エマをもつむすめ

ぴょん

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クフベツさまが本物でなかったとしたら

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オルさまはあの日を思い出していた。

エマニの実を献上したデグーを追って城を出たのは、オルさまを含めて6人だった。
あまり多すぎても尾行に気づかれてしまう。足が速く目のいい者を選りすぐったが、空を飛ぶ者を追いかけるのは並大抵のことではない。ましてデグーは人一倍みごとな翼を持っていた。
北の森に踏み込むと視界は一気に悪くなり、空にデグーの姿を見失わないだけで精いっぱいだった。一人遅れ、二人はぐれ、しまいにはオルさま1人となってしまった。

オルさまは生まれつきの翼をもたぬ者ノル・ズーではない。自然に羽根が抜ける前におかあさんに翼を切られたのだ。

オルさまはこの森の近くで生まれた。子供の頃は毎日のように駆け回った森だ。オルさまはもともと運動神経が良く、体を鍛えるのも好きだった。まるで自分の体を痛めつけるのが楽しいとでもいうようにオルさまは鍛錬に励んだ。ことに弓の腕前は素晴らしかった。子供の頃から自分で獲物を仕留めては食べていたからね。この森がオルさまの稽古場だった。
それから時が流れたとはいえ、森のどこが行き止まりでどこが崖か、手に取るようにわかっていたからこそ、オルさまはデグーについていくことができたんだ。

しばらく飛び続けて、デグーはようやくある木に舞い降りた。オルさまは弾む息を静めながら、今回も徒労だったな、と早くも半ば諦めの気持ちでいた。エマニの原は南部のオモイの森の中にあるということはわかっていたし、デグーが飛んできたのは北の森で、まるで方角が違っていた。
(きっとこいつもエマニの原に戻るつもりはないのだろう)
とオルさまは思った。だが見失ったわけでもないのに諦める気にもなれず、ここまで追ってきたのだ。

(今夜はこの木に宿りを取るらしいな)
それならばと、オルさまは木のよく見える場所に腰を下ろした。
しばらく見張っていると、木が上下に揺れているような気がした。オルさまは自分の目をこすった。疲れたせいかと思ったんだ。けれど目のせいじゃなかった。
その刹那、木がひときわ激しく揺れたかと思うと、木の葉をまき散らして翼をもつ者ラ・ズーが天高く舞い上がった!

それがエマをもつ者ラ・エマの結婚だということは知っていた。

翼をもつ者ラ・ズーは絶頂に達する時、おひめさまを抱いたまま空高く舞い上がる。胸に抱えていたのは幼い翼をもたぬ者ノル・ズーだった。

(あれが、七年前から行方不明のおひめさまか!)
オルさまは肌身離さず身に着けていた弓に矢をつがえたが、すんでのところで思いとどまった。今射ればおひめさままで傷付けてしまう。オルさまは木のそばでじっと待った。水を汲みにか、食べ物を探しにか、いずれにしろデグーがおひめさまのそばを離れる瞬間をね。

デグーがようやくその木から離れたのは、おひめさまを抱いて六回も続けざまに舞い上がったあとだった。矢をつがえたまま待ち受けていたオルさまはいい加減腕がだるくなっていたが、ふらふらになっているデグーを射落とすのは赤子の手をひねるより簡単だった。
オルさまは翼をもたぬ者ノル・ズーを木から抱き下ろすと、お城に連れて帰った。人々はオルさまの功績をたたえた。

けれど日を追うにつれ、オルさまの胸にはある疑念が兆してきた。

クフベツさまは本当にエマをもつ者ラ・エマなのか?

オルさまの目の前で繰り返しデグーと交わったというのに、クフベツさまは卵を宿した様子はなかった。

エマニの実を食べたエマをもたぬ者ノル・エマには、エマができる。

そんな言い伝えはオルさまも聞いたことがあった。デグーがクフベツさまにエマニの実を食べさせたから、エマができたのではないのか? 見かけはそっくりでも、卵を宿すことはできないのでは? それとも、単に幼すぎて卵を宿せなかったのだろうか。クフベツさまが七才だというのも、本人が言ったわけではない。ちょうど行方不明のおひめさまと同じような年格好に見えたからみんながそう思い込んだだけだ。

本物のおひめさまは今もどこかの洞窟に身を隠しているか、イザリ虫にでもやられてしまったのではないのか……?

もしクフベツさまが本物でなかったとしたら、卵を産めなかったとしたら、オルさまはまずい立場になる。罪もない翼をもつ者ラ・ズーを射殺して偽のおひめさまを連れ帰ったとなれば、責任を問われるだろう。

以前だったら翼をもつ者ラ・ズーを射殺すことなど何の罪にも問われなかっただろうが、卵祭りが始まってからは変わった。
「彼らも同じニンゲンだ。協力し合って世界を良くしていこう」というオルさま自身の政策で、翼をもつ者ラ・ズーの地位を向上させてきたのだ。オルさまは名声を失うことを恐れた。自分は特別な存在だということを、自分の築き上げた秩序を守ることによって確認し続けずにはいられなかったんだ。

思い余ったオルさまは、エマニの実を盗み出して口にした。オルさまの立場なら盗み出すことは簡単だった。アーユーラの身に起きたのと同じことが起こった。体にエマができたんだ。

オルさまはある夜森に出かけ、翼をもつ者ラ・ズーを探した。北の森には飢えたラ・ズーがハエのようにぶんぶん飛び回っていて、日が暮れてからエマをもつむすめが無防備に独りで歩き回っていれば、問答無用で襲ってくる。オルさまはわざと目立つように動き回った。
狙い通り、大きなイトリの木の下を通った瞬間、バサッと葉ずれの音がしてラ・ズーが襲いかかってきた。
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