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そんな卵なら、なおさら産んでやるもんか
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眼下に広がる畑も、小川も、山も蹴り飛ばしてヨンジンは空を駆けた。
ようやくクフベツさまを取り戻したのだ!
ヨンジンにとって、それは世界を手に入れたのと同じことだった。
かわいそうなアーユーラのことなんて、もちろん思い出しもしなかった。一刻も早く恋の続きがしたかった。一刻も早くエマニの原に帰って、誰にも邪魔されずに2人で暮らしたかった。いつまでも、いつまでも。
日が暮れる頃、ようやく疲れを覚えて、ヨンジンは手ごろな木に舞い降りた。
木の枝の上にいったんクフベツさまを座らせておいて、大きな木のうろの中に枯れ葉を敷き詰めて寝床を整えると、クフベツさまをうやうやしく横たえた。それからようやくしげしげとクフベツさまを見つめた。
逃げるのに必死で、まだろくに顔も見ていなかったんだ。ヨンジンはそっとため息をついた。クフベツさまはあの頃のまま、いいや、はるかに美しくなっていた。
ヨンジンは口を開いて何か言おうとした。
「あ……」
そこまで言って、ヨンジンは真っ赤になって言葉に詰まってしまった。
「愛してる」
蚊の鳴くような声で、やっとそう言ったが、あまりに声が小さくてクフベツさまには聞こえなかったみたいだった。まあいいや、と、ヨンジンは思った。そんなことくらいクフベツさまだってわかってるはずだし、言葉にしたら七年間の思いがかえって安っぽくなる気がした。翼をもつ者はたいていしゃべるのは苦手なんだ。
一方、クフベツさまは茫然としていた。
おとうさまの巣の中で見たおねえさまたちの姿が目に焼き付いて離れなかった。
新しいおひめさまが来たとたんに捨てられるおひめさま。
卵を宿し、果てしない坂を上っていくやつれた顔。
目をそむけたくなるほど醜く膨れ上がったお腹。
産卵を終えて事切れても翼をもつ者たちに犯され続けていた、しなびた体……。
(俺は結婚なんかしたくない。卵なんか産みたくない……)
この七年間、クフベツさまはヨンジンに恋焦がれてきた。けれどクフベツさまが思い描いていたのは、幼いヨンジンの無邪気な笑顔だった。大人になったヨンジンは、顔立ちもきつく声も低くなって、なんだか怖かった。淡い灰色の瞳は昔と変わらず美しかったけれど、幼さが消えて近寄りがたかった。
さっきヨンジンは狂暴な翼をもつ者の群れの中にアーユーラを置き去りにした。別に悪気はなくて、何も考えてないだけかもしれないけれど、きっと同じ無頓着さで、クフベツさまのことも考えないに違いない。
卵を産むのがどれほどの苦行か、エマをもつむすめがどんなふうに死んでいくのか……。
愛している、というヨンジンの言葉には、もちろん嘘はないだろう。答えなかったのは聞こえなかったからではない。受け入れるのがためらわれたのだ。ヨンジンの愛を受け入れたら、結婚しなければならない。そうしたら自分は卵を産んで、死ななければならない……。
クフベツさまが死んだら、きっとヨンジンは身も世もなく嘆くだろう。だけどそれだけのことだ。気が済むまで悲しみにくれたら、また新しいラ・エマが欲しくなるに決まっている。クフベツさまの産んだ卵の中にきっと1匹いるはずのエマをもつむすめ、ヨンジンはその子を育てて、大きくなったら自分のものにするだろう。クフベツさまを愛したように、その子を愛するだろう……パパがそうしたように。
(そんな卵なら、なおさら産んでやるもんか)
クフベツさまはまだ産んでもいないその卵に嫉妬した。自分はたった一度恋をして死んでいくのに、不公平だと思った。
ヨンジンはしばらく黙ってもじもじしていたが、意を決したように口を開いた。
