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枯草色の髪と深い紫の瞳をもつデグー
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広場に集まった翼をもたぬ者たちはみんな卵を拾おうと右往左往している。卵を育てるのが私たちノル・ズーの生き甲斐だからね。塔の前の露台には、ずらりと椅子が並べられ、15歳までのおひめさまたちが腰かけた。翼をもつ者にさらわれたりしないよう、ものものしい護衛が付いている。
護衛のノル・ズーはみんな卵祭りと同時に催される弓の大会で入賞した猛者ばかりだ。
若い頃はオルさまもこの護衛の列に加わっていた。政治だけでなく武芸の才能もあったんだ。
こんな時でもなければお城から出ることのできないおひめさまたちは、それぞれ思い思いに装いをこらしいていた。中でも最も美しいのは一番上のハルマヤさまだったね。目がぱっちりしていて幼い顔立ちに見えるけれど、その瞳は好奇心でいつも輝いている。ひときわ高く結い上げた髪の重みで、か細い首が今にも折れてしまいそうに見えたよ。
あのクフベツさまもいた。他のおひめさまたちがおめかししている中で、ただ一人紅も刷かず、もつれた髪はただ後ろで束ねただけで、心はどこか遠くに飛んでいるかのようなご様子だった。もう7年、つまりお城に来て以来ほとんど、クフベツさまは両手をいましめられて牢に閉じ込められているんだ。あまり長いこと縛られていたために、クフベツさまの手首はどす黒い痣になっている。けれどそうでもしないと、ご乱心の時のクフベツさまは、すごい力で自分のエマを傷つけてしまうんだそうだ。
慌てて着せかけられたらしいトイに隠されてはいたけれど、手足が荒縄で椅子にくくりつけられていた。椅子ごと牢の中から運び出されてきたんだね。毎年のことだけれど、その姿を見るたび胸が痛むよ。
7年前まで、クフベツさまの座るべき椅子は空いていた。それを見るみんなの心は寂しかった。おひめさまは15歳になると結婚して卵を産む。つまりおひめさまがいない年は卵が生まれないんだ。もっと若いおひめさまだって卵を産めないというわけじゃないだろうけど、おひめさまが15歳で結婚するというのもオルさまが決めた掟だった。
「年をとりすぎると質のいい卵が産めないんですって。かといって若すぎても卵を産めないし。卵の数と質をコントロールしないと、世界のバランスが崩れるんだそうよ」
とアーユーラが言っていた。アーユーラはおひめさまたちほど美しくはないけれど、愛嬌のあるかわいい顔をしていて、周囲を明るくする魅力をもっている。
「質がいいだって? この頃の卵は昔より質が落ちたってうわさだよ」
と私は言った。
オルさまはすごい人だってことは私も認めるけど、いろいろ掟を作りすぎるのはなんとかしてほしい。厳しすぎるって悪口を言う者もいるよ。まるで周囲を完璧にコントロールしていないと不安になるみたいだね。
「それはおひめさまのせいじゃないわよ。もちろん私たちエマをもたぬ者には、結婚のことはよくわからないけどね。大きな声では言えないけど、おとうさまが年を取りすぎたんじゃないかってお城の若い子たちは言ってるわ」
アーユーラは声をひそめた。
「翼をもつ者にしては長生きだもの。何才か知らないけど、卵祭りが始まったのはずいぶん前なんでしょう?」
「おとうさまを取り替えるってわけにはいかないのかい」
私が冗談半分に言うとアーユーラは顔をしかめた。
「そんなことできるわけないでしょ。翼をもつ者のことはラ・ズーに任せるしかない。こればかりは私たちの思いどおりにはならないわ」
7年前、お城にエマニの実を持ってきたのは、枯草色の髪と深い紫の瞳をもつデグーというラ・ズーだった。デグーは本当に偶然に、エマニの原を見つけたんだ。
デグーはオモイの森で雨に打たれて、ほとんど死にかけてた。裂け目に落ちた時にはもう意識がなかったんだね。だから次の夏、一面にエマニの実が実るのを目にするまでは、自分がエマニの原にいるってことに気づかなかった。デグーはその草原が気に入って、もうずっとそこで暮らそうかとさえ思ってたんだ。大地の底には雨も降らないし、食べ物はたっぷりあるからね。
デグーは喜び勇んでその実を集めた。
それをお城に持っていきさえすれば、どんな望みもかなえてもらえる。それほどその実は貴重だし、必要な物でもあったんだ。おひめさまが結婚できる体になるためにね。
デグーがエマニの実を持ってきた時、オルさまはもちろん大喜びでたくさんの褒美を取らせた。けれど部下を引き連れて後を尾けるのも忘れなかったよ。どうしてもエマニの原の場所を突き止めたかったんだね。今までもエマニの実を持ってきたラ・ズーは必ず尾行していたけれど、どのラ・ズーも褒美を手に入れたらもうエマニの原には戻らなかった。田舎ではお金なんか使い道がないからね。翼をもつ者は恋をしなければ、放浪の末に短い一生を終えるだけだ。もう一度危険な旅をするよりも、都で遊び暮らすほうがいいんだろう。どうせおひめさまは、みんなおとうさまのものなんだから……。
