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クフベツさまは、完全に頭がおかしいというわけではないの
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ひとしきりお祭りの楽が終わると、卵を拾った翼をもたぬ者たちは、一人ひとりおひめさまたちの正面にしつらえられた祭壇に上って何か言うのがしきたりだ。
「丈夫な子になるように」
とか、
「賢い子になるように」
とか、願いを述べる者もいれば、おひめさまをたたえる歌を自分で作って歌ったり、長い詩を吟ずる者もいるよ。私たちノル・ズーは文化的なんだ。卵投げで翼をもつ者も祭りに参加したような格好になってるけど、主役はあくまで私たちノル・ズーさ。
ずっと前、卵祭りが始まる前には、どこかで卵が生まれたという噂を耳にしては、そのたび群れの誰かがもらいに行ったりしたものさ。
祭りなんか開いていっぺんに卵を配ったら、卵の奪い合いが起きるんじゃないかと思ったけど、そうでもなかった。私たち翼をもたぬ者は性格が穏やかで、欲張らないし争いを好まない。群れの誰かが卵をもらえば、その子をみんなで育てればいいんだ。
もちろん自分の拾った卵には一番愛着があるけどね。
ヨンジンが祭壇の上に立った時、辺りは一面水を打ったように静かになった。
翼をもつ者が卵をもらいに来るなんて聞いたことがないし、大人のラ・ズーが地面を歩いている姿自体それほど見かけることがない。
ましてヨンジンは左の翼が純白、右の翼が漆黒という変わった姿をしているんだから。
ヨンジンはおひめさまたちのほうを向いて、聞いたことのない言葉で何か叫んだ。
驚いたのはそのあとだよ。
突然、クフベツさまが立ち上がったんだ。重い赤銅の椅子にくくりつけられて、屈強なノル・ズー4人がかりで牢から担ぎ出されてきたクフベツさまが、さっきまで放心したように虚空を眺めていたクフベツさまが、いきなり椅子ごと立ち上がったんだ。
枯れ木のような体だった。椅子の重みに耐えかねて危うく露台から転げ落ちそうになるのを、護衛の者が慌てて両側から支えた。まるでクフベツさまの体の中で火が燃えてでもいるように、目がぎらぎら光っていた。いつもの悲しげな、ぼんやりした姿とは、まるで別人だった。
クフベツさまはすぐ牢屋に連れ戻され、祭りは何事もなかったように続けられた。
ヨンジンはいつの間にかどこかへ姿を消していた。
私はわけが分からなかった。
「ヨンジンはさっき、何て言ったんだい」
隣にいたヨーデの脇腹をつつくと、
「さあね、南部の方言じゃないの」
と興味なさそうに答えた。それから急にませた笑いを浮かべ、
「エマをもつむすめが生まれますようにって、願ったんじゃない? 翼をもつ者が欲しがるとしたらそれでしょ」
と言った。私はヨーデの足を思いきり踏んづけてやった。
7年前、ようやくクフベツさまが卵祭りに顔を出せることになったという噂を聞いて、私たち翼をもたぬ者は大喜びしたのに、まさかこんな罪人のような姿でみんなの前に現れるとはね……。
「クフベツさまは、完全に頭がおかしいというわけではないのよ。日が暮れると、時折何かに取りつかれたように暴れることがあるけれど、普段はおとなしいんですって」
とアーユーラは言う。
「歌がお好きで、どのおひめさまよりも美しい声で歌うの。独房の窓辺に寄って繰り返し同じ歌を歌うクフベツさまの声には、誰しも涙を誘われるわ。あれはクフベツさまの故郷の歌だって噂よ」
他のおひめさまはみんな、生まれるとすぐお城に連れてこられたから、故郷の歌なんか知らないんだろう。クフベツさまは、初めてお城に足を踏み入れた時、もう7歳になっていたんだ。
「クフベツさまのお話はとりとめがないうえに、まだ小さかったこともあって、その7年間のことはよく分からずじまいだったの。もしかするとクフベツさまの故郷というのが他でもないエマニの原なんじゃないかって噂もあるわ」
「それはどうしてだい?」
「エマニの実を持ってきたデグーという翼をもつ者が連れていたおひめさまだし、いつも歌っているあの歌が、南部の方言に似ているとハルマヤさまはおっしゃるの」
ハルマヤさまはとても頭が良くて、世界中の言葉を研究している。アーユーラはハルマヤさまのお世話係の一人なんだ。
「ハルマヤさまは学者風を吹かせるところが玉にキズなのよね。頭のいいことを鼻にかけていらっしゃるから……」
とアーユーラは苦笑しながら言い、
「まあ、そういうところがかわいらしいんだけどね」
と付け加えた。
ハルマヤさまはあどけない顔立ちをしているが、語学にかけては天才的で、世界中の様々な言葉を自在に操る。おひめさまにしておくのは惜しいほどの頭脳の持ち主で、ノル・ズーだったらきっと有名な学者になっただろうとアーユーラは言った。
「エマニの原の古方言に関する文献はあまり見つかっていないらしいんだけど、クフベツさまの歌っている歌詞の意味も大体突き止めたそうよ」
「へえ、たいしたもんだね」
「それはこんな歌なの」
アーユーラはハルマヤさまが訳したという歌詞を異国的な旋律にのせて歌ってくれた。