「エマニの原に帰ったら結婚しよう。お前のために立派な巣を作るから」
ヨンジンは膝立ちでおずおずとクフベツさまに近づくと、抱きしめようとした。
「いや!」
クフベツさまは反射的にヨンジンの手を振り払った。ヨンジンはショックを受けたように一瞬身を引いたが、めげずにもう一度身を寄せてきて背中に手を回した。
「イヤって、言ってるだろ」
本気の怒りがにじんだ声だった。今度はヨンジンが茫然とした。
「どうして……?」
「立派な巣を作る? それのどこが俺のためなんだ。自分のためだろ」
クフベツさまは言ってしまってからヨンジンの顔を不安そうに盗み見た。マジギレされたらどうしよう。力でかなうわけがない。
「ごめんなさい、でも俺、ずっと……お前と一緒に帰りたくて……」
しどろもどろで謝るヨンジンの表情は昔のままだった。フベツさまは少しほっとした。
「それよりお腹すいた」
クフベツさまはわざと不機嫌に言った。気がつけば一日中何も食べていなかった。ヨンジンは立ち上がることもできないくらい気落ちしていたけれど、その言葉を聞くとよろよろと飛び立って食べ物を探しに行った。
二人は旅を続けた。クデカの都から離れるにつれ、クフベツさまの気持ちも落ち着いてきた。その夜の宿りに落ち着いて、おいしい物をお腹いっぱい食べたあとなんかは、いろいろな話をするくらいにはなってたんだ。
「ところで七年も何してたんだ?」
とクフベツさまが聞いた。
「俺、お城じゃ大変な思いをしたんだぞ。もっと早く迎えに来てくれればよかったのに」
「大変な思いって?」
「まあ、いろいろ……」
発情しすぎてキチガイ扱いされ、牢屋につながれていたなどとはさすがに言えなくてクフベツさまは言葉を濁した。
「俺、長いこと飛べなかったんだ」
ヨンジンは断ち切られた左の翼をかばうようにそっと撫でた。
「翼をやられた時に背中も切られて、けっこう深手を負ったんだよ」
「そうだ、聞こうと思ってたんだ」
クフベツさまは今更のように尋ねた。、
「その翼、どうしたんだ?」
ようやくクフベツさまを取り戻したのだ!
ヨンジンにとって、それは世界を手に入れたのと同じことだった。
かわいそうなアーユーラのことなんて、もちろん思い出しもしなかった。一刻も早く恋の続きがしたかった。一刻も早くエマニの原に帰って、誰にも邪魔されずに2人で暮らしたかった。いつまでも、いつまでも。
日が暮れる頃、ようやく疲れを覚えて、ヨンジンは手ごろな木に舞い降りた。
木の枝の上にいったんクフベツさまを座らせておいて、大きな木のうろの中に枯れ葉を敷き詰めて寝床を整えると、クフベツさまをうやうやしく横たえた。それからようやくしげしげとクフベツさまを見つめた。
逃げるのに必死で、まだろくに顔も見ていなかったんだ。ヨンジンはそっとため息をついた。クフベツさまはあの頃のまま、いいや、はるかに美しくなっていた。
ヨンジンは口を開いて何か言おうとした。
「あ……」
そこまで言って、ヨンジンは真っ赤になって言葉に詰まってしまった。
「愛してる」
蚊の鳴くような声で、やっとそう言ったが、あまりに声が小さくてクフベツさまには聞こえなかったみたいだった。まあいいや、と、ヨンジンは思った。そんなことくらいクフベツさまだってわかってるはずだし、言葉にしたら七年間の思いがかえって安っぽくなる気がした。翼をもつ者はたいていしゃべるのは苦手なんだ。
一方、クフベツさまは茫然としていた。
おとうさまの巣の中で見たおねえさまたちの姿が目に焼き付いて離れなかった。
新しいおひめさまが来たとたんに捨てられるおひめさま。
卵を宿し、果てしない坂を上っていくやつれた顔。
目をそむけたくなるほど醜く膨れ上がったお腹。
産卵を終えて事切れても翼をもつ者たちに犯され続けていた、しなびた体……。
(俺は結婚なんかしたくない。卵なんか産みたくない……)
