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ニンゲンが増えれば世界は繁栄すると思っていた
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「お前が私の後ろ盾についてるって、みんなに知らせたいんだ。そうすればもっと私への信頼度が高まる」
ある日オルさまが持ちかけた。
「いや、俺は人前に出るのは性に合わないんだ」
とツォルガは言ったが、
「頼む、一度だけでいいんだ。そうでないとみんなに信じてもらえないだろ。何もしゃべらなくていいから」
オルさまに拝み倒されて渋しぶ承諾した。
ツォルガが翼をもたぬ者たちの前に姿を現したのは二度目の弓の大会の時だった。ツォルガが政治の表舞台に出たのはこれが最初で最後だった。
「おとうさまこそ世界で最も強い翼をもつ者である。おとうさまの優れた子孫を残して世界の繁栄を実現しようではないか。世界のどこかにエマをもつむすめがいたら知らせてほしい。生まれた卵は諸君に平等に配ることにする」
ツォルガを紹介し、ついでに卵祭りの宣伝をすると、エマをもつむすめも自主的に集まってきた。
エマをもつむすめは翼をもつ者と同じように、大人になると群れにいるのが息苦しくなる。だが単独で行動していると辺りをうろついているラ・ズーに襲われて犯される。それが怖くて隠れるように暮らしているうち、けっこう年をとってしまう者もいた。
世界一強いラ・ズーと結婚できるという謳い文句は、エマをもつむすめたちの心を惹きつけたのだ。
「エマをもつむすめをこんなに集めてくるとは思わなかったな」
「それほど難しいことじゃないさ」
オルさまは内心得意だったが何でもないようなふりをした。
「なんだよ、私を信じてなかったのか?」
「いや、そういうわけじゃないけどさ。一人連れてこられればいいほうだと思ってた」
「これから毎年だって連れてきてやるよ。そのうち卵も産まれるだろうし、そうしたらどんどんニンゲンがこの都に集まるようになる」
「好きなのを選んでいいのか?」
ツォルガは満更でもなさそうにずらりと並んだむすめたちを見た。
「いや、年をとっていそうな順に結婚してくれ」
ツォルガはちょっとがっかりしたような顔をした。
「だってあまり年をとっちゃうと、いい卵を産めないかもしれないからさ」
とオルさまは頼んだ。
ツォルガは諦めたように、一番年上に見えるエマをもつむすめを連れて塔にこもった。
オルさまはツォルガを数日間そっとしておくことにした。結婚の邪魔をしちゃ悪いと思ったんだ。結婚の間は巣に蓄えてあるエマニの実を食べればいいから、食料も運ばなかった。
数日後の朝行ってみると、ツォルガはエマをもつむすめを抱いたまま死んでいた。
「おとうさまが動かなくなっちゃったの」
ツォルガの体の下でエマをもつむすめが鼻にかかった甘い声でせがんだ。
「早く新しいおとうさまを連れてきて」
それを聞いた瞬間、オルさまはカッとなって腰に佩いていた短刀でラ・エマののど元を掻き切った。エマをもつむすめは物も言わずに絶命した。オルさまは冷たくなったツォルガの体に取りすがって泣いた。
「すまない、ツォルガ。こんなことになるなら好きなむすめを選ばせてやればよかった。自由なお前をこの巣に引き留めて、私の考えばかり押し付けてしまった……」
ツォルガを失った痛手はあまりに大きかった。オルさまは政治にのめり込んだ。それが使命なのだと自分に言い聞かせた。
おとうさまがいなくては卵が生まれないので、新しい翼をもつ者を水をぶっかけて連れてきた。それで死ぬ奴もいたが、そんな弱いラ・ズーは必要なかった。
スワダナが初めての卵を産んだ頃から、北の森にいる翼をもつ者がエマをもつむすめの匂いに引き寄せられて塔に集まるようになってきた。毎年同じ時期に卵祭りが開けるようになった。
一度転がり始めた岩が勢いを増していくように、もう世界の動きをオルさまの一存で止めることはできなかった。ここまでスムーズに事が運ぶとはオルさま自身も思っていなかった。ニンゲンは増え、都は栄えた、卵祭りは毎年盛況を博した。
