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私でよければ、力になるけど……
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「おかあさん、おかあさん」
揺り起こされて私ははっと目を覚ました。ヨーデと交代で品物の見張りをしながら起きていたつもりだったのに、ついうとうとしていたらしい。
「アーユーラじゃないか。よく会いに来てくれたね」
私は娘の両手を取って叫んだ。
「ほら、ヨーデ、アーユーラねえさんだよ。お前は会うのは初めてだろう」
隣にいたヨーデを揺り起こすと、目をこすりながらツンガの上に横座りになって、
「ああ、これがアーユーラねえさん?」
と言って、照れたようにへらへら笑った。お行儀の悪い子だよ。
「初めまして、ヨーデ」
アーユーラはヨーデを軽く抱きしめてからうれしそうにじっと顔を見つめた。
「アーユーラねえさんはさあ、おとうさまに会ったことあるの?」
ヨーデは眠そうな声で聞いた。
「おとうさま? ないわねえ」
「なんで? お城で働いてるくせに」
「おとうさまはずっと塔の中にいるから、ちゃんと見た人はいないのよ」
「ご飯とか、持っていかないの?」
「持っていく係の人がいるけど、怖いから急いで食べ物だけ置いて逃げてきちゃうみたいよ」
「なんだ、つまんないの」
「どうして?」
「翼をもつ者ってみんな、さっきのラ・ズーみたいに美しいのかなと思って」
「さっきのラ・ズーって、卵配りに来た、あの?」
アーユーラは私の方を向いて聞いた。私はうなずいた。
「その翼をもつ者、どこに行ったか知らない? この近くの木にとまるのが見えたんだけど」
私はドキリとした。
「あの子、追われてるのかい?」
おひめさまがずらりと並ぶ卵祭りに翼をもつ者が現れたんだ。お城の者が警戒しても無理はない。
「違うわ。ちょっと用があって……」
「用って?」
「それはおかあさんにも言えないわ」
私は迷った。本当はヨンジンのことが気になって、あれからずっと目で捜していたんだ。一度飛び去ったと思ったけれど、卵を体にくくりつける布でも買いに行っていたんだろう。間もなくヨンジンは祭りの広場に戻ってきて、目立たないようにそっと木にとまった。卵をもらうだけが目的の旅ではなかったらしい。
「あの子が何かやらかしたのかい?捕まえるつもりなら教えられないね」
「何かやらかしたってわけじゃないのよ、捕まえに来たんじゃないわ。彼のこと、知ってるの?」
アーユーラは逆に聞いてきた。
「長旅で弱ってたから少し介抱してやっただけさ」
アーユーラは必死の面持ちで、
「お願い、何か知ってるなら教えて」
と言った。
他ならぬアーユーラの頼みだ。それにもし捕まえるためなら、飛び道具も持たせずアーユーラ一人でよこすはずがない。お城で働く者はおひめさまの警護のために弓矢をたしなむのが普通で、アーユーラもそれなりの腕前なんだ。
「エマニの実を売りに来たんだとさ。お前がお城に案内してやるといい。あの木にとまったのを見たよ」
「本当に? よかった」
アーユーラはホッとしたような顔をして、
「ありがとう、おかあさん」
もう一度私を軽く抱きしめると立ち上がった。
「そうだ、顔見知りなら一緒に来てくれない? 私だけで行くと逃げてしまうかも」
アーユーラはふと思いついたように言った。
「いいよ」
私も気になるので二つ返事でついていった。
「ヨンジン」
木の下から呼びかけると、ヨンジンが木の葉の間から少し顔をのぞかせた。怪訝そうな顔をしてこちらを見ている。
「さっき話したアーユーラだよ。お城でおひめさまのお世話をしてる。あんたに用があるんだって」
私の言葉が終わるのも待たず、木の葉をかき分けてヨンジンが舞い降りてきた。
「おひめさまって、クフベツの?」
ヨンジンはアーユーラの肩をつかんで顔を覗き込んだ。アーユーラは顔を真っ赤にしてどぎまぎしている。
「違うわ、ハルマヤさまのよ。アーユーラと申します」
