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おい、どこへ行く気だ。こいつを介抱してやらないのか
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「もういい、行け」
オルさまはアーユーラに手を振って追い払うような仕草をした。
「え? あっ、はい」
エマニの実のありかを厳しく問い詰められるだろうと覚悟していたアーユーラは拍子抜けして、けれど急いで歩きだした。オルさまの気が変わらないうちに、ヨンジンに報告に行こうと思ってね。
オルさまは歩み去っていくアーユーラから目を離さず、
「私はちょっと用ができた。さっきのは応急処置だから、きちんと傷の手当てをしてからハルマヤさまを塔までお連れしろ」
と傍らにいたワメールに言った。
「私がですか?」
「そうだ、アーユーラには任せられないからな。塔の入り口の鍵を開けて、ハルマヤさまを中に入れたら、また鍵を閉めておくだけでいい」
「それだけですか」
何か結婚の儀式のようなことでもあるのかと思っていたワメールは拍子抜けしたように言った。
「そうだ、一刻を争う。卵が産まれるのが遅れると困る。合鍵は持っているだろう?」
「はい、持ってます」
アーユーラが視界から消えぬうちにと、オルさまはそれ以上ワメールとハルマヤさまには構わずさっさと後を追った。
(ヨンジンという翼をもつ者、クフベツさまと一緒に育ったと言ったな。そのラ・ズーに聞けば、クフベツさまが生まれつきのエマをもつ者かどうか分かるかも……)
普通の翼をもたぬ者は成長するにしたがって羽根が抜け落ちるのに対して、おひめさまには生まれた時から翼がない。ヨンジンならそれを覚えているかもしれない。
(クフベツさまが生まれつきのエマをもつ者なら問題ない。幼くて卵を宿せなかっただけだろう。だが、偽のラ・エマだったらその時は……)
アーユーラを泳がせておけば、クフベツさまを手引きしてヨンジンという翼をもつ者に引き渡すだろう。
クフベツさまが追手の届かないところまで逃げのびた頃を見計らって、アーユーラを罪に問い、処刑してしまえばいいのだ。そうすればクフベツさまが偽物だったとしても、事実は闇から闇に葬り去られる。
オルさまはアーユーラが目障りだった。自分とは違ったやり方でお城の若いノル・ズーの信望を集めていることも、エマをもたぬ者のくせに愛がわかるなどと言うことも気にくわなかった。
(アーユーラ、お前は出しゃばりすぎた。卵祭りをここまでの大イベントにするために、私がどんな思いをしてきたかも知らないくせに……)
初めて卵祭りを開いてから、もうどのくらい経っただろうか。
振り向けば長い歳月が流れていたことに、オルさまは珍しく感傷を覚えた。
ある日、いつものように狩りをしていたオルさまは、森の外れに巨大な塔を発見したのだ。
まだ若かったオルさまは、それが翼をもつ者の巣だとは最初わからなかった。ラ・ズーの巣を見たことがないわけではなかったが、それが普通よりあまりにも大きかったからだ。その巨大さがオルさまの好奇心を刺激した。
(何だ、これは?)
普通の翼をもたぬ者だったら用心して近づかないような場所にも、乗り込んでいくのがオルさまだった。塔の周りを回ってみると、なんとか中に入れそうな穴が開いていた。オルさまはそこから中に潜り込んだ。腕試しのつもりだった。
塔の中に入ると、目の前には高い壁があって、その向こうで生き物が動いている気配が伝わってきた。オルさまは緊張しながら壁伝いに歩を進めた。
壁伝いに延びているその細い通路はゆるい勾配のスロープになっていて、塔の内壁をぐるぐると取り巻く形で頂に向かって続いていた。
塔の中は意外に明るかった。天井から日の光が細く差し込んでいた。飲み水や草の実を入れた桶がいくつか壁際に並んでいた。
オルさまは壁の低くなっている所からそっと中を覗き込んだ。
真っ黒な翼が目に飛び込んできた。翼をもつ者だ。そんなみごとな翼を見たのは初めてだった。
床にはうずたかく干し草が敷き詰められているようだった。ラ・ズーはオルさまに背を向けてうつぶせにかがみこんでいた。体の下に何か抱え込んでいる。
(あれは、翼をもたぬ者?)
オルさまは目を疑った。
(食われているのか?)
