5 / 49
翼をもつ者は一人でいるのが好きらしい
しおりを挟む
エマニの実は7年に一度しか実らないと言われてる。それも大地の裂け目の下にある、エマニの原にしか実らない。私たち翼をもたぬ者なら、一度落ちれば二度と這い上がれない奈落の底さ。つまり、エマニの実をお城に届けることは、翼をもつ者にしかできない仕事なんだ。
ただしエマニの原を見つけることは難しい。欝蒼とした森の中で、大地のどこにこのわずかな裂け目が口を開けているのか、空を飛ぶ者が見つけられると思うかい? かといって森の中をやみくもに歩き回ったりすれば、ひ弱なラ・ズーはたちまち命を落としかねない。よほど運が良くないかぎりはね……。
この実はよく乾燥させて風通しのいい部屋に保存しておくが、時間が経てば経つほど効果が薄れてくる。新鮮な実は1粒でも効くのに、古くなった実は酒杯いっぱい食べても効かないと言われているほどさ。
イスメヤさまの時は本当にギリギリだった。最後の一粒がようやく効いたそうだよ。それがハルマヤさまの一つ上のおねえさまだ。だから今年はもう一粒も残ってなかった。このままではハルマヤさまは結婚できない。オルさまもそりゃあ気をもんでいたけれど、こればかりはどうしようもないからね。
日が陰る頃ようやく、塔の上から一つ目の卵が落ちてきた。
それを皮切りに、一つ、また一つと卵が降ってくる。落としているのは塔の上に集まった翼をもつ者の群れだ。卵が産まれる頃になるとこうして集まってきて、塔に登れないノル・ズーたちに卵を投げ与えてくれるんだ。
ノル・ズーとあまり関わろうとしないラ・ズーが、なぜそんなことをするのかはわからない。そういう習性があるんだね。大人のラ・ズーの生態についてはよくわかっていないことが多いんだ。彼らは社会と関わらないからね。
翼をもたぬ者の社会に一番近いところにいるラ・ズーはおとうさまだ。おとうさまの住んでいる塔は、ずっと昔におとうさまが自分で建てたものらしい。塔に住んでいるから『おとうさま』と呼ばれている。
おとうさまに食べ物を運ぶ役のノル・ズーでも、おとうさまの姿はめったに見られない。食べ物は小さな窓から差し入れてすぐに手を引っ込めるんだけど、運悪く指先をがぶりと噛まれたノル・ズーもいるというよ。
おとうさまはとても獰猛だし警戒心が強いんだ。当然翼をもたぬ者の言うことなんか聞かない。近づいてくるノル・ズーをおとうさまが殺さないのは、おとなしくしていれば食べ物とおひめさまを充てがってもらえるからだ。そうでなければおとうさまだって今頃他の翼をもつ者たちと同じように、血眼になって世界中を旅しておひめさまを探していたことだろう。
「塔の掃除は危険だからと言って、オルさまが自らなさって決して他人には任せないの」
とアーユーラは言う。
「私、オルさまが塔から戻ってくるところに出くわしたことがあるんだけど、まるで命からがら逃げてきたみたいに見えたわ。着ている服もズタズタに裂けていて、体のところどころから血がにじんでた。オルさまほどの武芸の達人でもそうなんだもの、普通のノル・ズーがうっかり塔に入ったりしたら大変でしょうね」
翼をもつ者がデタラメに卵を投げるもんで、中には地面に落ちて割れる卵もある。ラ・ズーは物事をきちんと丁寧にやるということがまるでない。けれど、落ちて割れるような卵は元々殻が薄くて、生まれてくる子も弱いんだ。落ちても割れないくらい丈夫なのがいい卵さ。苦労して温める前に弱い卵を選り分けてくれると思えば、ラ・ズーもまんざら役立たずってわけでもないね。
ラ・ズーを育てたことがあれば分かるだろうけど、彼らは粗暴ではあるがバカではない。自己中心的で集団生活ができないだけさ。ぶっきらぼうだけど悪い連中じゃない。腕力があるし手先も器用で、便利な道具を作る者もいる。祭りでも時々売っている。
この機械をごらんよ。ただの棒みたいに見えるけど、よく見ると取っ手のそばに小さな突起がついているだろう? ここを押すといつでもどこでも簡単に火をつけることができるのさ。どういう仕掛けか知らないけど、便利なものだね。しばらく使うと壊れてしまうから、私は卵祭りに来るたびに群れの仲間の分まで買うんだ。
1年前の卵祭りでは、夜になってから買いに行ったらもう売り切れていた。
「今年は売り切れかい。とても便利だから欲しかったのに」
と言うと、そのラ・ズーはまんざらでもなさそうにニヤリと笑った。
「けっこう人気があるんでね。来年はもっと早く買いに来なよ」
「仲間と一緒に、もっとたくさん作ったらどうだい。きっと儲かるよ」
と提案したら、
「いや、俺は仲間とかいないし」
と言う。
「いなければ、声をかけて集めればいいじゃないか」
と言ったら、
「いや、めんどくさいし」
と言う。
「作り方を教えてくれたら、私たちが手伝ってもいいよ」
と言うと、
「俺が発明した作り方を、なんでおばさんに教えなきゃいけないんだよ」
と逆にすごまれた。親切で言っているのにね。