この草原いっぱいに紫の実が実ったら
私の恋はかなうだろう
失うものがどんなに大きくても
恋したことを悔やみはしない
「丈夫な子になるように」
とか、
「賢い子になるように」
とか、願いを述べる者もいれば、おひめさまをたたえる歌を自分で作って歌ったり、長い詩を吟ずる者もいるよ。私たちノル・ズーは文化的なんだ。卵投げで翼をもつ者も祭りに参加したような格好になってるけど、主役はあくまで私たちノル・ズーさ。
ずっと前、卵祭りが始まる前には、どこかで卵が生まれたという噂を耳にしては、そのたび群れの誰かがもらいに行ったりしたものさ。
祭りなんか開いていっぺんに卵を配ったら、卵の奪い合いが起きるんじゃないかと思ったけど、そうでもなかった。私たち翼をもたぬ者は性格が穏やかで、欲張らないし争いを好まない。群れの誰かが卵をもらえば、その子をみんなで育てればいいんだ。
もちろん自分の拾った卵には一番愛着があるけどね。
ヨンジンが祭壇の上に立った時、辺りは一面水を打ったように静かになった。
翼をもつ者が卵をもらいに来るなんて聞いたことがないし、大人のラ・ズーが地面を歩いている姿自体それほど見かけることがない。
ましてヨンジンは左の翼が純白、右の翼が漆黒という変わった姿をしているんだから。
ヨンジンはおひめさまたちのほうを向いて、聞いたことのない言葉で何か叫んだ。
驚いたのはそのあとだよ。
突然、クフベツさまが立ち上がったんだ。重い赤銅の椅子にくくりつけられて、屈強なノル・ズー4人がかりで牢から担ぎ出されてきたクフベツさまが、さっきまで放心したように虚空を眺めていたクフベツさまが、いきなり椅子ごと立ち上がったんだ。
枯れ木のような体だった。椅子の重みに耐えかねて危うく露台から転げ落ちそうになるのを、護衛の者が慌てて両側から支えた。まるでクフベツさまの体の中で火が燃えてでもいるように、目がぎらぎら光っていた。いつもの悲しげな、ぼんやりした姿とは、まるで別人だった。
クフベツさまはすぐ牢屋に連れ戻され、祭りは何事もなかったように続けられた。
ヨンジンはいつの間にかどこかへ姿を消していた。
私はわけが分からなかった。
「ヨンジンはさっき、何て言ったんだい」
隣にいたヨーデの脇腹をつつくと、
「さあね、南部の方言じゃないの」
と興味なさそうに答えた。それから急にませた笑いを浮かべ、
「エマをもつむすめが生まれますようにって、願ったんじゃない? 翼をもつ者が欲しがるとしたらそれでしょ」
と言った。私はヨーデの足を思いきり踏んづけてやった。
7年前、ようやくクフベツさまが卵祭りに顔を出せることになったという噂を聞いて、私たち翼をもたぬ者は大喜びしたのに、まさかこんな罪人のような姿でみんなの前に現れるとはね……。
「クフベツさまは、完全に頭がおかしいというわけではないのよ。日が暮れると、時折何かに取りつかれたように暴れることがあるけれど、普段はおとなしいんですって」
とアーユーラは言う。
「歌がお好きで、どのおひめさまよりも美しい声で歌うの。独房の窓辺に寄って繰り返し同じ歌を歌うクフベツさまの声には、誰しも涙を誘われるわ。あれはクフベツさまの故郷の歌だって噂よ」
他のおひめさまはみんな、生まれるとすぐお城に連れてこられたから、故郷の歌なんか知らないんだろう。クフベツさまは、初めてお城に足を踏み入れた時、もう7歳になっていたんだ。
「クフベツさまのお話はとりとめがないうえに、まだ小さかったこともあって、その7年間のことはよく分からずじまいだったの。もしかするとクフベツさまの故郷というのが他でもないエマニの原なんじゃないかって噂もあるわ」
「それはどうしてだい?」
「エマニの実を持ってきたデグーという翼をもつ者が連れていたおひめさまだし、いつも歌っているあの歌が、南部の方言に似ているとハルマヤさまはおっしゃるの」
ハルマヤさまはとても頭が良くて、世界中の言葉を研究している。アーユーラはハルマヤさまのお世話係の一人なんだ。
「ハルマヤさまは学者風を吹かせるところが玉にキズなのよね。頭のいいことを鼻にかけていらっしゃるから……」
とアーユーラは苦笑しながら言い、
「まあ、そういうところがかわいらしいんだけどね」
と付け加えた。
ハルマヤさまはあどけない顔立ちをしているが、語学にかけては天才的で、世界中の様々な言葉を自在に操る。おひめさまにしておくのは惜しいほどの頭脳の持ち主で、ノル・ズーだったらきっと有名な学者になっただろうとアーユーラは言った。
「エマニの原の古方言に関する文献はあまり見つかっていないらしいんだけど、クフベツさまの歌っている歌詞の意味も大体突き止めたそうよ」
「へえ、たいしたもんだね」
「それはこんな歌なの」
アーユーラはハルマヤさまが訳したという歌詞を異国的な旋律にのせて歌ってくれた。
この草原いっぱいに紫の実が実ったら
私の恋はかなうだろう
失うものがどんなに大きくても
恋したことを悔やみはしない
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