エマをもつむすめ

ぴょん

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せめて一言、ごめんって言えたら

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デグーはオルさまを抱いたまま高く舞い上がると、激しく全身を震わせた。

と思うと、たちまち脱力して地面に落ちた。

まだ猛り立っているエマをびくびくと痙攣しているオルさまの体から引き抜くと、その場にオルさまの死体を転がしたまま、デグーは息を整える間もなく塔の頂に向かって飛び立っていった。

木の陰に隠れて見守っていたアーユーラは、まだ膝ががくがく震えるのを抑えながらオルさまの死体に近づいた。
(塔の頂の扉から、中に入れる……)
オルさまの言葉を思い出しながら、アーユーラは恐る恐る死んだオルさまの体をまさぐった。腰ひもにしっかりとくくりつけられた鍵束が手に触れた。
(今なら、クフベツさまを逃がせる)
アーユーラは震える手で鍵束をオルさまの腰ひもから外すとヨンジンの元へ急いだ。

塔の頂へと急ぎながら、デグーはあの夏のことを思い出していた。幼い姉弟と暮らした、あの最後の夏を。

目もくらむような濃紫だった。
エマニの実が一面に生ったんだ。
前夜まで薄紫色の可憐な花がつつましく咲いていたと思ったら、一夜明けると草原を塗りつぶしたようなド派手な色がどこまでもどこまでも広がっていた。

デグーは魂を抜かれたように草原の真ん中に突っ立っていた。
ここに来てから一度も雨が降らなかったこと、恐ろしい虫もいない豊かな草原……うわさに聞いたエマニの原そのものだったのに、どうして今まで気づかなかったんだろう。
一度は諦めた夢が突如として目の前に現れたことに、デグーはしばし茫然としていた。

我に返った時は、夢中で実を摘んでは袋に詰め込んでいた。幼い姉弟のことなんか、頭から消し飛んでいた。

袋がいっぱいになった時、デグーは腰が抜けたようになってその場にへたり込んだ。
(クデカの都へ行かなきゃ、いや、その前にあいつらに別れを言っていかなきゃ……何て言おう? これがエマニの実だって、都へ行って大金持ちになるんだって……? 実は渡さないって言われたらどうしよう。あいつらカネは欲しがらないとしても、俺を引き留めるためにゴネるんじゃないか? いっそ何も言わずにこのまま行ってしまおうか……)
迷いながらも、デグーは小屋の方へ歩き始めた。ひどく腹が減っていた。
(こんなにあるんだ、少しくらいいいだろ)
エマニの実をひとつかみ頬張った。
奇妙な味がした。頭がくらくらしてきて、デグーはよろめいた。

小屋の前で、子供たちが、物珍しそうにエマニの実を指につまんで眺めているのが見えた。
2人が実を口に運ぶ。
ヨンジンがクフベツさまに覆いかぶさり、2人の体は丈の高い草に埋もれて見えなくなった。草むらが激しく揺れた。
おいやめろ、毒かもしれないぞ、この実はなんだかヤバい……
叫ぼうとしたが、声がうまく出なかった。

気がついた時は、デグーはクフベツさまの上に馬乗りになってめちゃくちゃに犯していた。傍らにヨンジンが倒れているのがちらりと見えた。だがヨンジンを気遣うどころではない。クフベツさまの幼いエマを突き上げるたびに初めての快感が脳天まで貫き、耳がぐわんぐわんと鳴った。

次に気がついた時には、クフベツさまの中に果てたあとだった。どうやら気絶していたらしい。慌てて身を起こすと、クフベツさまは何も映していないような瞳をポッカリと開けたまま、人形のようにぐったりとしていた。
デグーはハッとして振り向いた。倒れたヨンジンのそばにデグーが肌身離さず身に着けていた小刀が落ちていて、ヨンジンの左の翼がバッサリと切り落とされていた。翼を切った時についたらしい背中の傷からどくどくと血が流れだして辺りの草を濡らしていた。
(俺が、やったのか……)
自分の所業に愕然とする間もなかった。デグーは小刀とエマニの実の詰まった袋を取り上げると、片腕にクフベツさまを掻き抱いたまま、大地の裂け目に向かって一目散に飛び去った――高く、高く。

とうに忘れたつもりでいたのに、ヨンジンのことを思うとデグーの胸にちりッと焼けるような痛みが走った。
(あいつ、死んだのかな)
ぐったりと動かないヨンジンの姿がまぶたに浮かんだ。
(あんなに血が出てたものな。でも、すぐに手当てしてたら、助かったんじゃ……)
デグーの口許に自嘲するような笑いがちらっと浮かんだ。
(後悔ってやつか? フン、俺らしくないぜ……)
後悔する資格すら自分にはない。だけど……あの実さえ食べなければ、俺だって、あの子たちと静かに暮らしていたかもしれないのに……。
翼をもたぬ者ノル・ズーの連中は翼をもつ者ラ・ズーが一人でいるのが好きだと思ってるが、それは間違いだ。ラ・ズーだって一人が好きなわけじゃない。集団の中でいい子にしてるのが息苦しいだけさ。

子供たちからパパと呼ばれるとくすぐったいような気分になった。無条件に頼られるのがうれしかった。甘えん坊のかわいいヨンジン。臆病でわがままなクフベツ。ずっとお前たちと静かに暮らしていくつもりだった。あんなことするつもりじゃなかったんだ。せめて一言、ごめんって言えたら……。

柄にもなく物思いに沈みながら塔の頂に向かっている時、一羽の若い翼をもつ者ラ・ズーとすれ違った。ぼんやりしていたデグーはそいつとちょっとだけ羽根が触れ合ってしまった。
「あ、ごめん」

お互い気がせいていたから、振り返りもせず先を急いだ。。ちらりと目に映った翼は左が純白で右が漆黒だった。珍しい翼だな、と思ったのもつかの間、塔のてっぺんが近づいてきた。遠目から見た以上に大勢の翼をもつ者ラ・ズーがひしめいていて、緊張したデグーの頭からはたちまちさっき見た片羽のラ・ズーのことなど消し飛んでいた。

お互い気付かなかったけれど、こうしてすれ違ったのが最後で、デグーとヨンジンは二度と出会うことはなかったんだ。
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