デグーを尾けていったオルさまは、デグーが木の上に翼をもたぬ者を隠しているのを見つけた。それが7才のクフベツさまだったというわけさ。弓の名手として若い頃から名をはせていたオルさまは、その場でデグーを射落としてクフベツさまをお城に連れて帰った。デグーの魂は今も恨みを抱いて北の森をさまよっているというよ。
護衛のノル・ズーはみんな卵祭りと同時に催される弓の大会で入賞した猛者ばかりだ。
若い頃はオルさまもこの護衛の列に加わっていた。政治だけでなく武芸の才能もあったんだ。
こんな時でもなければお城から出ることのできないおひめさまたちは、それぞれ思い思いに装いをこらしいていた。中でも最も美しいのは一番上のハルマヤさまだったね。目がぱっちりしていて幼い顔立ちに見えるけれど、その瞳は好奇心でいつも輝いている。ひときわ高く結い上げた髪の重みで、か細い首が今にも折れてしまいそうに見えたよ。
あのクフベツさまもいた。他のおひめさまたちがおめかししている中で、ただ一人紅も刷かず、もつれた髪はただ後ろで束ねただけで、心はどこか遠くに飛んでいるかのようなご様子だった。もう7年、つまりお城に来て以来ほとんど、クフベツさまは両手をいましめられて牢に閉じ込められているんだ。あまり長いこと縛られていたために、クフベツさまの手首はどす黒い痣になっている。けれどそうでもしないと、ご乱心の時のクフベツさまは、すごい力で自分のエマを傷つけてしまうんだそうだ。
慌てて着せかけられたらしいトイに隠されてはいたけれど、手足が荒縄で椅子にくくりつけられていた。椅子ごと牢の中から運び出されてきたんだね。毎年のことだけれど、その姿を見るたび胸が痛むよ。
7年前まで、クフベツさまの座るべき椅子は空いていた。それを見るみんなの心は寂しかった。おひめさまは15歳になると結婚して卵を産む。つまりおひめさまがいない年は卵が生まれないんだ。もっと若いおひめさまだって卵を産めないというわけじゃないだろうけど、おひめさまが15歳で結婚するというのもオルさまが決めた掟だった。
「年をとりすぎると質のいい卵が産めないんですって。かといって若すぎても卵を産めないし。卵の数と質をコントロールしないと、世界のバランスが崩れるんだそうよ」
とアーユーラが言っていた。アーユーラはおひめさまたちほど美しくはないけれど、愛嬌のあるかわいい顔をしていて、周囲を明るくする魅力をもっている。
「質がいいだって? この頃の卵は昔より質が落ちたってうわさだよ」
と私は言った。
オルさまはすごい人だってことは私も認めるけど、いろいろ掟を作りすぎるのはなんとかしてほしい。厳しすぎるって悪口を言う者もいるよ。まるで周囲を完璧にコントロールしていないと不安になるみたいだね。
「それはおひめさまのせいじゃないわよ。もちろん私たちエマをもたぬ者には、結婚のことはよくわからないけどね。大きな声では言えないけど、おとうさまが年を取りすぎたんじゃないかってお城の若い子たちは言ってるわ」
アーユーラは声をひそめた。
「翼をもつ者にしては長生きだもの。何才か知らないけど、卵祭りが始まったのはずいぶん前なんでしょう?」
「おとうさまを取り替えるってわけにはいかないのかい」
私が冗談半分に言うとアーユーラは顔をしかめた。
「そんなことできるわけないでしょ。翼をもつ者のことはラ・ズーに任せるしかない。こればかりは私たちの思いどおりにはならないわ」
7年前、お城にエマニの実を持ってきたのは、枯草色の髪と深い紫の瞳をもつデグーというラ・ズーだった。デグーは本当に偶然に、エマニの原を見つけたんだ。
デグーはオモイの森で雨に打たれて、ほとんど死にかけてた。裂け目に落ちた時にはもう意識がなかったんだね。だから次の夏、一面にエマニの実が実るのを目にするまでは、自分がエマニの原にいるってことに気づかなかった。デグーはその草原が気に入って、もうずっとそこで暮らそうかとさえ思ってたんだ。大地の底には雨も降らないし、食べ物はたっぷりあるからね。
デグーは喜び勇んでその実を集めた。
それをお城に持っていきさえすれば、どんな望みもかなえてもらえる。それほどその実は貴重だし、必要な物でもあったんだ。おひめさまが結婚できる体になるためにね。
デグーがエマニの実を持ってきた時、オルさまはもちろん大喜びでたくさんの褒美を取らせた。けれど部下を引き連れて後を尾けるのも忘れなかったよ。どうしてもエマニの原の場所を突き止めたかったんだね。今までもエマニの実を持ってきたラ・ズーは必ず尾行していたけれど、どのラ・ズーも褒美を手に入れたらもうエマニの原には戻らなかった。田舎ではお金なんか使い道がないからね。翼をもつ者は恋をしなければ、放浪の末に短い一生を終えるだけだ。もう一度危険な旅をするよりも、都で遊び暮らすほうがいいんだろう。どうせおひめさまは、みんなおとうさまのものなんだから……。
デグーを尾けていったオルさまは、デグーが木の上に翼をもたぬ者を隠しているのを見つけた。それが7才のクフベツさまだったというわけさ。弓の名手として若い頃から名をはせていたオルさまは、その場でデグーを射落としてクフベツさまをお城に連れて帰った。デグーの魂は今も恨みを抱いて北の森をさまよっているというよ。
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