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結婚って、どういうことかわかるか?
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クフベツさまのところから戻ってきたハルマヤさまは明らかに興奮しているようだった。
「少し寝台でお休みになっては? エマニの実が届いたらすぐにでもご結婚なんですから」
アーユーラが勧めても、
「それどころじゃないんだ」
と言って部屋の中をぐるぐると歩き回っている。
ハルマヤさまはふと窓辺で立ち止まると、
「見ろ、片羽の翼をもつ者だ。あの木に留まった」
と言って、アーユーラを目で招いた。
「さっき卵配りに来たラ・ズーですね」
顔まではっきり見えたわけではないけれど、珍しいのですぐ分かった。左が純白、右が漆黒という翼も珍しいが、翼をもつ者が卵をもらうこと自体が珍しい。
都の近くの森にもラ・ズーはいるけれど、卵配りの時はみんな塔の頂に集まって卵を投げている。それが終わると祭りの様子を見物している。時には旅の途中で手に入れた物や、自分で発明したからくりを売る者もいるが、卵をもらいに来たラ・ズーは初めて見た。
「店を出してるわけでもなさそうなのに、まだこの辺りをうろうろしてたんですね。卵なんかもらって、育てられるのかしら」
「エマニの実を売りに来たんじゃないかな」
とハルマヤ様が言った。アーユーラは驚いてハルマヤさまの顔を見た。
「どうしてそう思うんです?」
「さっき祭壇で彼が叫んだ言葉を聞いただろ?」
「はい。何と言ったのかは分かりませんでしたけど」
「だろうね。あれは古エマニ語だもの」
「そうだったんですか」
さすがはハルマヤさま、とアーユーラはうなずいた。
「それで、何と言ったんです?」
「『一緒に帰ろう』……」
アーユーラは首をかしげた。
「どうしてそんなことを言ったんでしょうね。卵が無事に孵るようにとか、いい子になるようにとか、願い事を言うのが普通なのに」
ハルマヤさまはそれには答えずに、再び窓の外に目をやった。
「どうやら今夜はあの木で夜を明かすつもりらしいね。彼と交渉してきてくれないか?」
「何て交渉するんですか?」
「俺がエマニの実を買い取りたいと……」
「ハルマヤさまが?」
アーユーラは驚いた。
「そういう交渉事はオルさまに任せたらどうですか? あの翼をもつ者がエマニの原から来たらしいって、オルさまに教えてあげればいいんじゃないですか」
「エマニの実がオルさまの手に渡るとマズいんだ」
「どういうことです?」
「俺、結婚したくないんだ」
ハルマヤさまはアーユーラにすがるような目を向けた。
「結婚したくない?」
意外な言葉だった。翼をもたぬ者にとっては、恋も結婚も決してかなえられることのない夢だ。エマをもつ者にしか許されない夢。御多聞に漏れずアーユーラも結婚に憧れを抱いていた。
「世界で一番強い翼をもつ者と結婚できるんですよ。うれしくないんですか?」
「全然うれしくない」
ハルマヤさまは激しくかぶりを振った。
「エマニの実がオルさまの手に渡ったら、今夜結婚しなくちゃいけないんだろう? クフベツに協力してもらえばもっとすごい研究ができる。まだ結婚するわけにはいかないんだ」
「わがままをおっしゃっちゃいけません。恋も結婚も、おひめさまにしかできない特権じゃないですか。ハルマヤさまが結婚しなければ、みんな卵がもらえないんですよ。名誉ある大切なお仕事です。代われるものなら代わりたいくらいですよ」
「じゃ、代わってくれるか?」
「言ってみただけですってば。結婚するにはエマがないと、……」
ハルマヤさまの表情が意外に真剣だったので、アーユーラはたじろいだ。
「いろいろ調べてるうちに分かったんだ。エマニの実を食べると、エマをもたぬ者にもエマができるらしい」
私もその伝説は聞いたことがあったよ。エマニの実を食べると、エマをもたぬ者にもエマができる……もちろん私たちはエマニの実をこの目で拝んだことすらないんだから、噂を確かめようもない。でもお城で働いている者ならどうだろう? 厳重に管理されているとはいえ、1粒ちょろまかして試すことぐらいできるんじゃないかね。もし私がお城に勤めてたらやったかもしれない。私はとびきり好奇心の強いほうだからね。
「結婚したあと研究することはできないんですか?」
アーユーラは聞いた。
「結婚って、どういうことかわかるか?」
ハルマヤさまは逆に問い返してきた。アーユーラは答えられなかった。漠然と憧れを抱いていただけで、具体的にどういうものかなんて考えたことはなかった。無理もないさ。恋も結婚も一生自分には縁のないことなんだ……おひめさまじゃあるまいし。
ハルマヤさまはアーユーラが答えないので言葉を継いだ。