ヨンジンは露骨にがっかりしたような顔をした。私は、ヨンジンが何か叫んだとき、クフベツさまが突然立ち上がったことを思い出した。
「クフベツさまを知ってるのかい?」
私が聞くと、ヨンジンはあわてたようにかぶりを振った。その様子が子供っぽくて、私は思わずほほえんだ。でも、知らないってことがあるもんか。まるで親しい相手みたいに、今『クフベツ』と呼び捨てにしたのを私は聞き逃さなかった。
「それじゃ、何の用ですか」
用心深い口調になってヨンジンがアーユーラに聞いた。
「あなた、エマニの実を売りに来たんでしょ?」
「エマニの実なら持ってます。でも、売りに来たわけじゃありません」
「売りに来たんじゃないの?」
「翼をもつ者のくせに、ただ卵が欲しくて来たわけじゃないだろ?」
好奇心が抑えきれなくなって私は口を挟んだ。
「オルさまって人に、直接お話しできませんか」
とヨンジンが言った。
「心付けが必要なら、この実を何粒か差し上げますから」
「ええ、私はその実を買い取りに来たの。オルさまは今夜はご結婚の準備で忙しいから、私が受け取るわ。この指輪と引き換えに……」
アーユーラはハルマヤさまの目論見には触れないようにごまかした。
「結婚って、誰が?」
ヨンジンがうろたえたように言った。
「ハルマヤさまさ。今日おひめさまが祭壇の前でずらっと並んで椅子に腰かけてただろう? あの中で一番年上なんだ」
私が代わりに答えると、ヨンジンはホッとしたようにため息をついた。
「俺、指輪は要りません。この実を差し出せば、どんな望みもかなえてもらえるって聞いたんだけど」
アーユーラはさっきからまるで目が釘付けになったみたいにヨンジンに見とれていた。あんなに間近であの淡い灰色の瞳で見つめられたんだから無理もないよ。ヨンジンの表情の一つ一つ、動作の一つ一つが、ため息が出るほど美しいんだから。
「オルさまに何をお願いしたいの?私でよければ、力になるけど……」
アーユーラはもじもじしながら言った。ヨンジンは言おうかどうしようかと長いことためらっているようだったが、意を決したように顔を上げてこう言った。
「この実と引き換えに、クフベツを返してほしいんです」
揺り起こされて私ははっと目を覚ました。ヨーデと交代で品物の見張りをしながら起きていたつもりだったのに、ついうとうとしていたらしい。
「アーユーラじゃないか。よく会いに来てくれたね」
私は娘の両手を取って叫んだ。
「ほら、ヨーデ、アーユーラねえさんだよ。お前は会うのは初めてだろう」
隣にいたヨーデを揺り起こすと、目をこすりながらツンガの上に横座りになって、
「ああ、これがアーユーラねえさん?」
と言って、照れたようにへらへら笑った。お行儀の悪い子だよ。
「初めまして、ヨーデ」
アーユーラはヨーデを軽く抱きしめてからうれしそうにじっと顔を見つめた。
「アーユーラねえさんはさあ、おとうさまに会ったことあるの?」
ヨーデは眠そうな声で聞いた。
「おとうさま? ないわねえ」
「なんで? お城で働いてるくせに」
「おとうさまはずっと塔の中にいるから、ちゃんと見た人はいないのよ」
「ご飯とか、持っていかないの?」
「持っていく係の人がいるけど、怖いから急いで食べ物だけ置いて逃げてきちゃうみたいよ」
「なんだ、つまんないの」
「どうして?」
「翼をもつ者ってみんな、さっきのラ・ズーみたいに美しいのかなと思って」
「さっきのラ・ズーって、卵配りに来た、あの?」
アーユーラは私の方を向いて聞いた。私はうなずいた。
「その翼をもつ者、どこに行ったか知らない? この近くの木にとまるのが見えたんだけど」
私はドキリとした。
「あの子、追われてるのかい?」
おひめさまがずらりと並ぶ卵祭りに翼をもつ者が現れたんだ。お城の者が警戒しても無理はない。
「違うわ。ちょっと用があって……」
「用って?」
「それはおかあさんにも言えないわ」
私は迷った。本当はヨンジンのことが気になって、あれからずっと目で捜していたんだ。一度飛び去ったと思ったけれど、卵を体にくくりつける布でも買いに行っていたんだろう。間もなくヨンジンは祭りの広場に戻ってきて、目立たないようにそっと木にとまった。卵をもらうだけが目的の旅ではなかったらしい。