私らみたいにラ・ズーも群れを作ればいいと思うんだけど、ラ・ズーっていうのはよほど一人でいるのが好きらしい。エマをもつ者のことは結局ラ・エマにしか分からないってことだね。
ただしエマニの原を見つけることは難しい。欝蒼とした森の中で、大地のどこにこのわずかな裂け目が口を開けているのか、空を飛ぶ者が見つけられると思うかい? かといって森の中をやみくもに歩き回ったりすれば、ひ弱なラ・ズーはたちまち命を落としかねない。よほど運が良くないかぎりはね……。
この実はよく乾燥させて風通しのいい部屋に保存しておくが、時間が経てば経つほど効果が薄れてくる。新鮮な実は1粒でも効くのに、古くなった実は酒杯いっぱい食べても効かないと言われているほどさ。
イスメヤさまの時は本当にギリギリだった。最後の一粒がようやく効いたそうだよ。それがハルマヤさまの一つ上のおねえさまだ。だから今年はもう一粒も残ってなかった。このままではハルマヤさまは結婚できない。オルさまもそりゃあ気をもんでいたけれど、こればかりはどうしようもないからね。
日が陰る頃ようやく、塔の上から一つ目の卵が落ちてきた。
それを皮切りに、一つ、また一つと卵が降ってくる。落としているのは塔の上に集まった翼をもつ者の群れだ。卵が産まれる頃になるとこうして集まってきて、塔に登れないノル・ズーたちに卵を投げ与えてくれるんだ。
ノル・ズーとあまり関わろうとしないラ・ズーが、なぜそんなことをするのかはわからない。そういう習性があるんだね。大人のラ・ズーの生態についてはよくわかっていないことが多いんだ。彼らは社会と関わらないからね。
翼をもたぬ者の社会に一番近いところにいるラ・ズーはおとうさまだ。おとうさまの住んでいる塔は、ずっと昔におとうさまが自分で建てたものらしい。塔に住んでいるから『おとうさま』と呼ばれている。
おとうさまに食べ物を運ぶ役のノル・ズーでも、おとうさまの姿はめったに見られない。食べ物は小さな窓から差し入れてすぐに手を引っ込めるんだけど、運悪く指先をがぶりと噛まれたノル・ズーもいるというよ。
おとうさまはとても獰猛だし警戒心が強いんだ。当然翼をもたぬ者の言うことなんか聞かない。近づいてくるノル・ズーをおとうさまが殺さないのは、おとなしくしていれば食べ物とおひめさまを充てがってもらえるからだ。そうでなければおとうさまだって今頃他の翼をもつ者たちと同じように、血眼になって世界中を旅しておひめさまを探していたことだろう。
「塔の掃除は危険だからと言って、オルさまが自らなさって決して他人には任せないの」
とアーユーラは言う。
「私、オルさまが塔から戻ってくるところに出くわしたことがあるんだけど、まるで命からがら逃げてきたみたいに見えたわ。着ている服もズタズタに裂けていて、体のところどころから血がにじんでた。オルさまほどの武芸の達人でもそうなんだもの、普通のノル・ズーがうっかり塔に入ったりしたら大変でしょうね」
翼をもつ者がデタラメに卵を投げるもんで、中には地面に落ちて割れる卵もある。ラ・ズーは物事をきちんと丁寧にやるということがまるでない。けれど、落ちて割れるような卵は元々殻が薄くて、生まれてくる子も弱いんだ。落ちても割れないくらい丈夫なのがいい卵さ。苦労して温める前に弱い卵を選り分けてくれると思えば、ラ・ズーもまんざら役立たずってわけでもないね。
ラ・ズーを育てたことがあれば分かるだろうけど、彼らは粗暴ではあるがバカではない。自己中心的で集団生活ができないだけさ。ぶっきらぼうだけど悪い連中じゃない。腕力があるし手先も器用で、便利な道具を作る者もいる。祭りでも時々売っている。
この機械をごらんよ。ただの棒みたいに見えるけど、よく見ると取っ手のそばに小さな突起がついているだろう? ここを押すといつでもどこでも簡単に火をつけることができるのさ。どういう仕掛けか知らないけど、便利なものだね。しばらく使うと壊れてしまうから、私は卵祭りに来るたびに群れの仲間の分まで買うんだ。
1年前の卵祭りでは、夜になってから買いに行ったらもう売り切れていた。
「今年は売り切れかい。とても便利だから欲しかったのに」
と言うと、そのラ・ズーはまんざらでもなさそうにニヤリと笑った。
「けっこう人気があるんでね。来年はもっと早く買いに来なよ」
「仲間と一緒に、もっとたくさん作ったらどうだい。きっと儲かるよ」
と提案したら、
「いや、俺は仲間とかいないし」
と言う。
「いなければ、声をかけて集めればいいじゃないか」
と言ったら、
「いや、めんどくさいし」
と言う。
「作り方を教えてくれたら、私たちが手伝ってもいいよ」
と言うと、
「俺が発明した作り方を、なんでおばさんに教えなきゃいけないんだよ」
と逆にすごまれた。親切で言っているのにね。
私らみたいにラ・ズーも群れを作ればいいと思うんだけど、ラ・ズーっていうのはよほど一人でいるのが好きらしい。エマをもつ者のことは結局ラ・エマにしか分からないってことだね。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる