エマをもつむすめ

ぴょん

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偽のエマしか持たぬお前に愛が分かるか?

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ハルマヤさまは手足をバタバタさせてもがいたが、噛み砕かれた実をオルさまの唾液ごと飲み込んでしまうと、不意におとなしくなった。

ハルマヤさまの頬が、見る見るうちに赤く火照ってきた。
額にじっとりと汗が浮かんでくる。そのせいで着物の襟から覗いた首から鎖骨まで油を塗ったようにてらてらと光り、ほつれ毛が張り付いてなまめかしかった。かわいらしい唇から甘い吐息が漏れた。

「おとうさまはどこ? ねえ、おとうさまのところへ、早く連れていって」
鼻にかかった切なげな声で、ハルマヤさまはねだった。ハルマヤさまのぱっちりした青い瞳は欲情に濡れてとろんとした光をたたえていた。

(これが恋……?)
アーユーラはあぜんとした。クフベツさまの狂態は何度か見かけたことがあったが、頭脳明晰で気取り屋のハルマヤさまがこんな姿を見せるとは、思ってもいなかった。

ハルマヤさまは続けざまに熱い吐息をつきながらうつろな目をさまよわせていたが、だしぬけに服の裾をまくり上げると自分のエマに指を突き立てた。
「あっ、いけません」
とっさに腕をねじりあげたワメールを信じられないほどの力で振り払い、再びエマに指をうずめようとする。止めようとしたワメールにハルマヤさまは体当たりをくらわした。
ワメールが不意を突かれてよろめいた隙に、壁から出ている作り付けの燭台の出っ張りにエマを押し当てて、ハルマヤさまは狂おしく腰を振り始めた。ひっきりなしに上ずった声をあげながら腰を揺する動きに合わせて、燭台がぎしぎしときしんで今にも壁からもげそうだ。
オルさまが後ろからハルマヤさまを慣れた手つきで羽交い絞めにした。
「ひもを貸せ」
ワメールが慌てて自分の髪を結いあげていたひもをほどいて渡すと、オルさまは器用にハルマヤさまを後ろ手に縛って床に蹴転がした。

(恋って、こんなに狂おしいものなんだ……)
アーユーラは茫然と、身もだえしているハルマヤさまを見つめた。自分がヨンジンに抱いた淡い憧れのような感情とはまるで違う、こんな情欲がエマをもつ者ラ・エマすべての体の奥底に潜んでいるのか。

(クフベツさまは7年間もこんなに焦がれ続けていたのね……。どんなにつらかっただろう)
アーユーラは同情したが、それでもやっぱり、その気持ちを自分が経験できないということが残念だった。

「エマニの実はこれだけではあるまい。これでは7年後まで持たぬ。隠すとためにならぬぞ」
アーユーラはこれ以上オルさまに脅されるままにすべてを白状してしまう気はなかった。自分を信じて実を託してくれたヨンジンに対して、それではあまりにすまない気がした。どうせ一度は捨てたつもりの命だ。アーユーラは勇気を奮い起こして言った。
「残りの実のありかは言えません」
「なんだと?」
「その実を持ってきた翼をもつ者ラ・ズーに言われたんです。クフベツさまと引き換えになら実を渡すと……」
「クフベツさま?」
オルさまの表情に驚愕が走った。
「その翼をもつ者ラ・ズーとは、もしかしてあのデグーか?」

アーユーラはきょとんとした。
「いいえ、ヨンジンという翼をもつ者ラ・ズーです」
デグーというラ・ズーなら、7年前にオルさま自身が射落としたんじゃなかっただろうか。オルさまへの恨みを抱いた幽霊が夜な夜な化けて出るとかいう、眉唾ものの噂は聞いたことがあるけれど……。この勇敢な翼をもたぬ者ノル・ズーが、そんなデマを信じて怯えているとでもいうのだろうか。

「そうとも、デグーのはずはない」
オルさまは自分に言い聞かせるように言った。

デグー、という名前を口にしたのは久しぶりだったが、その存在を忘れたことはなかった。
もちろん、幽霊が出るとかいうバカげた噂のせいなどではない。実を言えば殺したニンゲンならデグー以外にも何人かいた。
忘れられなかったのは、デグーとよく似た枯草色の髪と深い紫の瞳をもつ翼をもつ者ラ・ズーが、かつてオルさまのそばにいたからだった。

「今夜はご結婚で忙しい。お前の処分は明日考えるとしよう」
オルさまはたちまち元の無表情に戻って言った。
「クフベツさまをヨンジンに渡してやってください。卵なら心配ありません。ここではないどこかで二人は結婚して、いつか卵を産むでしょう」
「いつか、どこかではダメなのだ」
オルさまはにべもなく言った。
エマをもつ者ラ・エマが好き勝手な時に好き勝手な場所で卵を産んだら世界はどうなる? ある年は卵が増えすぎて食べる物がなくなり、ある年は卵が産まれずに食べ物が余る。ある場所は誰も住まなくなって荒れ果て、ある場所はニンゲンであふれる。今のように卵が毎年同じくらい生まれ平等に配られてこそ、世界は安定するのだ。それが秩序というものだ」
「でも二人は愛し合っているんです」
「愛?」
オルさまは嘲笑うようにアーユーラを見た。
「偽のエマしか持たぬお前に愛がわかるか?」
「わかります」
アーユーラは即座に答えた。
エマをもたぬ者ノル・エマが恋をしないなんて嘘です」

その目の光に気圧されてオルさまは思わず口をつぐんだ。
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