「あの子が何かやらかしたのかい?捕まえるつもりなら教えられないね」
「何かやらかしたってわけじゃないのよ、捕まえに来たんじゃないわ。彼のこと、知ってるの?」
アーユーラは逆に聞いてきた。
「長旅で弱ってたから少し介抱してやっただけさ」
アーユーラは必死の面持ちで、
「お願い、何か知ってるなら教えて」
と言った。
他ならぬアーユーラの頼みだ。それにもし捕まえるためなら、飛び道具も持たせずアーユーラ一人でよこすはずがない。お城で働く者はおひめさまの警護のために弓矢をたしなむのが普通で、アーユーラもそれなりの腕前なんだ。
「エマニの実を売りに来たんだとさ。お前がお城に案内してやるといい。あの木にとまったのを見たよ」
「本当に? よかった」
アーユーラはホッとしたような顔をして、
「ありがとう、おかあさん」
もう一度私を軽く抱きしめると立ち上がった。
「そうだ、顔見知りなら一緒に来てくれない? 私だけで行くと逃げてしまうかも」
アーユーラはふと思いついたように言った。
「いいよ」
私も気になるので二つ返事でついていった。
「ヨンジン」
木の下から呼びかけると、ヨンジンが木の葉の間から少し顔をのぞかせた。怪訝そうな顔をしてこちらを見ている。
「さっき話したアーユーラだよ。お城でおひめさまのお世話をしてる。あんたに用があるんだって」
私の言葉が終わるのも待たず、木の葉をかき分けてヨンジンが舞い降りてきた。
「おひめさまって、クフベツの?」
ヨンジンはアーユーラの肩をつかんで顔を覗き込んだ。アーユーラは顔を真っ赤にしてどぎまぎしている。
「違うわ、ハルマヤさまのよ。アーユーラと申します」
ヨンジンは露骨にがっかりしたような顔をした。私は、ヨンジンが何か叫んだとき、クフベツさまが突然立ち上がったことを思い出した。
「クフベツさまを知ってるのかい?」
私が聞くと、ヨンジンはあわてたようにかぶりを振った。その様子が子供っぽくて、私は思わずほほえんだ。でも、知らないってことがあるもんか。まるで親しい相手みたいに、今『クフベツ』と呼び捨てにしたのを私は聞き逃さなかった。
「それじゃ、何の用ですか」
用心深い口調になってヨンジンがアーユーラに聞いた。
「あなた、エマニの実を売りに来たんでしょ?」
「エマニの実なら持ってます。でも、売りに来たわけじゃありません」
「売りに来たんじゃないの?」
「翼をもつ者のくせに、ただ卵が欲しくて来たわけじゃないだろ?」
好奇心が抑えきれなくなって私は口を挟んだ。
「オルさまって人に、直接お話しできませんか」
とヨンジンが言った。
「心付けが必要なら、この実を何粒か差し上げますから」
「ええ、私はその実を買い取りに来たの。オルさまは今夜はご結婚の準備で忙しいから、私が受け取るわ。この指輪と引き換えに……」
アーユーラはハルマヤさまの目論見には触れないようにごまかした。
「結婚って、誰が?」
ヨンジンがうろたえたように言った。
「ハルマヤさまさ。今日おひめさまが祭壇の前でずらっと並んで椅子に腰かけてただろう? あの中で一番年上なんだ」
私が代わりに答えると、ヨンジンはホッとしたようにため息をついた。
「俺、指輪は要りません。この実を差し出せば、どんな望みもかなえてもらえるって聞いたんだけど」
アーユーラはさっきからまるで目が釘付けになったみたいにヨンジンに見とれていた。あんなに間近であの淡い灰色の瞳で見つめられたんだから無理もないよ。ヨンジンの表情の一つ一つ、動作の一つ一つが、ため息が出るほど美しいんだから。
「オルさまに何をお願いしたいの?私でよければ、力になるけど……」
アーユーラはもじもじしながら言った。ヨンジンは言おうかどうしようかと長いことためらっているようだったが、意を決したように顔を上げてこう言った。
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