抑え込まれた翼をもたぬ者が身をよじり、荒い息をつきながら短い叫び声をあげた。生きている。
(翼をもつ者は狂暴だとは聞いていたが、ニンゲンも食うのか)
若いオルさまは勘違いした。当時はエマをもつ者がどうやって結婚するのか知らなかったんだ。
(助けねば……)
オルさまは急いで矢をつがえた。
(いや、射れば翼をもたぬ者まで傷付けてしまうかも)
オルさまは一瞬ためらった。その瞬間。
翼をもたぬ者を抱え込んだまま、干し草をまき散らし、ラ・ズーが高く高く舞い上がった。と、思ううちに、恐ろしい勢いで風を切って落ちてきた。
わけのわからない畏れにうたれてオルさまの足はがくがく震えた。
オルさまはとっさに壁際にあった桶をつかんだ。翼をもつ者は水に弱いと聞いたことがあった。オルさまは思い切りそいつに向かって水をぶちまけた。
ギャッと叫んでラ・ズーはぐったりと動かなくなった。
あまりのあっけなさにオルさまは一瞬茫然としたが、すぐに翼をもたぬ者に駆け寄った。
「大丈夫か!」
「俺は大丈夫だけど、ツォルガが……」
ノル・ズーは心配そうに翼をもつ者の顔を覗き込んで、自分の着ていた服で水を拭いてやっていた。
「食われそうになってたんじゃないのか?」
「違う。結婚してたんだ」
「お前、翼をもたぬ者だろ?」
「確かに翼はないけど、」
翼を持たぬ者は誇りを傷つけられたというように言い返した。
「ただのノル・ズーじゃない。俺はエマをもつむすめだ」
エマをもつむすめを見るのは初めてだった。どんなふうにしてラ・エマが結婚するのか、オルさまはその時初めて知ったんだ。
「こいつはもうダメだ。結婚で体力を使い果たしているし、羽根がこんなにぐっしょり濡れている」
エマをもつむすめは痛ましそうにラ・ズーの大きな翼をなでた。
「すまないことをした。襲われているのかと思って……」
オルさまはあわてて自分の服を脱ぐと、翼をもつ者の羽根についた水を丹念に拭き取り始めた。「俺はもう行くよ」
エマをもつむすめはふらりと立ち上がった。
「おい、どこへ行く気だ。こいつを介抱してやらないのか」
オルさまはあわてて呼び止めた。
「いいんだ。もう俺は目的を達した」
エマをもつ者の美しい黄金の髪の毛がふわりとなびいて、まるで後光が差しているように見えた。
エマをもつむすめは塔の天井を振り仰ぎ、小さな扉から洩れてくる細い光を指差した。
「俺、あそこに行って卵を産みたい」
オルさまはアーユーラに手を振って追い払うような仕草をした。
「え? あっ、はい」
エマニの実のありかを厳しく問い詰められるだろうと覚悟していたアーユーラは拍子抜けして、けれど急いで歩きだした。オルさまの気が変わらないうちに、ヨンジンに報告に行こうと思ってね。
オルさまは歩み去っていくアーユーラから目を離さず、
「私はちょっと用ができた。さっきのは応急処置だから、きちんと傷の手当てをしてからハルマヤさまを塔までお連れしろ」
と傍らにいたワメールに言った。
「私がですか?」
「そうだ、アーユーラには任せられないからな。塔の入り口の鍵を開けて、ハルマヤさまを中に入れたら、また鍵を閉めておくだけでいい」
「それだけですか」
何か結婚の儀式のようなことでもあるのかと思っていたワメールは拍子抜けしたように言った。
「そうだ、一刻を争う。卵が産まれるのが遅れると困る。合鍵は持っているだろう?」
「はい、持ってます」
アーユーラが視界から消えぬうちにと、オルさまはそれ以上ワメールとハルマヤさまには構わずさっさと後を追った。
(ヨンジンという翼をもつ者、クフベツさまと一緒に育ったと言ったな。そのラ・ズーに聞けば、クフベツさまが生まれつきのエマをもつ者かどうか分かるかも……)
普通の翼をもたぬ者は成長するにしたがって羽根が抜け落ちるのに対して、おひめさまには生まれた時から翼がない。ヨンジンならそれを覚えているかもしれない。
(クフベツさまが生まれつきのエマをもつ者なら問題ない。幼くて卵を宿せなかっただけだろう。だが、偽のラ・エマだったらその時は……)
アーユーラを泳がせておけば、クフベツさまを手引きしてヨンジンという翼をもつ者に引き渡すだろう。
クフベツさまが追手の届かないところまで逃げのびた頃を見計らって、アーユーラを罪に問い、処刑してしまえばいいのだ。そうすればクフベツさまが偽物だったとしても、事実は闇から闇に葬り去られる。
オルさまはアーユーラが目障りだった。自分とは違ったやり方でお城の若いノル・ズーの信望を集めていることも、エマをもたぬ者のくせに愛がわかるなどと言うことも気にくわなかった。
(アーユーラ、お前は出しゃばりすぎた。卵祭りをここまでの大イベントにするために、私がどんな思いをしてきたかも知らないくせに……)
初めて卵祭りを開いてから、もうどのくらい経っただろうか。
振り向けば長い歳月が流れていたことに、オルさまは珍しく感傷を覚えた。
ある日、いつものように狩りをしていたオルさまは、森の外れに巨大な塔を発見したのだ。
まだ若かったオルさまは、それが翼をもつ者の巣だとは最初わからなかった。ラ・ズーの巣を見たことがないわけではなかったが、それが普通よりあまりにも大きかったからだ。その巨大さがオルさまの好奇心を刺激した。
(何だ、これは?)
