エマをもつむすめ

ぴょん

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食べ物なんかいくらでもあるし、今だって遊んでるじゃん

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「俺はヨンジン」
「俺はクフベツ」
3人はたちまち仲良くなった。デグーは世界を旅してきたから、いろいろなことを知っていた。ヨンジンの羽根を調べて、
「ヨンジンは5歳ってとこだな」
と当ててみせた。
「どうして分かるの?」
「翼はだんだん成長して、7歳くらいで大人の大きさになるんだ。そのあと何度か抜け替わって真っ黒になる。お前の翼はそこまで大きくないし、まだ真っ白だからな」
「クフベツは?」
「クフベツは羽根がないから年はわからないな。いつ頃抜けたか覚えてる?」
二人はそろって首を振った。クフベツさまには生まれつき翼がなかったとも知らずにね。

実を言うと二人ともヨンジンが何歳なのか知らず、デグーの言うことが正しいのか分からなかったけれど、デグーが物知りなのにいたく感心してしまった。二人はデグーを『パパ』と呼んだ。古エマニ語で『先生』という意味の言葉だね。パパは何でも教えてくれた。

「俺はエマニの実を探す旅をしてきたんだ」
とデグーは言った。
「それはどんな実? 木の実なの?」
好奇心旺盛なヨンジンが聞くと、
「いや、草の実だ。俺も絵でしか見たことがないんだが、濃い紫色をしているから見ればすぐわかると思う」
とデグーは答えた。
「おいしいの?」
「さあな」
デグーは笑った。
「じゃあなんで探してるの?」
「それをお城に持っていくと、どんな望みでもかなえてくれるんだそうだ」
「望みって何?」
「欲しい物とか、やりたいことさ」
「何が欲しいの?」
「俺か? そうだなあ……」
そう言われて改めて考えてみると、別に何が欲しいってわけでもないような気がした。
「遊んで暮らせるだけのカネ、とか?」
「カネって何?」
「食べ物とかと交換できるモノだ」
ヨンジンは笑った。
「食べ物なんかいくらでもあるし、今だって遊んでるじゃん」
「確かにな」
デグーもおかしくなって笑った。
自分はエマニの実を探していると、ずっと思っていた。けれど本当は、何でもいいから旅をする目的が欲しかっただけなのかもしれない。

デグーは子供たちとの暮らしが気に入っていた。翼をもつ者ラ・ズーにしては長生きしたほうだ。旅から旅の暮らしに、若い頃と違って疲れを覚えはじめていたんだね。
デグーは小さな小屋を建てた。ずっとここで3人で暮らすつもりだったんだろう。手ごろな枝を切ってきて、丈夫な蔓で縛って組み立てる。デグーは小刀を一振り持っていて、器用に何でも作った。
「それ、見せて」
子供たちがねだった。
「気をつけろよ。刃を触るとケガするぞ」
子供たちは物珍しそうに、こわごわ小刀を触ってみた。ピカピカした金属の刃はエマニの原にはない物だった。

ある時ヨンジンが
「ねえパパ、イザリ虫って知ってる?」
と聞いた。
「ああ、知ってるよ」
「どんなもの?」
「こーんなに大きくて、全身に毛が生えてて、地を這う虫だ。卵が大好物で、油断してると盗んでいく。大きな顎を持ってて、噛みつかれたら死ぬこともあるから気をつけるんだぞ」
気をつけろと言っても、ここにはそんな恐ろしい虫はいないんだけどね。
「悪い虫なんだね」
ヨンジンはがっかりした顔をした。
「イザリ虫がどうかしたか?」
顔をのぞき込んだデグーに、ヨンジンはこう言った。
「俺の名前、昔の言葉でイザリ虫っていう意味なんだって。おかあさんが言ったんだ。もっといい名前つけてくれればいいのに」
「そうか」
デグーは困って頭を掻いた。横からクフベツさまが、
「でも、俺だってそうだよ。俺の名前は『腐った実』っていう意味だって、おかあさん言ってたもん」
「へえ、変な名前だな」
思わず言ってしまってから、クフベツさまがムッとしたような顔をしたのでデグーはしまったと思った。
「そうか、わかったぞ」
デグーはわざとらしく膝を叩いた。
「確か南部のほうでは、子供に悪い名前を付ける風習があるって聞いたことがある。きれいな子には『ブス』とか、頭のいい子には『バカ』とか……」
「どうして?」
「いい名前で呼ぶと、誰かがその子を欲しがって連れていくかもしれないだろ。悪い名前を付けると悪者にさらわれたり病気に取りつかれたりしないっていう迷信があるんだよ」
「めいしん?」
「うん。本当かどうか分からないけどそう信じられてるってことだ。おかあさんはお前たちを大切に思ってたってことさ」
そう言ってやると、2人の顔は明るくなった。

「おかあさんに、悪いことしたな」
ヨンジンがぽつりとつぶやいた。
「なんでだ?」
「死んだ所に、そのまま置いてきちゃった」
「そうか……」
デグーは少し考えこんだ。
「その場所、分かる?」
「飛びあがれば分かると思うよ。他に小屋なんかなかったから」
「じゃあ、今からでも戻って埋めてあげようか」
ヨンジンの顔にホッとしたような色が浮かんだ。その時、クフベツさまが言った。
「イヤだ」
「クフベツはイヤなの? なんで?」
デグーが優しく顔を覗き込むと、クフベツさまはうつむいて、死体怖いもん……と小さな声で言った。
「そうか、怖いよな」
デグーはうなずいた。
「じゃあ、俺とヨンジンで行ってくる。あとで埋めた所に連れてってあげるから、おかあさんにあいさつすれば?」
そう言うと、クフベツさまもやっと安心したようにうなずいた。

静かな日々がいつまでも続くかに思えた……次の夏が来るまでは。
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