あとはエマニの原さえ見つければ、ツォルガに話した理想郷が完成するというところまでたどり着いたのだ。
今のオルさまを見たらツォルガは何と言うだろう。
「お前、翼をもたぬ者のくせにすごい奴だな」
と、言ってくれるだろうか。
ツォルガを引き留めるための苦肉の策ではあったけれど、自分の理想が間違っていたとは今も思っていなかった。ニンゲンの繁栄のために精いっぱい頑張ってきたつもりだった。
けれど疑いをさしはさむ声は純朴な翼をもたぬ者の間からも出始めていた。
「世界一強いとはいえ、翼をもつ者がそんなに長生きするものかね?」
「顔を見せたのも一度きりじゃないか」
「そんなに年をとっても、いい卵を産ませられるのかね。最近の卵の質の悪いことと言ったら……」
皮肉なことに卵祭りのおかげででラ・ズーとノル・ズーの交流が増え、翼をもつ者の生態がノル・ズーの間で少しずつ知られるようになってきたのだ。ラ・ズーが翼をもたぬ者よりはるかに短命だということも……。
卵の質もツォルガが産ませたものと比べると劣っていた。
翼をもつ者たちは、どうせ自分は結婚できないだろうという諦めからある者は捨て鉢に、ある者は無気力になり、ある者はエマをもつむすめを求めるあまりキチガイみたいになった。様々なほころびが生じ始めていた。
オルさまは最近、、自分が何のために働いているのかわからなくなる時があった。
ツォルガ、と、オルさまは心の中で呼びかけた。
ニンゲンが増えれば世界は繁栄すると思っていた。なのに、余計バラバラになっていくような気がするのはなぜだろうな。
ラ・ズーを社会に馴らそうなんて考えは、勝手な押し付けだったのかもしれない。『社会』とは、ノル・ズーのもので、ラ・ズーのものではないのだ。
ツォルガ、私はあの日から、ずいぶん遠くに来てしまった……。
(ツォルガ、教えてくれ。私はどこで立ち止まればいい?)
もしかしたらツォルガは、あの時自分の死期が近いことを悟っていたのかもしれない。旅に出ると言ったのは、オルさまに死ぬところを見せないためだったのかもしれない。ぶっきらぼうだが、思いやりのある奴だった。
いつもオルさまの突飛なアイデアに真面目に耳を傾けてくれた、唯一の理解者。ツォルガはオルさまの魂の片割れとでもいうべき存在だった。
ある日オルさまが持ちかけた。
「いや、俺は人前に出るのは性に合わないんだ」
とツォルガは言ったが、
「頼む、一度だけでいいんだ。そうでないとみんなに信じてもらえないだろ。何もしゃべらなくていいから」
オルさまに拝み倒されて渋しぶ承諾した。
ツォルガが翼をもたぬ者たちの前に姿を現したのは二度目の弓の大会の時だった。ツォルガが政治の表舞台に出たのはこれが最初で最後だった。
「おとうさまこそ世界で最も強い翼をもつ者である。おとうさまの優れた子孫を残して世界の繁栄を実現しようではないか。世界のどこかにエマをもつむすめがいたら知らせてほしい。生まれた卵は諸君に平等に配ることにする」
ツォルガを紹介し、ついでに卵祭りの宣伝をすると、エマをもつむすめも自主的に集まってきた。
エマをもつむすめは翼をもつ者と同じように、大人になると群れにいるのが息苦しくなる。だが単独で行動していると辺りをうろついているラ・ズーに襲われて犯される。それが怖くて隠れるように暮らしているうち、けっこう年をとってしまう者もいた。
世界一強いラ・ズーと結婚できるという謳い文句は、エマをもつむすめたちの心を惹きつけたのだ。
「エマをもつむすめをこんなに集めてくるとは思わなかったな」
「それほど難しいことじゃないさ」
オルさまは内心得意だったが何でもないようなふりをした。
「なんだよ、私を信じてなかったのか?」
「いや、そういうわけじゃないけどさ。一人連れてこられればいいほうだと思ってた」
「これから毎年だって連れてきてやるよ。そのうち卵も産まれるだろうし、そうしたらどんどんニンゲンがこの都に集まるようになる」
「好きなのを選んでいいのか?」
ツォルガは満更でもなさそうにずらりと並んだむすめたちを見た。
「いや、年をとっていそうな順に結婚してくれ」
ツォルガはちょっとがっかりしたような顔をした。
「だってあまり年をとっちゃうと、いい卵を産めないかもしれないからさ」
