11 / 49
言っとくけど、その実を食べるのはやめといたほうがいいぞ
しおりを挟む
「クフベツはああやってエマを触ると気持ちいいのかい?」
ハルマヤさまはズケズケと聞いた。
「触ってみたけど、俺は何とも感じないんだ。あとさっき中に指を突っ込んでなかった? 俺は痛くて入らないんだけど」
クフベツさまはきまりが悪そうに目をそらした。ハルマヤさまは気にするふうもなく、手にしていた古文書のようなものをぱらぱらとめくってその中のページを開いて見せた。
「この実を見たことはないかい? 俺はこの実について今調べているんだ」
それは長い莢に納まった濃い紫色の実の絵だった。
「その実……」
クフベツさまの目が、何かを思い出したように大きく見開かれた。
「その実を食べると、おかしな気分に……」
クフベツさまは思い出したくないというようにぎゅっと目をつぶった。
「やっぱり、食べたことがあるんだね」
ハルマヤさまは芝居がかった仕草でクフベツさまに一歩近づいた。
「それがどうした」
クフベツさまは敵意をむき出しにしてハルマヤさまを鋭くにらみつけた。ネコ科の猛獣のように大きくて鋭いその深紅の瞳には、見る者を釘付けにするような魅力があった。
「この文字の発音は突き止めたんだが、ところどころ分からない単語があってね。この絵の説明としてこう書いてあるんだが……」
ハルマヤさまはゆっくりとそこに書かれた言葉を読み上げた。
「わかるか?」
クフベツさまは黙ってうなずいた。
「お前、やっぱり古エマニ語がわかるんだな。教えてくれ、どういう意味だ?」
「この実をエマをもつ者が食べると恋をする。エマをもたぬ者が食べるとエマが生じる」
「エマをもたぬ者が食べるとエマが生じる? どういう意味だ?」
「知るか」
ハルマヤさまは考え込む時の癖でしきりに耳たぶを引っ張りながら、「なるほど、そういうことか」「これは検証の価値があるな」などとぶつぶつ呟いていたが、ふと顔を上げてクフベツさまを見ると、
「素晴らしいぞ。お前の助けを借りれば俺の研究は大きな前進を遂げる」
と言った。
「おねえさまは俺がデタラメを言ってるとは思わないのか?」
クフベツさまはきょとんとして言った。
「信じない理由があるか? お前がエマニの原で生まれたっていうのは本当なんだろう?」
「生まれた場所の名前なんか知らないさ。昔の言葉は少し分かるけどね。ただ、ここでは俺の言うことをまともに受け取る奴なんかいないからさ」
クフベツさまは自嘲するように唇をゆがめて笑った。
「まるでキチガイ扱いだ」
クフベツさまはハルマヤおねえさまが羨ましかった。ぱっちりした青い瞳とあどけない笑顔はため息が出るほど美しい。変人で口は悪いけど、陰険なところがなくてさっぱりしている。何より語学の天才で、周囲から一目置かれてる。俺にも何か一つでも取り柄があればいいのに、とクフベツさまは思った。
「まあお前の発情した姿がちょっとキチガイじみて見えることは否定しないがね」
ハルマヤさまは苦笑しながら言った。
「さっき卵祭りで翼をもつ者の叫んだ言葉、あれぐらいは俺にも聞き取れたのでね。『一緒に帰ろう』と言ったんだよな?」
クフベツさまはうなずいた。
「あれはお前に言ったんだろう? 知り合いか?」
「言っとくけど、その実を食べるのはやめといたほうがいいぞ」
「なんで?」
「その実を食べると、恋をする」
「恋っていうのはつまり、お前のキチガイじみた発情状態のことなんだな?」
「まあそうだけど……」
ハルマヤさまがキチガイ、キチガイと連呼するので、クフベツさまはちょっと嫌な顔をした。
「実は俺、結婚したことがあるんだ。おとうさま以外の翼をもつ者と」
「へえ」
ハルマヤさまは興味をそそられたようだった。
「結婚について書いてある本は見たことないし、翼をもたぬ者はもちろん何も知らないからな。これは興味深いぞ。で、どうだった?」
「まあ最初は痛いね。だんだん良くなってくるんだけどね」
「えっ何が? どんなふうに?」
ハルマヤさまが身を乗り出した。
「よく覚えてないし、うまく説明できないけど、とにかくエマが熱くなって、しょっちゅうしたくてたまらなくなる。それほどいいんだ」
「それは興味あるな。俺もぜひやってみたい」
「でも本当に気持ちいいのは、好きな奴と結婚した時だな」
「そんなにいろんな奴とやってんの?」
「そんなわけないだろ」
クフベツさまはすごい目でハルマヤさまをにらんだ。
「この城に連れてこられたら最後、俺たちが一歩もここから出られないことは知ってるくせに」
「ははあ、つまり卵祭りに来た翼をもつ者だな。好きな奴ってあいつか?」
クフベツさまは赤くなって黙った。
「別に隠すことはない。俺だっておとなしくおとうさまと結婚するなんてまっぴらだからね」
ハルマヤさまはクフベツさまの反応を楽しむようにじろじろと無遠慮な視線を向けながら言った。
「おとうさまだけにエマをもつむすめを捧げるなんてオルさまが決めたのも、世界を思い通りに動かしたいからじゃないかと思うね。おとうさまを手なずけて得をするのは、結局オルさまなんだから」
「オルさまはいつも、強い翼をもつ者を味方につけることでこの世から無益な争いをなくせるとか言ってるじゃないか。あの卵祭りの演説の時さ」
「そんなの口実だろ。そもそもおとうさまが今でも世界で一番強いっていう保証はないしね」
ハルマヤさまはしきりに耳たぶを引っ張りながら言った。
