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これでようやくご結婚の準備が整いました
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アーユーラは元来た道を走りだした。
(せっかく憧れのおひめさまになれたんだから、どうせならヨンジンと結婚できたらいいのに)
そう思うとちりッと胸が痛んだ。
でも今はやれることをやるだけだ。ヨンジンが愛しているのはクフベツさまなんだから、余計なことを考えるのはよそう……。
アーユーラの顔を見ると、ハルマヤさまは待ちかねたように
「どうだった、あの翼をもつ者はエマニの実を持ってたかい?」
と聞いた。
「ハルマヤさま、指輪はお返しします」
アーユーラの差し出した指輪を見て、ハルマヤさまは落胆した表情をした。
「ダメだったのか」
「いいえ、エマニの実はもらえました。私がハルマヤさまの身代わりになります。ただヨンジン……あの翼をもつ者の名前ですけど、彼が欲しいのは指輪じゃなくてクフベツさまなんです。他には何も要らないって」
「クフベツを?」
ハルマヤは目を丸くした。
「『一緒に帰ろう』というのは、そういう意味だったんだな」
「はい。クフベツさまは子供の頃、ヨンジンと一緒に育ったんですって」
アーユーラは細かいいきさつをハルマヤさまに話した。
「とにかくハルマヤさまは私の服に着替えてください。一人では危ないから私のおかあさんのところまで連れていきます。ヨンジンのことはおかあさんに頼んであるから」
「わかった。首尾よく逃げられたら、俺もヨンジンに協力する」
「とにかく今夜結婚する前にお城を抜け出さないと。時間がありません」
アーユーラはハルマヤさまを急き立ててお城の外に向かった。
正面から出ると目立つと思い、通用口に向かったのが裏目に出た。一階へ下りる階段に向かう途中でばったりオルさまに出くわしてしまったのだ。
「アーユーラではないか。こんな所で何をしてる?」
オルさまはかすかに眉をしかめた。アーユーラとはどうも馬が合わなかった。理想を追求するオルさまに対して、アーユーラは調和を重んじた。正論で相手をねじ伏せようとするオルさまに対して、アーユーラは愛情で人を惹きつけた。
最初に都を建設するときにはオルさまの実行力が大いにものを言ったが、すべてが軌道に乗り始めた今ではアーユーラのほうが人望を集めていた。
「どこへ行く気だ。ハルマヤさまはエマニの実が手に入り次第今夜にでもご結婚なのだぞ」
オルさまは厳しい顔で問い詰めた。
「そのことでお願いがございます」
アーユーラはやおらその場にひれ伏した。
「私にハルマヤさまの代わりを務めさせてください」
「ハルマヤさまの代わりに結婚するとでも言うのか? エマをもたぬ者のお前が?」
オルさまはせせら笑った。
「いいえ、私はエマをもつ者です」
アーユーラは誇らしげに答えた。
「嘘を申すな。おひめさまは一年に一人しか生まれない」
「嘘だと思うなら、確かめてください」
オルさまは疑わしそうにアーユーラに近づくと、物も言わずに右手でアーユーラの着物の裾をまくり上げ、左手で片脚をつかんで持ち上げた。
「あっ」
バランスを失ってアーユーラはひとたまりもなく尻もちをついた。オルさまは明かりを近づけてアーユーラの体を調べた。生白い下腹からももにかけて、さっき流した血がまだべったりとこびり付いていた。
「確かにエマがある」
オルさまの表情が険しくなった。
「お前は生まれつきラ・エマだったのか? いつ、どこで生まれた?」
「生まれつきではありません」
アーユーラは素早く裾の乱れを直しながら言った。
「エマニの実を食べたらこうなりました」
「エマニの実だと? 手に入れたらすぐ献上するようにと言いつけたのを忘れたのか?」
オルさまの声に怒気がこもり、アーユーラは身をすくめた。
「それで、実をどうした? まさか残らず食べてしまったのではあるまいな」
「ここに……」
アーユーラは思わず持っていた実を差し出してしまった。
オルさまは素早く実をひっつかむと、
「ハルマヤさま、これでようやくご結婚の準備が整いました。一刻を争います、早く塔へ」
ハルマヤさまの肩を抱くようにしてせかした。ハルマヤさまはアーユーラの背中に隠れた。
「オルさま、私がハルマヤさまの代わりに参ります」
ハルマヤさまをかばうように、アーユーラが言うと、オルさまは憐れむような目でアーユーラを見た。
「アーユーラ、そのエマは偽物だ。形がそっくりなだけで、卵を宿すことはできないのだ」
「そんな……」
アーユーラは言葉を失ったが、諦めきれずに弱々しく抗弁した。
「卵を宿せないという証拠がありますか? やってみなければ、分からないじゃありませんか」
オルさまは冷たい目でアーユーラを見ると、傍らにいたワメールを差し招いた。
「ちょっとハルマヤさまを頼む」
ワメールにハルマヤさまを預けると、こっちへ来いとアーユーラに目で合図をした。
オルさまはアーユーラを従えて近くの小部屋に入った。
普段は道具置き場として使われている殺風景な部屋だ。今日は祭りのために椅子や酒樽を持ち出したためにがらんとしている。
こんな所に連れてきて何をする気だろう。不安になってきたアーユーラにオルさまが向き直り、やおら自分の裾をまくり上げた。
「見よ、私にもエマがある」