とオルさまは頼んだ。
ツォルガは諦めたように、一番年上に見えるエマをもつむすめを連れて塔にこもった。
オルさまはツォルガを数日間そっとしておくことにした。結婚の邪魔をしちゃ悪いと思ったんだ。結婚の間は巣に蓄えてあるエマニの実を食べればいいから、食料も運ばなかった。
数日後の朝行ってみると、ツォルガはエマをもつむすめを抱いたまま死んでいた。
「おとうさまが動かなくなっちゃったの」
ツォルガの体の下でエマをもつむすめが鼻にかかった甘い声でせがんだ。
「早く新しいおとうさまを連れてきて」
それを聞いた瞬間、オルさまはカッとなって腰に佩いていた短刀でラ・エマののど元を掻き切った。エマをもつむすめは物も言わずに絶命した。オルさまは冷たくなったツォルガの体に取りすがって泣いた。
「すまない、ツォルガ。こんなことになるなら好きなむすめを選ばせてやればよかった。自由なお前をこの巣に引き留めて、私の考えばかり押し付けてしまった……」
ツォルガを失った痛手はあまりに大きかった。オルさまは政治にのめり込んだ。それが使命なのだと自分に言い聞かせた。
おとうさまがいなくては卵が生まれないので、新しい翼をもつ者を水をぶっかけて連れてきた。それで死ぬ奴もいたが、そんな弱いラ・ズーは必要なかった。
スワダナが初めての卵を産んだ頃から、北の森にいる翼をもつ者がエマをもつむすめの匂いに引き寄せられて塔に集まるようになってきた。毎年同じ時期に卵祭りが開けるようになった。
一度転がり始めた岩が勢いを増していくように、もう世界の動きをオルさまの一存で止めることはできなかった。ここまでスムーズに事が運ぶとはオルさま自身も思っていなかった。ニンゲンは増え、都は栄えた、卵祭りは毎年盛況を博した。
あとはエマニの原さえ見つければ、ツォルガに話した理想郷が完成するというところまでたどり着いたのだ。
今のオルさまを見たらツォルガは何と言うだろう。
「お前、翼をもたぬ者のくせにすごい奴だな」
と、言ってくれるだろうか。
ツォルガを引き留めるための苦肉の策ではあったけれど、自分の理想が間違っていたとは今も思っていなかった。ニンゲンの繁栄のために精いっぱい頑張ってきたつもりだった。
けれど疑いをさしはさむ声は純朴な翼をもたぬ者の間からも出始めていた。
「世界一強いとはいえ、翼をもつ者がそんなに長生きするものかね?」
「顔を見せたのも一度きりじゃないか」
「そんなに年をとっても、いい卵を産ませられるのかね。最近の卵の質の悪いことと言ったら……」
皮肉なことに卵祭りのおかげででラ・ズーとノル・ズーの交流が増え、翼をもつ者の生態がノル・ズーの間で少しずつ知られるようになってきたのだ。ラ・ズーが翼をもたぬ者よりはるかに短命だということも……。
卵の質もツォルガが産ませたものと比べると劣っていた。
翼をもつ者たちは、どうせ自分は結婚できないだろうという諦めからある者は捨て鉢に、ある者は無気力になり、ある者はエマをもつむすめを求めるあまりキチガイみたいになった。様々なほころびが生じ始めていた。
オルさまは最近、、自分が何のために働いているのかわからなくなる時があった。
ツォルガ、と、オルさまは心の中で呼びかけた。
ニンゲンが増えれば世界は繁栄すると思っていた。なのに、余計バラバラになっていくような気がするのはなぜだろうな。
ラ・ズーを社会に馴らそうなんて考えは、勝手な押し付けだったのかもしれない。『社会』とは、ノル・ズーのもので、ラ・ズーのものではないのだ。
ツォルガ、私はあの日から、ずいぶん遠くに来てしまった……。
(ツォルガ、教えてくれ。私はどこで立ち止まればいい?)
もしかしたらツォルガは、あの時自分の死期が近いことを悟っていたのかもしれない。旅に出ると言ったのは、オルさまに死ぬところを見せないためだったのかもしれない。ぶっきらぼうだが、思いやりのある奴だった。
いつもオルさまの突飛なアイデアに真面目に耳を傾けてくれた、唯一の理解者。ツォルガはオルさまの魂の片割れとでもいうべき存在だった。
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