ハルマヤさまはズケズケと聞いた。
「触ってみたけど、俺は何とも感じないんだ。あとさっき中に指を突っ込んでなかった? 俺は痛くて入らないんだけど」
クフベツさまはきまりが悪そうに目をそらした。ハルマヤさまは気にするふうもなく、手にしていた古文書のようなものをぱらぱらとめくってその中のページを開いて見せた。
「この実を見たことはないかい? 俺はこの実について今調べているんだ」
それは長い莢に納まった濃い紫色の実の絵だった。
「その実……」
クフベツさまの目が、何かを思い出したように大きく見開かれた。
「その実を食べると、おかしな気分に……」
クフベツさまは思い出したくないというようにぎゅっと目をつぶった。
「やっぱり、食べたことがあるんだね」
ハルマヤさまは芝居がかった仕草でクフベツさまに一歩近づいた。
「それがどうした」
クフベツさまは敵意をむき出しにしてハルマヤさまを鋭くにらみつけた。ネコ科の猛獣のように大きくて鋭いその深紅の瞳には、見る者を釘付けにするような魅力があった。
「この文字の発音は突き止めたんだが、ところどころ分からない単語があってね。この絵の説明としてこう書いてあるんだが……」
ハルマヤさまはゆっくりとそこに書かれた言葉を読み上げた。
「わかるか?」
クフベツさまは黙ってうなずいた。
「お前、やっぱり古エマニ語がわかるんだな。教えてくれ、どういう意味だ?」
「この実をエマをもつ者が食べると恋をする。エマをもたぬ者が食べるとエマが生じる」
「エマをもたぬ者が食べるとエマが生じる? どういう意味だ?」
「知るか」
ハルマヤさまは考え込む時の癖でしきりに耳たぶを引っ張りながら、「なるほど、そういうことか」「これは検証の価値があるな」などとぶつぶつ呟いていたが、ふと顔を上げてクフベツさまを見ると、
「素晴らしいぞ。お前の助けを借りれば俺の研究は大きな前進を遂げる」
と言った。
「おねえさまは俺がデタラメを言ってるとは思わないのか?」
クフベツさまはきょとんとして言った。
「信じない理由があるか? お前がエマニの原で生まれたっていうのは本当なんだろう?」
「生まれた場所の名前なんか知らないさ。昔の言葉は少し分かるけどね。ただ、ここでは俺の言うことをまともに受け取る奴なんかいないからさ」
クフベツさまは自嘲するように唇をゆがめて笑った。
「まるでキチガイ扱いだ」
クフベツさまはハルマヤおねえさまが羨ましかった。ぱっちりした青い瞳とあどけない笑顔はため息が出るほど美しい。変人で口は悪いけど、陰険なところがなくてさっぱりしている。何より語学の天才で、周囲から一目置かれてる。俺にも何か一つでも取り柄があればいいのに、とクフベツさまは思った。
「まあお前の発情した姿がちょっとキチガイじみて見えることは否定しないがね」
ハルマヤさまは苦笑しながら言った。
「さっき卵祭りで翼をもつ者の叫んだ言葉、あれぐらいは俺にも聞き取れたのでね。『一緒に帰ろう』と言ったんだよな?」
クフベツさまはうなずいた。
「あれはお前に言ったんだろう? 知り合いか?」
「言っとくけど、その実を食べるのはやめといたほうがいいぞ」
「なんで?」
「その実を食べると、恋をする」
「恋っていうのはつまり、お前のキチガイじみた発情状態のことなんだな?」
「まあそうだけど……」
ハルマヤさまがキチガイ、キチガイと連呼するので、クフベツさまはちょっと嫌な顔をした。
「実は俺、結婚したことがあるんだ。おとうさま以外の翼をもつ者と」
「へえ」
ハルマヤさまは興味をそそられたようだった。
「結婚について書いてある本は見たことないし、翼をもたぬ者はもちろん何も知らないからな。これは興味深いぞ。で、どうだった?」
「まあ最初は痛いね。だんだん良くなってくるんだけどね」
「えっ何が? どんなふうに?」
ハルマヤさまが身を乗り出した。
「よく覚えてないし、うまく説明できないけど、とにかくエマが熱くなって、しょっちゅうしたくてたまらなくなる。それほどいいんだ」
「それは興味あるな。俺もぜひやってみたい」
「でも本当に気持ちいいのは、好きな奴と結婚した時だな」
「そんなにいろんな奴とやってんの?」
「そんなわけないだろ」
クフベツさまはすごい目でハルマヤさまをにらんだ。
「この城に連れてこられたら最後、俺たちが一歩もここから出られないことは知ってるくせに」
「ははあ、つまり卵祭りに来た翼をもつ者だな。好きな奴ってあいつか?」
クフベツさまは赤くなって黙った。
「別に隠すことはない。俺だっておとなしくおとうさまと結婚するなんてまっぴらだからね」
ハルマヤさまはクフベツさまの反応を楽しむようにじろじろと無遠慮な視線を向けながら言った。
「おとうさまだけにエマをもつむすめを捧げるなんてオルさまが決めたのも、世界を思い通りに動かしたいからじゃないかと思うね。おとうさまを手なずけて得をするのは、結局オルさまなんだから」
「オルさまはいつも、強い翼をもつ者を味方につけることでこの世から無益な争いをなくせるとか言ってるじゃないか。あの卵祭りの演説の時さ」
「そんなの口実だろ。そもそもおとうさまが今でも世界で一番強いっていう保証はないしね」
ハルマヤさまはしきりに耳たぶを引っ張りながら言った。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる