エマをもつむすめ

ぴょん

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言っとくけど、その実を食べるのはやめといたほうがいいぞ

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「クフベツはああやってエマを触ると気持ちいいのかい?」
ハルマヤさまはズケズケと聞いた。
「触ってみたけど、俺は何とも感じないんだ。あとさっき中に指を突っ込んでなかった? 俺は痛くて入らないんだけど」
クフベツさまはきまりが悪そうに目をそらした。ハルマヤさまは気にするふうもなく、手にしていた古文書のようなものをぱらぱらとめくってその中のページを開いて見せた。
「この実を見たことはないかい? 俺はこの実について今調べているんだ」
それは長い莢に納まった濃い紫色の実の絵だった。

「その実……」
クフベツさまの目が、何かを思い出したように大きく見開かれた。
「その実を食べると、おかしな気分に……」
クフベツさまは思い出したくないというようにぎゅっと目をつぶった。
「やっぱり、食べたことがあるんだね」
ハルマヤさまは芝居がかった仕草でクフベツさまに一歩近づいた。
「それがどうした」
クフベツさまは敵意をむき出しにしてハルマヤさまを鋭くにらみつけた。ネコ科の猛獣のように大きくて鋭いその深紅の瞳には、見る者を釘付けにするような魅力があった。

「この文字の発音は突き止めたんだが、ところどころ分からない単語があってね。この絵の説明としてこう書いてあるんだが……」
ハルマヤさまはゆっくりとそこに書かれた言葉を読み上げた。
「わかるか?」
クフベツさまは黙ってうなずいた。
「お前、やっぱり古エマニ語がわかるんだな。教えてくれ、どういう意味だ?」
「この実をエマをもつ者ラ・エマが食べると恋をする。エマをもたぬ者ノル・エマが食べるとエマが生じる」
エマをもたぬ者ノル・エマが食べるとエマが生じる? どういう意味だ?」
「知るか」

ハルマヤさまは考え込む時の癖でしきりに耳たぶを引っ張りながら、「なるほど、そういうことか」「これは検証の価値があるな」などとぶつぶつ呟いていたが、ふと顔を上げてクフベツさまを見ると、
「素晴らしいぞ。お前の助けを借りれば俺の研究は大きな前進を遂げる」
と言った。

「おねえさまは俺がデタラメを言ってるとは思わないのか?」
クフベツさまはきょとんとして言った。
「信じない理由があるか? お前がエマニの原で生まれたっていうのは本当なんだろう?」
「生まれた場所の名前なんか知らないさ。昔の言葉は少し分かるけどね。ただ、ここでは俺の言うことをまともに受け取る奴なんかいないからさ」
クフベツさまは自嘲するように唇をゆがめて笑った。
「まるでキチガイ扱いだ」

クフベツさまはハルマヤおねえさまが羨ましかった。ぱっちりした青い瞳とあどけない笑顔はため息が出るほど美しい。変人で口は悪いけど、陰険なところがなくてさっぱりしている。何より語学の天才で、周囲から一目置かれてる。俺にも何か一つでも取り柄があればいいのに、とクフベツさまは思った。


「まあお前の発情した姿がちょっとキチガイじみて見えることは否定しないがね」
ハルマヤさまは苦笑しながら言った。
「さっき卵祭りで翼をもつ者ラ・ズーの叫んだ言葉、あれぐらいは俺にも聞き取れたのでね。『一緒に帰ろう』と言ったんだよな?」
クフベツさまはうなずいた。
「あれはお前に言ったんだろう? 知り合いか?」
「言っとくけど、その実を食べるのはやめといたほうがいいぞ」
「なんで?」
「その実を食べると、恋をする」
「恋っていうのはつまり、お前のキチガイじみた発情状態のことなんだな?」
「まあそうだけど……」
ハルマヤさまがキチガイ、キチガイと連呼するので、クフベツさまはちょっと嫌な顔をした。

「実は俺、結婚したことがあるんだ。おとうさま以外の翼をもつ者ラ・ズーと」
「へえ」
ハルマヤさまは興味をそそられたようだった。
「結婚について書いてある本は見たことないし、翼をもたぬ者ノル・ズーはもちろん何も知らないからな。これは興味深いぞ。で、どうだった?」
「まあ最初は痛いね。だんだん良くなってくるんだけどね」
「えっ何が? どんなふうに?」
ハルマヤさまが身を乗り出した。
「よく覚えてないし、うまく説明できないけど、とにかくエマが熱くなって、しょっちゅうしたくてたまらなくなる。それほどいいんだ」
「それは興味あるな。俺もぜひやってみたい」
「でも本当に気持ちいいのは、好きな奴と結婚した時だな」
「そんなにいろんな奴とやってんの?」
「そんなわけないだろ」
クフベツさまはすごい目でハルマヤさまをにらんだ。
「この城に連れてこられたら最後、俺たちが一歩もここから出られないことは知ってるくせに」

「ははあ、つまり卵祭りに来た翼をもつ者ラ・ズーだな。好きな奴ってあいつか?」
クフベツさまは赤くなって黙った。
「別に隠すことはない。俺だっておとなしくおとうさまと結婚するなんてまっぴらだからね」
ハルマヤさまはクフベツさまの反応を楽しむようにじろじろと無遠慮な視線を向けながら言った。
「おとうさまだけにエマをもつむすめを捧げるなんてオルさまが決めたのも、世界を思い通りに動かしたいからじゃないかと思うね。おとうさまを手なずけて得をするのは、結局オルさまなんだから」
「オルさまはいつも、強い翼をもつ者ラ・ズーを味方につけることでこの世から無益な争いをなくせるとか言ってるじゃないか。あの卵祭りの演説の時さ」
「そんなの口実だろ。そもそもおとうさまが今でも世界で一番強いっていう保証はないしね」
ハルマヤさまはしきりに耳たぶを引っ張りながら言った。
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