「これも調べてるうちにわかったんだ。結婚っていうのは、卵を産んで死ぬっていうことなんだよ」
「少し寝台でお休みになっては? エマニの実が届いたらすぐにでもご結婚なんですから」
アーユーラが勧めても、
「それどころじゃないんだ」
と言って部屋の中をぐるぐると歩き回っている。
ハルマヤさまはふと窓辺で立ち止まると、
「見ろ、片羽の翼をもつ者だ。あの木に留まった」
と言って、アーユーラを目で招いた。
「さっき卵配りに来たラ・ズーですね」
顔まではっきり見えたわけではないけれど、珍しいのですぐ分かった。左が純白、右が漆黒という翼も珍しいが、翼をもつ者が卵をもらうこと自体が珍しい。
都の近くの森にもラ・ズーはいるけれど、卵配りの時はみんな塔の頂に集まって卵を投げている。それが終わると祭りの様子を見物している。時には旅の途中で手に入れた物や、自分で発明したからくりを売る者もいるが、卵をもらいに来たラ・ズーは初めて見た。
「店を出してるわけでもなさそうなのに、まだこの辺りをうろうろしてたんですね。卵なんかもらって、育てられるのかしら」
「エマニの実を売りに来たんじゃないかな」
とハルマヤ様が言った。アーユーラは驚いてハルマヤさまの顔を見た。
「どうしてそう思うんです?」
「さっき祭壇で彼が叫んだ言葉を聞いただろ?」
「はい。何と言ったのかは分かりませんでしたけど」
「だろうね。あれは古エマニ語だもの」
「そうだったんですか」
さすがはハルマヤさま、とアーユーラはうなずいた。
「それで、何と言ったんです?」
「『一緒に帰ろう』……」
アーユーラは首をかしげた。
「どうしてそんなことを言ったんでしょうね。卵が無事に孵るようにとか、いい子になるようにとか、願い事を言うのが普通なのに」
ハルマヤさまはそれには答えずに、再び窓の外に目をやった。
「どうやら今夜はあの木で夜を明かすつもりらしいね。彼と交渉してきてくれないか?」
「何て交渉するんですか?」
「俺がエマニの実を買い取りたいと……」
「ハルマヤさまが?」
アーユーラは驚いた。
「そういう交渉事はオルさまに任せたらどうですか? あの翼をもつ者がエマニの原から来たらしいって、オルさまに教えてあげればいいんじゃないですか」
「エマニの実がオルさまの手に渡るとマズいんだ」
「どういうことです?」
「俺、結婚したくないんだ」
ハルマヤさまはアーユーラにすがるような目を向けた。
「結婚したくない?」
意外な言葉だった。翼をもたぬ者にとっては、恋も結婚も決してかなえられることのない夢だ。エマをもつ者にしか許されない夢。御多聞に漏れずアーユーラも結婚に憧れを抱いていた。
「世界で一番強い翼をもつ者と結婚できるんですよ。うれしくないんですか?」
「全然うれしくない」
ハルマヤさまは激しくかぶりを振った。
「エマニの実がオルさまの手に渡ったら、今夜結婚しなくちゃいけないんだろう? クフベツに協力してもらえばもっとすごい研究ができる。まだ結婚するわけにはいかないんだ」
「わがままをおっしゃっちゃいけません。恋も結婚も、おひめさまにしかできない特権じゃないですか。ハルマヤさまが結婚しなければ、みんな卵がもらえないんですよ。名誉ある大切なお仕事です。代われるものなら代わりたいくらいですよ」
「じゃ、代わってくれるか?」
「言ってみただけですってば。結婚するにはエマがないと、……」
ハルマヤさまの表情が意外に真剣だったので、アーユーラはたじろいだ。
「いろいろ調べてるうちに分かったんだ。エマニの実を食べると、エマをもたぬ者にもエマができるらしい」
私もその伝説は聞いたことがあったよ。エマニの実を食べると、エマをもたぬ者にもエマができる……もちろん私たちはエマニの実をこの目で拝んだことすらないんだから、噂を確かめようもない。でもお城で働いている者ならどうだろう? 厳重に管理されているとはいえ、1粒ちょろまかして試すことぐらいできるんじゃないかね。もし私がお城に勤めてたらやったかもしれない。私はとびきり好奇心の強いほうだからね。
「結婚したあと研究することはできないんですか?」
アーユーラは聞いた。
「結婚って、どういうことかわかるか?」
ハルマヤさまは逆に問い返してきた。アーユーラは答えられなかった。漠然と憧れを抱いていただけで、具体的にどういうものかなんて考えたことはなかった。無理もないさ。恋も結婚も一生自分には縁のないことなんだ……おひめさまじゃあるまいし。
ハルマヤさまはアーユーラが答えないので言葉を継いだ。
「これも調べてるうちにわかったんだ。結婚っていうのは、卵を産んで死ぬっていうことなんだよ」
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