで急に恥ずかしくなって言葉を濁した。
「俺は愛してる」
ヨンジンは開き直ったように真っ赤になりながら怒鳴った。クフベツさまも何とか気持ちを立て直して、
「だから別にお前と結婚したくないとかじゃなくて、誰とも結婚したくないんだよ」
と言った。
「だって、愛してるんだ」
ヨンジンはまるで愛がすべてを解決するというようにそればかり繰り返す。クフベツさまはうんざりした。
(愛とかそういう問題じゃないのに。もしかして、バカなんじゃないか? 俺、本当にこんな奴が好きなの?)

卵を産むことへの恐怖はもちろんのこと、クフベツさまの胸にはいろんな気持ちが渦巻いていた。
七年間も放っておかれた恨み。
本当はヨンジンと結婚したくてたまらないことの恥ずかしさ。
パパに犯されて何度も絶頂に達したことへのうしろめたさ。
あの夏の日の思い出を、美しいまま取っておきたい気持ち。
……でも、子供みたいなヨンジンに、こんな複雑な気持ちが分かってもらえるとは思えない。
(何て言えばわかってもらえるんだろう)
クフベツさまはヨンジンを見た。ヨンジンももどかしそうにクフベツさまを見つめ返した。

ヨンジンの目を見ると、クフベツさまはもうダメだ。その淡い灰色の瞳から、どうしても目をそらすことができなくなってしまう。クフベツさまはヨンジンの砂色の髪に手を伸ばした。さらさらした毛先がほんのちょっと指に触れただけで、うれしさのあまり胸はでんぐり返りそうになり、エマは熱くしびれてくる。
見る見るうちにヨンジンの目が潤んで、頬に赤みが差してきた。あ、これ、マズいやつだ……クフベツさまは焦った。何か言わないと。
「逆にお前こそノル・ズーの仲間になってもやっていけそうだな。人から好かれるし。その翼、全部切っちゃえば?」
張り詰めた空気を何とかしようと軽口をたたくと、ヨンジンは恨めしそうな目でクフベツさまを見た。
「なんでそんなこと言うの? 自分で切れるわけないだろ」
「そんなことないよ。こうすれば切れるだろ」
クフベツさまはネコみたいにしなやかに体をひねって背中に腕を回して見せた。
「自分に翼がないからって、無茶言うな」
とヨンジンは口を尖らせた。
確かに自分で翼を切るってことは難しい。慣れ親しんだ自分を捨てるってことだからね。痛みは大したことないんだ。翼は痛覚が鈍いからね。要は全然違う自分として生きていけるのかってことさ。場合によっては死ぬより怖いことかもしれない。一度切り落とした翼は元には戻せないんだからね。ノル・ズーみたいになりたいって、口で言うのは簡単さ。ニンゲンは普通、自分で自分を変えることはできないんだ。
「俺、ニンゲンは嫌いだよ。クフベツと二人きりで暮らしたい」
だって俺は卵を産んだら死んじゃうんだぞ、と言いかけて、クフベツさまは言葉を飲み込んだ。それを言ってしまったら、結婚は諦めろと言っているようなものだ。複雑なんだけど、クフベツさまの心の中には、結婚したくないのと同じくらい、結婚したい気持ちもあったんだ。
「俺だって翼はこんなだし、一人で育ったからコミュ障だし……」
ヨンジンはいじけたようにつぶやいた。やっぱりこの奇妙な翼のことを気にしていたらしい。右が黒、左が白で、おまけに左の翼は半分ほどしかないんだからね。内弁慶なところのあるヨンジンは、人からじろじろ見られるのが嫌だったんだ。みんながヨンジンをじろじろ見るのは、目立つ翼のせいだけじゃなく、ヨンジンがとても美しいせいもあったんだけどね。

クフベツさまはニンマリ笑った。ヨンジンは恥ずかしがるけれど、クフベツさまにとってはこの奇妙な翼だって特別でかわいく思えた。どうしてって、それがヨンジンの翼だから。他の誰とも違っているところがかえって良かった
「お前のその翼ってたためないの? たたんだとこ、見たことないけど」
「たためるさ」
思ったとおり、ヨンジンはむきになって口を尖らせた。
「よく見てろ」
ヨンジンはそう言うと、まず素早く右の翼をたたんでからそろそろと左の翼をたたみ始めた。それというのも切り落とされていびつな形で成長が止まってしまったもんだから、ヨンジンの左の翼はたたんだ時に羽根が引っかかってうまく形がまとまらないことがあるんだ。きれいに翼をしまうためには、ゆっくり順番に内側の羽根からたたんでいかなくちゃいけない。一度くちゃくちゃにたたんでしまうと、今度は広げる時も一苦労だった。面倒臭いから枝にとまった姿勢で寝る時は、左の翼は広げっぱなしにしている。さんざん苦労してようやくたたんだ左の翼は、それでも風切羽がひょこっと下からはみだしてしまっていた。
「わー、うまい、うまい」
どうだ、と言わんばかりに得意顔をしているヨンジンに、わざと大げさに感心して拍手までして見せてから、クフベツさまはハアとためいきをついた。なんだか子供のお守りをしているような気分になってきたんだ。

いっそのこと力ずくで犯してくれたらいいのに。そうすればすべてをヨンジンのせいにできるのに。パパだったらそうしただろう。力ずくで犯されたなら、ただ一度の恋のために卵を産んで死んでいくことも、諦めて受け入れることができるのに。
(なんでこいつは俺に決断させようとするんだろう。おとうとだから? それとも俺に嫌われるのがイヤだとか? 俺を傷つけたくない? どっちにしてもそんなの保身のための言いわけじゃないか……)
「お前って、パパとは大違いだな」
クフベツさまはため息をついて思わず嫌味を言った。
「パパならグズグズ言ってないで、さっさとヤッちゃうのにさ」
ヨンジンが優柔不断なのにイライラして、そんなことを言ったまでさ。でも、その効果は絶大だった。
ヨンジンは一瞬、ぽかんと口を開けた。
「やるって、何を?」
クフベツさまは、しまった、という顔をして目をそらした。きょとんとしていたヨンジンの顔が、次第にこわばってきた。
そして、突然に理解したんだ。
パパはさっさとヤッちゃったんだってことを。
つまりクフベツさまは、さらわれてた間に、パパと結婚したんだってことを。

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