この七年間、クフベツさまはヨンジンに恋焦がれてきた。けれどクフベツさまが思い描いていたのは、幼いヨンジンの無邪気な笑顔だった。大人になったヨンジンは、顔立ちもきつく声も低くなって、なんだか怖かった。淡い灰色の瞳は昔と変わらず美しかったけれど、幼さが消えて近寄りがたかった。
さっきヨンジンは狂暴な翼をもつ者の群れの中にアーユーラを置き去りにした。別に悪気はなくて、何も考えてないだけかもしれないけれど、きっと同じ無頓着さで、クフベツさまのことも考えないに違いない。
卵を産むのがどれほどの苦行か、エマをもつむすめがどんなふうに死んでいくのか……。
愛している、というヨンジンの言葉には、もちろん嘘はないだろう。答えなかったのは聞こえなかったからではない。受け入れるのがためらわれたのだ。ヨンジンの愛を受け入れたら、結婚しなければならない。そうしたら自分は卵を産んで、死ななければならない……。
クフベツさまが死んだら、きっとヨンジンは身も世もなく嘆くだろう。だけどそれだけのことだ。気が済むまで悲しみにくれたら、また新しいラ・エマが欲しくなるに決まっている。クフベツさまの産んだ卵の中にきっと1匹いるはずのエマをもつむすめ、ヨンジンはその子を育てて、大きくなったら自分のものにするだろう。クフベツさまを愛したように、その子を愛するだろう……パパがそうしたように。
(そんな卵なら、なおさら産んでやるもんか)
クフベツさまはまだ産んでもいないその卵に嫉妬した。自分はたった一度恋をして死んでいくのに、不公平だと思った。
ヨンジンはしばらく黙ってもじもじしていたが、意を決したように口を開いた。
「エマニの原に帰ったら結婚しよう。お前のために立派な巣を作るから」
ヨンジンは膝立ちでおずおずとクフベツさまに近づくと、抱きしめようとした。
「いや!」
クフベツさまは反射的にヨンジンの手を振り払った。ヨンジンはショックを受けたように一瞬身を引いたが、めげずにもう一度身を寄せてきて背中に手を回した。
「イヤって、言ってるだろ」
本気の怒りがにじんだ声だった。今度はヨンジンが茫然とした。
「どうして……?」
「立派な巣を作る? それのどこが俺のためなんだ。自分のためだろ」
クフベツさまは言ってしまってからヨンジンの顔を不安そうに盗み見た。マジギレされたらどうしよう。力でかなうわけがない。
「ごめんなさい、でも俺、ずっと……お前と一緒に帰りたくて……」
しどろもどろで謝るヨンジンの表情は昔のままだった。フベツさまは少しほっとした。
「それよりお腹すいた」
クフベツさまはわざと不機嫌に言った。気がつけば一日中何も食べていなかった。ヨンジンは立ち上がることもできないくらい気落ちしていたけれど、その言葉を聞くとよろよろと飛び立って食べ物を探しに行った。
二人は旅を続けた。クデカの都から離れるにつれ、クフベツさまの気持ちも落ち着いてきた。その夜の宿りに落ち着いて、おいしい物をお腹いっぱい食べたあとなんかは、いろいろな話をするくらいにはなってたんだ。
「ところで七年も何してたんだ?」
とクフベツさまが聞いた。
「俺、お城じゃ大変な思いをしたんだぞ。もっと早く迎えに来てくれればよかったのに」
「大変な思いって?」
「まあ、いろいろ……」
発情しすぎてキチガイ扱いされ、牢屋につながれていたなどとはさすがに言えなくてクフベツさまは言葉を濁した。
「俺、長いこと飛べなかったんだ」
ヨンジンは断ち切られた左の翼をかばうようにそっと撫でた。
「翼をやられた時に背中も切られて、けっこう深手を負ったんだよ」
「そうだ、聞こうと思ってたんだ」
クフベツさまは今更のように尋ねた。、
「その翼、どうしたんだ?」
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