普通の翼をもたぬ者だったら用心して近づかないような場所にも、乗り込んでいくのがオルさまだった。塔の周りを回ってみると、なんとか中に入れそうな穴が開いていた。オルさまはそこから中に潜り込んだ。腕試しのつもりだった。
塔の中に入ると、目の前には高い壁があって、その向こうで生き物が動いている気配が伝わってきた。オルさまは緊張しながら壁伝いに歩を進めた。
壁伝いに延びているその細い通路はゆるい勾配のスロープになっていて、塔の内壁をぐるぐると取り巻く形で頂に向かって続いていた。
塔の中は意外に明るかった。天井から日の光が細く差し込んでいた。飲み水や草の実を入れた桶がいくつか壁際に並んでいた。
オルさまは壁の低くなっている所からそっと中を覗き込んだ。
真っ黒な翼が目に飛び込んできた。翼をもつ者だ。そんなみごとな翼を見たのは初めてだった。
床にはうずたかく干し草が敷き詰められているようだった。ラ・ズーはオルさまに背を向けてうつぶせにかがみこんでいた。体の下に何か抱え込んでいる。
(あれは、翼をもたぬ者?)
オルさまは目を疑った。
(食われているのか?)
抑え込まれた翼をもたぬ者が身をよじり、荒い息をつきながら短い叫び声をあげた。生きている。
(翼をもつ者は狂暴だとは聞いていたが、ニンゲンも食うのか)
若いオルさまは勘違いした。当時はエマをもつ者がどうやって結婚するのか知らなかったんだ。
(助けねば……)
オルさまは急いで矢をつがえた。
(いや、射れば翼をもたぬ者まで傷付けてしまうかも)
オルさまは一瞬ためらった。その瞬間。
翼をもたぬ者を抱え込んだまま、干し草をまき散らし、ラ・ズーが高く高く舞い上がった。と、思ううちに、恐ろしい勢いで風を切って落ちてきた。
わけのわからない畏れにうたれてオルさまの足はがくがく震えた。
オルさまはとっさに壁際にあった桶をつかんだ。翼をもつ者は水に弱いと聞いたことがあった。オルさまは思い切りそいつに向かって水をぶちまけた。
ギャッと叫んでラ・ズーはぐったりと動かなくなった。
あまりのあっけなさにオルさまは一瞬茫然としたが、すぐに翼をもたぬ者に駆け寄った。
「大丈夫か!」
「俺は大丈夫だけど、ツォルガが……」
ノル・ズーは心配そうに翼をもつ者の顔を覗き込んで、自分の着ていた服で水を拭いてやっていた。
「食われそうになってたんじゃないのか?」
「違う。結婚してたんだ」
「お前、翼をもたぬ者だろ?」
「確かに翼はないけど、」
翼を持たぬ者は誇りを傷つけられたというように言い返した。
「ただのノル・ズーじゃない。俺はエマをもつむすめだ」
エマをもつむすめを見るのは初めてだった。どんなふうにしてラ・エマが結婚するのか、オルさまはその時初めて知ったんだ。
「こいつはもうダメだ。結婚で体力を使い果たしているし、羽根がこんなにぐっしょり濡れている」
エマをもつむすめは痛ましそうにラ・ズーの大きな翼をなでた。
「すまないことをした。襲われているのかと思って……」
オルさまはあわてて自分の服を脱ぐと、翼をもつ者の羽根についた水を丹念に拭き取り始めた。「俺はもう行くよ」
エマをもつむすめはふらりと立ち上がった。
「おい、どこへ行く気だ。こいつを介抱してやらないのか」
オルさまはあわてて呼び止めた。
「いいんだ。もう俺は目的を達した」
エマをもつ者の美しい黄金の髪の毛がふわりとなびいて、まるで後光が差しているように見えた。
エマをもつむすめは塔の天井を振り仰ぎ、小さな扉から洩れてくる細い光を指差した。
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