アーユーラは息をのんだ。さっき自分の体に出来たのとそっくり同じものがオルさまの体にもあったんだ。
(せっかく憧れのおひめさまになれたんだから、どうせならヨンジンと結婚できたらいいのに)
そう思うとちりッと胸が痛んだ。
でも今はやれることをやるだけだ。ヨンジンが愛しているのはクフベツさまなんだから、余計なことを考えるのはよそう……。
アーユーラの顔を見ると、ハルマヤさまは待ちかねたように
「どうだった、あの翼をもつ者はエマニの実を持ってたかい?」
と聞いた。
「ハルマヤさま、指輪はお返しします」
アーユーラの差し出した指輪を見て、ハルマヤさまは落胆した表情をした。
「ダメだったのか」
「いいえ、エマニの実はもらえました。私がハルマヤさまの身代わりになります。ただヨンジン……あの翼をもつ者の名前ですけど、彼が欲しいのは指輪じゃなくてクフベツさまなんです。他には何も要らないって」
「クフベツを?」
ハルマヤは目を丸くした。
「『一緒に帰ろう』というのは、そういう意味だったんだな」
「はい。クフベツさまは子供の頃、ヨンジンと一緒に育ったんですって」
アーユーラは細かいいきさつをハルマヤさまに話した。
「とにかくハルマヤさまは私の服に着替えてください。一人では危ないから私のおかあさんのところまで連れていきます。ヨンジンのことはおかあさんに頼んであるから」
「わかった。首尾よく逃げられたら、俺もヨンジンに協力する」
「とにかく今夜結婚する前にお城を抜け出さないと。時間がありません」
アーユーラはハルマヤさまを急き立ててお城の外に向かった。
正面から出ると目立つと思い、通用口に向かったのが裏目に出た。一階へ下りる階段に向かう途中でばったりオルさまに出くわしてしまったのだ。
「アーユーラではないか。こんな所で何をしてる?」
オルさまはかすかに眉をしかめた。アーユーラとはどうも馬が合わなかった。理想を追求するオルさまに対して、アーユーラは調和を重んじた。正論で相手をねじ伏せようとするオルさまに対して、アーユーラは愛情で人を惹きつけた。
最初に都を建設するときにはオルさまの実行力が大いにものを言ったが、すべてが軌道に乗り始めた今ではアーユーラのほうが人望を集めていた。
「どこへ行く気だ。ハルマヤさまはエマニの実が手に入り次第今夜にでもご結婚なのだぞ」
オルさまは厳しい顔で問い詰めた。
「そのことでお願いがございます」
アーユーラはやおらその場にひれ伏した。
「私にハルマヤさまの代わりを務めさせてください」
「ハルマヤさまの代わりに結婚するとでも言うのか? エマをもたぬ者のお前が?」
オルさまはせせら笑った。
「いいえ、私はエマをもつ者です」
アーユーラは誇らしげに答えた。
「嘘を申すな。おひめさまは一年に一人しか生まれない」
「嘘だと思うなら、確かめてください」
オルさまは疑わしそうにアーユーラに近づくと、物も言わずに右手でアーユーラの着物の裾をまくり上げ、左手で片脚をつかんで持ち上げた。
「あっ」
バランスを失ってアーユーラはひとたまりもなく尻もちをついた。オルさまは明かりを近づけてアーユーラの体を調べた。生白い下腹からももにかけて、さっき流した血がまだべったりとこびり付いていた。
「確かにエマがある」
オルさまの表情が険しくなった。
「お前は生まれつきラ・エマだったのか? いつ、どこで生まれた?」
「生まれつきではありません」
アーユーラは素早く裾の乱れを直しながら言った。
「エマニの実を食べたらこうなりました」
「エマニの実だと? 手に入れたらすぐ献上するようにと言いつけたのを忘れたのか?」
オルさまの声に怒気がこもり、アーユーラは身をすくめた。
「それで、実をどうした? まさか残らず食べてしまったのではあるまいな」
「ここに……」
アーユーラは思わず持っていた実を差し出してしまった。
オルさまは素早く実をひっつかむと、
「ハルマヤさま、これでようやくご結婚の準備が整いました。一刻を争います、早く塔へ」
ハルマヤさまの肩を抱くようにしてせかした。ハルマヤさまはアーユーラの背中に隠れた。
「オルさま、私がハルマヤさまの代わりに参ります」
ハルマヤさまをかばうように、アーユーラが言うと、オルさまは憐れむような目でアーユーラを見た。
「アーユーラ、そのエマは偽物だ。形がそっくりなだけで、卵を宿すことはできないのだ」
「そんな……」
アーユーラは言葉を失ったが、諦めきれずに弱々しく抗弁した。
「卵を宿せないという証拠がありますか? やってみなければ、分からないじゃありませんか」
オルさまは冷たい目でアーユーラを見ると、傍らにいたワメールを差し招いた。
「ちょっとハルマヤさまを頼む」
ワメールにハルマヤさまを預けると、こっちへ来いとアーユーラに目で合図をした。
オルさまはアーユーラを従えて近くの小部屋に入った。
普段は道具置き場として使われている殺風景な部屋だ。今日は祭りのために椅子や酒樽を持ち出したためにがらんとしている。
こんな所に連れてきて何をする気だろう。不安になってきたアーユーラにオルさまが向き直り、やおら自分の裾をまくり上げた。
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アーユーラは息をのんだ。さっき自分の体に出来たのとそっくり同じものがオルさまの体にもあったんだ。
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